第6話 パーティ
早朝。嗅ぎなれていないシーツの匂い、そしていくつもの足音が騒がしく階段を上がったり下りたりする音で目が覚めた。
冒険者ギルドの真向かい、冒険者用の宿での目覚めは最悪だ。
真っ先に目に入ったのは見慣れない木製の天井。
部屋に備え付けてある小さな鏡を見れば、映るのはやはり見慣れない黒髪の少女だ。
「何度見ても、この顔には慣れないな……痛っ」
ベッドから起き上がろうとしたら鈍い頭痛が走った。
「クソっ二日酔いだなこれは……」
ズキズキと痛む頭に手をやる。
昨日、人見知りがバレてヤケになったエリシアにしこたま飲まされたシードルがまだ残っているらしい。
このまま二度寝に入ろうかと思ったが、そう言えばエリシアと待ち合わせしているのを思い出した。
待ち合わせはギルド……というよりあの酒場なのだが、酒場でパーティーの募集をしていたり、一緒に酒を飲んで意気投合してそのまま依頼に~みたいなこともあるらしい。対人関係スキルの著しく低い身からすると恐ろしい話だ。
おそらくギルド側もそれを狙ってギルド内に酒場を併設しているのだろう。実質ギルドの施設と言って過言じゃない。
「クソっ本当に体が重い……昨日のシードルがまだ残ってるな……」
二日酔いか、それともあの人でごった返す酒場へ行かないとならない気の重さからか、やけに体が重い。階段をおりるだけでも一苦労だ。
そんな調子なので真向かいのギルドへ着く頃には完全に息が上がり切っていた。
(なんだ……?ケントゥリオから全力で逃げていた時でさえ、ここまで息が切れることはなかったぞ……?)
流石にもう気の重さとか、二日酔いだとかそういう次元の話じゃない。
明らかに体調が悪い。
(エリシアに相談しよう……直接の援助は出来ないらしいけど相談には乗ってくれるだろ)
エリシアにとって俺は監視対象であって保護対象ではない。
絶対に俺のことを助けなくてはならないという義務はないし、事情が変われば俺を"処理"しなくてはなならないこともあるだろう。
正直に言って、あの組織のことは欠片も信用していないし、そもそも俺は誰も信用しない。
これまでも、これからもだ。
(エリシアは……居た……あそこだ)
エリシアと目が合うと、早くも俺の不調を察知したらしい、ガタンとテーブルに両手を置き立ち上がると俺の元までかけてきた。
「どうしたのその顔色!?」
顔色からでもわかるくらいに俺の体長は悪化しているらしい。
「症状は!?どこか痛む箇所は!?」
エリシアは慌てながら心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
俺は誰も信用していない。
……が、エリシアの『目の前の人間を救う』という"信念"は信じることができる。
あの日、見ず知らずの来訪者のために自分の命まで懸けたその信念だけは本物だと思うからだ。
(はは……こいつはこういうやつだよ)
「ちょっと!笑ってる場合じゃないでしょ!症状は!?」
「頭が痛い。あと全身が重くて少し歩いただけで息が切れる」
「……症状は魔力欠乏症に近い……でも、アマヤには使える魔法なんてないはず……」
エリシアは口元に手を置いてぶつぶつと考え込んだあと、俺の手を引いた。
「一緒に来て!」
エリシアは俺の手を引いてそのままギルドの端にある鑑定石のもとまで連れてきた。
「もう一度"鑑定"して、鑑定代は私が出すから」
「一回の鑑定に銀貨2枚はかかるんだろ?シードル10杯は飲めるんじゃないか?」
「今はシードルとか言ってる場合じゃない!言っとくけど治ったらしっかり返してもらうからね!」
エリシアは護衛に銀貨2枚を渡すと俺をグイグイと通路の先に押し込んだ。
――――――――――――――――――――
【ユーリ=アマヤ(雨夜悠里)】
性別=女/年齢=17歳
種族=リーパー
レベル=4
ステータス:
体力 150/280(B⁺)
魔力 20/200(C)
筋力 F
俊敏 F
器用 F
精神 D
魔法:
無し
魂の収穫(使用回数:無制限)
影槍(使用回数:4回)
SP:540
――――――――――――――――――――
「……どうして?」
エリシアは羊皮紙に書かれた俺の鑑定結果を見て固まっていた。
「
エリシアは顔を真っ青にしながら、俺の魔法欄と
「アマヤに使える魔法はまだない。技能の使用回数は減っていないから使ってない。なのにどうして魔力が減っているの……?」
そしてエリシアは俺の種族欄をもう一度見返して考え込むと、やがてぽつりと呟いた。
「
エリシアは顔を上げると俺に説明を始めた。
「その身体能力は、魔力を消費して手に入れているものなのかもしれない。それならアマヤが最初に使えるようになった技能が対象の力を吸収する【魂の収穫】なのにも納得がいく……いや、それしか考えられない」
説明を終えると、エリシアは俺の肩を掴んで言った。
「今すぐユスティニアの森に行って【魂の収穫】をして!」
◇◇◇
エリシアに連れられて、再び酒場に戻って来た。
ちょうど昼の食事時ということもあって酒場は凄い賑わいだった。
「私が一緒に行ってあげられたら一番良いんだけど、三階級以上の差がある冒険者どうしは同じ依頼に行くことが出来ないの」
「じゃあ別に一人でも……」
言いかけて、エリシアの声にかき消された。
