第4話 ステータス

 エリシアが鑑定をすると言って連れてきたのは冒険者ギルドの中で最も端のほうにある通路だった。


 長く続く通路の一番向こうには一室だけ扉が開かれた部屋があり、その部屋以外にこの通路から入れる部屋は存在しない。

 この通路は、というよりこの区画自体があの部屋のためだけに存在しているようだった。


 通路の手前には二人の衛兵が直立不動で立っている。


「鑑定か?」


 衛兵の一人がエリシアに話しかけた。


「はい。新人冒険者の鑑定をお願いします」


「では銀貨1枚払え」


 衛兵が最低限の言葉だけ返すと、エリシアは懐から銀貨1枚を支払って俺に振り向いた。


「高いと思うでしょ?私もそう思う。銀貨1枚あれば10杯はシードルが飲める。でもね、それもここで得られる情報に比べたら決して高くはない」


「あー…、うん」


 たぶん良いことを言っているのは分かるが肝心の銀貨一枚の価値がどれくらいか分からないのでいまいち反応に困るな。

 昨日から思っていたがこの女、ところどころズレている。


 エリシアに鑑定料とやらを払って貰い、そのまま通路の先に進もうとする。

 するとまたエリシアに裾を引っ張られた。


「待って。私はここから先には一緒に行けないから今ここで説明する」


「?どういうことだ?」


「鑑定結果は本人以外には決して知られてはいけない情報なの。鑑定者以外はたとえ親族だってこの線の先には進めないから、自分で鑑定してね」


 そう言いながら、エリシアは通路の向こうを指差した。


「貴方ならそこからでも見えると思うけど、部屋の中心に石板があるでしょ?」


 エリシアが指差した先を見れば、通路の先の部屋の中に巨大な石版だけがぽつんと置いてあるのが分かる。


「あれは《鑑定石》と言って、触れた人の潜在能力を読み取って”数値”と”文字”という形で能力ステータスを羊皮紙に書き込んでくれるの」


 潜在能力?能力ステータス?また知らない用語が出てきたな。

 俺がいまいち理解仕切れていないのを悟ったらしく、エリシアはごほんと咳払いして言い直した。


「つまり、あの石版がアマヤのレベルを含めた能力値と使用可能な魔法、技能スキルに至るまで全て教えてくれるってこと」


「――――マジか……」


 自分の身体能力や使える魔法が分かるのか。これは凄いぞ。

 元の世界で自分の能力を見ることができればどれだけ便利だったことか。


 魔法はたぶんエリシアが使う【凍結】みたいな術のことだと思うけど、技能スキルって何だろう。

 【影槍】のような特能ギフト由来の力も分かるってことなのだろうか。


「ここまで厳重にしないといけない理由が分かった?」


 俺は黙って頷いた。

 おそらくこの世界においてこの鑑定石によって示されるステータスというものは最重要情報だ。


 どの魔法が使え、どの魔法が使えないのか。どれだけ強力な技を持っているのか。

 それらの情報が敵対する相手に流れてしまったとき、戦いになったときにどれだけ不利になることか想像に難くはない。


「いい?羊皮紙に書かれている内容は誰にも言っちゃ駄目。ましてや魔法や技能ならなおさら。読んで頭の中に入れたらさっさと燃やしてね」


 エリシアは俺の目を見ながら念押しをした。


「《鑑定石》のおかげで無謀なクエストに行って命を落とす冒険者の数は大きく減ったけど、それと同じ数だけ誘拐や殺人と言った悲劇も起きたの。強力だったり希少な能力、魔法、技能って言うのは必ずそれを悪用したい人間が出てくるから」


 そこまで言ってエリシアは二人の衛兵にも聞こえないように小さく俺に耳打ちをした。


特能ギフトという特別な力を授かった貴方たち来訪者はなおさら鑑定結果を誰にも知られてはいけない。だから貴方が来訪者だということは絶対に隠し通して」


「……ああ」


 エリシアに頷くと衛兵の脇を通り抜けて通路の先へと歩き始めた。


 通路は果てしなく長い。

 部屋の中の様子を探ろうとする人間がいればすぐにでも通路の前に立っている衛兵にすぐ気づかれるだろう。

 二人いるのは片方が買収されるのを防ぐためかな。一人を買収することはできても二人を同時に買収するのは難しい。互いが互いの買収を知ることになるからだ。


 鑑定石のある部屋までの造りをこのような構造にし、さらに部屋へと続く通路の前には衛兵まで立たせているというこの徹底ぶりは、ギルドがそれだけ鑑定結果を重要な機密だと判断していると言うことだ。


