第5話 死神

「本来、来訪者には魔力がないの」


 俺の鑑定結果の書かれた羊皮紙から顔を上げると、エリシアが真剣な表情で言った。


「この世界の食べ物には魔力が含まれていて、私たちはそれを食べて少しずつ魔力を体に馴染ませていってるの」


「……てことは、魔力が体に馴染んでいない来訪者はこの世界の食べ物を食べたらとんでもないことになるんじゃ……」


 顔を青ざめさせながら聞くと、エリシアはふっと笑った。


「昨日だってあなた達三人も私たちと同じものを食べたけど何ともなかったでしょ。許容量を超える魔力はそのまま排泄されて、人体に悪影響を及ぼすことは無いから安心して」


 エリシアの言葉を聞いて安堵のため息をついた。


「この世界の食べ物を食べ続ければ少しずつ魔力は身体に蓄積されていくけど、元々の容量がゼロだから魔法が使えるほどの魔力は溜まらない。使


「でも、俺の鑑定結果には魔力があると」


「そう……ここを見て」


 エリシアが指さしたのは鑑定結果の三行目。そこには『種族=リーパー』と記されていた。


「リーパーって何?」


 顔を上げてエリシアに尋ねると、エリシアは羊皮紙を見ながら答えた。


「今はもう絶滅したとされている古の魔族の一種。"夜の一族"とも。命を刈り取る鎌を片手に魔物を狩る姿はまるで《死神》と呼ばれていたそうよ」


 "死神"……ね。

 あの森の中で見つけた真紅の大鎌と言い、偶然では無さそうだ。


 というか俺、いつの間にか人間じゃなくなってたのか。

 まあこの身体といい、人間離れした身体能力といい薄々そんな気はしていたが本当に人間じゃなかったとは。


「人間の身体じゃないから魔力もある、と。てことは魔力があるなら魔法も使えるのか?」


 エリシアに尋ねると、コクリと頷いた。


「もしかしたら、将来的に使える可能性は……ある」


 つまり、特能ギフト由来の技能スキルに加えて魔法まで使えるようになるかもしれないということか。


 これは大きいな。技能スキルの使用回数が尽きたら魔法を、魔力が尽きたら技能スキルをと切り替えて戦えるようになれば、今までの技能スキル一本と比べて継戦能力が飛躍的に伸びることになる。


「まあ、魔法を扱えるようになるには魔力だけじゃなくてかなりの学習と習練が必要だから、すぐにとはいかないと思うけど」


 それでも将来の可能性として魔法を使える道が残ったのは、他の来訪者達と比べて大きなアドバンテージになりそうだ。

 死神リーパー、万歳。


*****


「はい、これで貴方も冒険者。おめでとう」


 鑑定が終わった後、エリシアに案内されて冒険者ギルドの受付で登録手続きを済ませた。冒険者の等級ランクは8段階に分かれていて、駆け出しの冒険者は全員Fランクからのスタートだという。


「あー、なんでその……等級が記号なんだ?《初心者》とか《1級》とか……もっと分かりやすい方が良くないか?」


 登録を行いながらふと湧いた疑問をエリシアにぶつけてみた。


「いや最初はアマヤの言う通り《初級》,《中級》,《上級》で別れてたらしいんだけど、冒険者ギルドの規模が大きくなってくるにつれて依頼クエストの幅もその三段階じゃ全然足りなくなってきてね。どれだけ細分化するか分からないから記号にしたらしいの。ほら、記号なら後からいくらでも増やせるでしょ?元々はSランクやSSランクなんてのもなくて、AからEまでの五段階だったらしいけど」

 

「それにほら……この先等級がさらに増えてきて、8級や9級からってことになったら冒険者のやる気を失いかねないでしょ?」


 確かに、《5級》や《6級》なんて名称が付けられたら、自分の等級ランクが一番上からどれくらい離れているのかが一目瞭然で、モチベーションが下がってしまいそうだ。


 依頼を受ける度に、トップから程遠い数字の付いた自分の等級を突きつけられるようじゃ、だれだってやる気を失うに決まっている。

 そういった弊害から目を逸らすには、それ単体では意味を持たない記号を使う方が賢明なのかもしれない。


「それに、冒険者の等級だって適材適所。ランクが高ければ良いってものじゃない。全員がAランクのドラゴンを倒しに行っていたら、誰が近所に出没したハウンドを退治をしてくれるの?って話」