「駄目!」
エリシアが真剣な目つきで言葉を続けた。
「あなたの桁外れた身体能力は、たぶん魔力を変換したものなの。そして魔力が枯渇しつつある今、鑑定結果にある通りあなたの身体能力は人並みかそれ以下。今のあなたは文字通り初心者の冒険者なの」
「そんな状態で《マンイーター》や《ブラックハウンド》に勝てる?たとえ勝ててもそれより強い魔物なんてあの森にはゴロゴロいるのに」
「じゃあどうすれば……」
「待ってて」
エリシアは深呼吸をすると、真剣な眼差しでゆっくりと酒場の方へと歩き出して行った。
「あのっ、彼女は新人冒険者で、誰か彼女と一緒に
エリシアが酒場で飲んでいる冒険者たちに向かって、精一杯の大声で呼びかけた。
「あいつ……」
人見知りのくせにかなりの無理をしている。
緊張からかその声は途切れ途切れで、しかも過呼吸になりかけている。
しかし、冒険者たちはエリシアの後ろにいる俺を一瞥すると、顔色の悪い俺の様子を見て顔の前で手を左右に振った。
(まあ……当然の反応か)
命懸けで依頼に臨む仲間の存在は、文字通り命運を左右すると言ってもいい。
それを見るからに体調の悪いルーキーを一緒に連れて行きたいと思うやつはいないだろう。
酒場の冒険者たちに相手にされず、肩を落として戻ってきたエリシアに問いかけてみた。
「なあ、そもそも最低ランクの初心者をパーティに入れたいって奴はいるのか?」
「……正直、いないと思う。パーティに入れる側にメリットが無いから。パーティを組むことを対価にした金銭の授受は禁止されているし」
そこまで言うと、エリシアは「でも」と目頭に涙を溜めて言葉を続けた。
「それでも!それでもパーティを組んでくれる人を見つけなきゃ!そうじゃなきゃ……アマヤが死んじゃうじゃない……」
「私、もう一度頼んでくる」
エリシアは溜まった涙を拭くと、テーブルの方へ駆け出して行った。
「お前さん、一緒に依頼に行ってくれる相手を探してるんだって?」
エリシアが駆けだしていくとほぼ同時に、後ろから体格の良い冒険者が話しかけてきた。
「ああ。初心者だからユスティニアの森に連れて行ってくれる相手を探している」
男は「ふーん」と言うとジロジロと俺を品定めするように眺め始めた。
「ひょろっちいな~~それに顔色も悪いぞ?そんなんで依頼に行けるのか?」
「…………」
「でもまあ~~顔(ツラ)は悪くねえな」
男はそう言うと、ガシッと俺の肩を掴み寄せた。
そして、男の手が肩から背中、背中から腰へと段々と下がっていった。
「まあ……俺の女になるんだってんなら、連れて行ってやってもいいけどな」
殺意を込めて男を睨みつけるが、どこ吹く風といったふうに男はニヤニヤと笑っている。
(こいつ……力が戻ったら、殺してやるからな)
今すぐこの手を握り潰してやりたいが、今の筋力ではそれも出来ない。
男を脳内の殺害リストの一番上に書き込んでおいた。
「それで、どうすんだ?俺の女になって付いてきたいのか、どうするのか……」
腰に置いた手が、さらに下へと下がりそうになったところで、男が急に呻きだし始めた。
「いででででででででで!!」
振り返れば男が手を捻りあげられていた。
「やめろ!離してくれ!!」
関節が今にも曲がってはいけない方向に曲がりかけた男が懇願するように叫んだ。
男の隣から軽装の女冒険者がポニーテールに結んだ髪をたなびかせながせ、俺にヒラヒラと手を振った。
「はろ~~昨日ぶりだねおねーさん」
「お前は……昨日会った、ニレナ?」
「ごめんね〜、そこでご飯食べながらちょっとだけ話聞いちゃった。討伐依頼に行きたいけど、おねーさんのランクじゃ受けられないし、今のおねーさんじゃ魔物に勝てないから困ってるんでしょ?」
「ああ」
そう返事をすると、ニレナがずいと顔を近づけて来た。
……相変わらず距離が近いんだよな。
「じゃ~~、私と行こうよ。私、Dランクだからおねーさんと一緒に依頼行けるよ」
「……いいのか?」
「いいよ〜〜どうせ今日は暇してたし。それに~~おねーさん面白そうだし」
「そうか……ありがとう。宜しく――」
差し出されたニレナの手を取ろうとした瞬間、昨日のニレナとの会話が脳裏を過ぎった。
『殺しの他にやることもない』――
真偽のほどは分からないが、それを臆面もなく初対面の相手に言うような精神性。
それに、ニレナからは出会った時から、フラメアからも感じた濃厚な死の雰囲気をひしひしと感じていた。
果たして、信用できるだろうか。
今の俺には戦闘力はほとんどない。力は入らないし、少し歩いただけで息が切れる。
……仮に、あの森の中でニレナに襲いかかられたなら、今の俺にはなすすべもない。いや、置いて行かれるだけで詰みだ。今の俺じゃ蜘蛛にすら勝てない。
「アマヤ……」
いつの間にか戻ってきていたらしい。気づけばエリシアが俺の横にいた。
真剣な顔をしている。どうやら話を聞いていたらしい。
ちらりとエリシアの顔を見る。
エリシアは俺の視線に気がつくと俺の眼を見て小さく頷いた。
……分かったよ。今はこの手を取る他に、時間も選択肢も無いらしい。
「ああ、宜しく頼むニレナ」
差し出された手を握ると、ニレナはにんまりと笑った。
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