 扉の開かれた部屋の中に入ると、一瞬で空気が変わったのを感じる。

 部屋の真ん中には厳かな石板が置いてあった。この石板からはあの森の中で見つけた祭壇と似た雰囲気を感じた。


 石板の手前には腰の高さほどの台が置いてあり、その上には羊皮紙の束と火のついた蝋燭が置いてあった。

 そこから羊皮紙を一枚取ると石板の上に置いて石板にそっと触れた。


 すると羊皮紙の上に文字の羅列が浮かび上がってきた。


――――――――――――――――――――


【ユーリ=アマヤ(雨夜悠里)】


性別=女/年齢=17歳

種族=リーパー

レベル=4


ステータス:

体力 280/280(B⁺)

魔力 140/200(C)

筋力 B⁻

俊敏 B⁺

器用 F

精神 D


魔法:

無し


技能スキル

魂の収穫(使用回数:無制限)

影槍(使用回数:4回)


SP:540


――――――――――――――――――――


 分からん。

 よくよく考えたら基準が分からないからこの鑑定結果だけ見ても高いのか低いのか全然分からん。


 とりあえず現状使える魔法が無いことと、技能スキルの中に【魂の収穫】と【影槍】があることは分かった。


 ステータスは意味が分からないし、見たら燃やせと言われてるけどこんなのこの一瞬で覚えきれないぞ。


「……………………」


 少し考えたあと、俺は羊皮紙を燃やして部屋を後にした。


「どうだった?」


「全く意味が分からなかった。……ので、ついて来てくれ」


「えっ、ちょっと……」


 エリシアをギルドの外に連れ出すと、路地の端でをエリシアに手渡した。

 

「俺が見ても意味が分からないからエリシアが見てくれ」


 鑑定結果の書かれた羊皮紙を渡すとエリシアが仰天した。


「え゛なんで持ってきて……!?ていうかさっき燃やしてなかった?」


「何も書かれてない方の羊皮紙とすり替えてそっちを燃やした。あの長い通路からだと何を燃やしてるのかまでは分からなかっただろ」


 さっき蝋燭の前で燃やして見せたのは台の上にあった何も書かれてない羊皮紙の方だ。

 二人の衛兵が監視をしている以上、鑑定結果の書かれた羊皮紙を燃やさずに出てくると呼び止められる可能性が高い。

 一瞬ですり替えたからおそらく誰にも気づかれてないだろう。現に後ろで見ていたはずのエリシアは気がつかなかった。


 「あのね……」


 エリシアは頭を抱えた。


「これを見たところで見方が分からないんだから見てもらった方が早いだろ……見方も知らずにこんなの見ても意味が分からないし」


「うっ……いやまあ、それはごめん」


 エリシアはそう言って言葉に詰まったあと、ため息を吐いて説明をしてくれた。


「いい?ステータス欄の文字は対応する冒険者のランクに等しい能力を表してるの。例えばほら、筋力がBならBランクの冒険者に等しい筋力を持っているということで――」


 説明している途中で、エリシアが俺の鑑定結果を見ながらぽつりと呟いた。


「――転移二日目で、もうこのステータスにまで……」


「どうした?」


「え、ああ!いや、なんでもない!」


 エリシアに尋ねると、ぱっと顔を挙げて説明を続けた。


「はっきり言ってこのステータスなら直ぐにでもC~Dランクの冒険者にまでは駆け上がれると思う」


「それはいいんだけど、なんか俺のステータス、極端というかピーキーすぎないか?筋力と俊敏に比べて器用と精神がやけに低いというか……」


「まあそんなもんでしょ。筋力と俊敏は肉体に由来するステータスだけど、器用や精神はその人の経験に由来するステータスだから。その身体は特能ギフトによるものだけど中身はまるっきり初心者なんだからこんなもの――」


 エリシアはそんなこと言いながらしばらく俺の鑑定結果を見ていた後、一か所を見つめたまま動きを止めた。


「――――……?」

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