 なるほど、冒険者どうしに格差を作って競争を加速させようというつもりなのかと思ったが、なかなか考えられている。


 しかもさらりと流されたがこの世界、ドラゴンもいるらしい。

 どれだけランクが上がってもドラゴンの討伐なんかやらないことをひっそりと心の中で決めた。


 さて、俺としてはいきなり上位ランクを目指すつもりはないが、討伐依頼には行きたい。

 魔法は一朝一夕では習得出来ない以上、現状魔物と戦って地道に【魂の収穫】をすることが強くなるための最短ルートのはずだ。


「Fランクに蜘蛛や狼の討伐依頼はあるのか?」


 できれば明日からにでも、蜘蛛の討伐あたりから始めたいと思ってエリシアに聞いてみた。


「ユスティリアの森?行けないけど?」


 エリシアはあっさりと言い放った。


「え」


「《マンイーター》と《ブラックハウンド》の討伐依頼のことでしょ?あれらは駆け出しの冒険者にとって、いわば最初の壁なの。そもそもユスティニアの森自体が最低ランクの冒険者が単独ソロで入ることは禁止されてるから」


「えっ、じゃあどうやって依頼を受ければいいんだよ」


「地道に都市近郊のもっと弱い魔物を倒してランクを上げるしかないかな。Fランクでは単独行動が認められていないだけで、ユスティニアの森に入ること自体は仲間と一緒なら許可されてるから、パーティを組むとか」


 がっくりと肩を落とした。蜘蛛……駄目なんだ。

 あの森に出没する小型から中型の魔物は、俺にとって丁度いいレベルの獲物だと思っていたのに。

 ……ちなみにあの鹿頭の巨人ケントゥリオだけは二度と会いたくない。あんなのが何体もいるのかは知らないが。


「まっ、それはおいおい考えましょ。さーやることも終わったし、あとは飲みましょ飲みましょ!」


 俺が項垂れていると、エリシアは「んー」と伸びをして鼻歌交じりに酒場の方へと歩き出していった。


「おい」


「いいじゃない。どのみち今日はケントゥリオとの戦いで消耗した身体を休ませる必要があるんだから」


 そう言い残すと、エリシアはどんどん先に進んでいく。

 やがて街の酒場の一番奥のテーブルに、意気揚々と腰を下ろした。


「注文お願い!」


「あいよ!今行くからちょいと待ってくれ……ってエリシアじゃねえか!帰って来てたのか!」


「……げ」


 注文を受けた大柄の男が振り向くと、男の顔を見てエリシアはバツの悪そうな表情になった。


 どうやらエリシアの顔見知りらしく、スキンヘッドに口髭を生やした熊のような親父が嬉しそうに話しかけてきた。


「なんだよ!水臭いじゃねぇか!戻って来てるなら一声くらいかけてくれりゃいいのに」


「さっき帰って来たの。どのみち酒場ここには顔出すんだからいいじゃない。それより注文、シードル二つね」


 エリシアは慣れた様子で注文を告げた。


「二つ……?」


 エリシアが注文を告げると、店主が注文票を手に持ったままポカンとしている。


「私と彼女の分ね」


 俺も飲むのかよ。

 エリシアは素っ気なさそうに返事をすると、熊のような親父はエリシアの隣にいる俺のことを見て目を見開いた。


「おい、俺はまだ未成年なんだが」


「そっちの世界の話は知らないけど、この世界では14歳からが成人なの。流石に14歳は超えてるでしょ?」


 そんな俺達のやり取りを聞きながら、熊のような体格の親父は今にも泣き出しそうな顔をしている。

 そして感極まった声で言った。


「ついに……ついにエリシアにも、一緒に酒を呑む友達ができたんだな……!」


 店主は感慨深そうに涙を流し始めた。


「ちょっと!」


 エリシアが顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。

 親父は意にも返せず嬉しそうに話し出した。


「よかったなぁ〜エリシア。お前、この街に来て半年以上経つのに、ろくに話す相手もいなかったもんな……うちの娘と同い年だから、ずっと心配してたんだよ」


 そう言って店主が「うおおおん」と男泣きを始めた。


「あーもううるさいな!!いいからシードル持ってきてよ!!」


 エリシアが顔を真っ赤にして親父をしっしっと追い払った。


「エリシア……お前、人見知りなのか……」


 なるほど、最初の方のエリシアのあの態度はあれか。

 人見知りが初対面の相手に適切な対応が分からなくなっていたやつか。


「うっさい!」


 エリシアが再びテーブルを叩いた。オークの木でできた天板が軋んだ。


 やがて親父が、まだすすり泣きながらガラスのジョッキを二つ持ってきた。

 それを見て思わず顔をしかめた。

 おい、涙がジョッキに混ざって無いだろうな。


「……まあとにかく、乾杯しましょ。貴女のユスティニアの森からの生還と、この世界での……幸福を願って」


 エリシアはごほんと咳払い一つして仕切り直した。


 酒か。嫌な思い出があるから飲んだことはなかったんだが。こうして勧められてしまったら仕方ないか。

 そんなことを考えながら、渋々ガラスを突き出した。


「じゃあ、乾杯!」


 俺のガラスにエリシアのガラスががしゃんとぶつけられ、子気味良くガラスが響いた。

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