第3話 冒険者

「あはっ、おねーさん、いま目が合ったよね〜〜?」


 その冒険者は、顔をぐぐっと近づけて来てそう言った。


 目鼻立ちの整った顔立ちに長い睫毛と大きな瞳が印象的だ。だが今はその目は悪戯っぽく細められていて、口元はニヤニヤと笑っている。


(ち、近い……)


 思わず顔を背けると、さらに顔を近付けて来るので仕方なく正面を向いてその冒険者に向き合った。 


「その……服が気になって見てたんだ。ジロジロ見て気を悪くさせてしまったなら謝るよ。ごめん。」


「服〜〜?この服のどこが気になるの〜〜?」


 冒険者はそういうと、おもむろにその場でくるりと一回転した。

 ヒラヒラした短いスカートがひらりと舞い、太もものかなり際どい所まで見えそうになった。

 

 慌てて目を逸らす。

 冒険者は、俺の反応を見てさらに楽しそうにニヤニヤと笑っている。

 なんなんだ一体……


「俺、じゃない……私は冒険者じゃないから詳しくは分からないんだけど、君は冒険者なんだよな?その服だと肌が出ているし、魔物と戦うには危険じゃないのかなって思って」


 俺がそう尋ねると、冒険者はきょとんとした顔になった。

 そしてやがて合点がいったというようにぽんと手を打った。


「ああ、おねーさん冒険者じゃないから"防護魔法"も知らないんだ?」


「"防護魔法"?」


 俺が尋ねると、冒険者はニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべた。


「どーしょっかな〜〜教えてあげよっかな〜〜?」


 そう言って、俺の腕をつんとつついて来る。

 なんだこの冒険者。他人との距離感がバグっている。


「ちょ……」


「あはっ、面白い反応。」


 どうやら俺の反応を見て満足したらしい。

 冒険者はにんまりと笑って話し始めた。


「まあいいや、教えてあげる。この服には防護魔法っていうのがかかっていて、魔力を放出して鎧のように身に纏うことで外部からの攻撃を防ぐことが出来るんだよ」


 つまり、この服は防御力そのものじゃなくてその防護魔法がメインってことらしい。


 ……また"魔力"か。

 そんなに重要な単語だったならさっきエリシアに無理やりにでも聞いておけば良かったかな。


「……ん?それなら、他の冒険者もプレートなんかつけないで、その防護魔法がかかった服を着ていればいいんじゃないか?そっちの方が軽いだろ」


「もちろん他の冒険者もみんな着ている装備には防護魔法がかかってるよ、強度の差はあるけどね。それでもプレートを付けたりや重い鎧を着るのは、やっぱり防護魔法だけじゃ心許ないからだろうね。それに防護魔法だって何度も攻撃を受けたら壊れちゃうし」


 なるほど、防護魔法にも強度に限界があるってことか。

 身軽さを取るか、それとも防護魔法が解けた後の安心を取るかってことかな。

 言われてみればプレートや鎧を着ているのは前衛で戦ってそうなガタイのいい男ばかりで、後衛で戦ってそうな魔法使いや弓を持っている冒険者が比較的軽装なのはそういうことか。


「なるほどな。合点が言ったよ、ありがとう……えーと……」


 そう言えば名前を聞いていなかった。

 言葉に詰まって冒険者の顔を見ていると冒険者は首を傾げた。


「?どうしたの?」


「いや、名前を聞いていなかったと思って」


「あはっ、律儀だね~~私、ニレナって言うの」


「ニレナはなんで冒険者になったんだ?」


 ニレナは「ん〜〜」と間延びした声を出しながら少し考えたあと答えを出した。


「ま、殺しの他にできることもないからね~~」


 ニレナはさらりとおっかないことを言いだした。

 俺は何も聞かなかった事にした。


「冒険者ってかなり危険な仕事なんだろ?死ぬのは怖くないのか?」


「あはっ、面白いこときくね〜~?」


 話題を変えようと気になっていた事を聞いてみたらニレナはクスクスと笑った。

 見たところかなりの冒険者のようだし、失礼な質問だったかな。


「そんなのもちろん怖いよ〜〜」


 そっちなんだ。


「死ぬのはもちろん怖いよ。でもね、私は誰からも必要とされない方が怖いかな。あはっ」


 最後に冗談めかして笑って見せたが、間延びした語尾をつけずにそう答えたニレナの目を見ると、それが冗談では無いように思えた。


 危険な仕事だと思ったが、いろんな事情があって冒険者になる人間になる。

 冒険者というのも案外捨てたものじゃないのかもしれない。

 

「そうか、色々と勉強になったよ。ありがとうニレナ」


 素直に礼を言うと、ニレナはいきなり静かになった。


「……どうした?大丈夫か?」


 不思議に思って問いかけるが、ニレナは恥ずかしそうにモジモジしている。


「あんまり、名前を呼ばれてお礼を言われること、無いから……」


 ニレナは耳まで赤くして顔を背けた。


 そうして二人の間にしばし気まずい沈黙が流れた。


 ……なんなんだよ。

 俺が反応に困っていると、後ろから声をかけられた。


「いやーごめんごめん、受付ちゃんに捕まっちゃってさ〜」


 エリシアが戻って来た。

 気まずそうな俺達の様子を見て首をかしげた。


「あー、取り込み中?」


「いや!大丈夫!じゃあ連れが戻って来たから!色々と教えてくれてありがとう――」


 天の助けとばかりにニレナに別れを告げようとすると、ニレナはもう歩き出していた。


「じゃあ冒険者になったら宜しくね~~」


 そう言ってニレナは手を振って去って行った。


「……どうしたの?」


「お前がいきなり消えるから冒険者に絡まれてた」


 エリシアへ抗議の視線を向ける。


「まあいいじゃない。ほらこれ」


 エリシアはそう言うと中身のずっしりと入った巾着袋を渡してきた。

 中身を見れば中に金貨や銀貨がぱんぱんに詰まっていた。


「それで、どうする?冒険者。アマヤがどうしても嫌なら別の手段も無くは無いけど……」


 少し不安そうな顔をしながら俺の顔を覗いているエリシアを見ながら、少し考える。


 フラメアは意識的に、エリシアは無意識的に俺へ与える情報を制限しているように思う。恐らく来訪者に対する脅威がそうさせているのだろう。


 "アーティファクト"、"魔道具"、"魔力"、"防護魔法"

 おそらくどれもが強くなるためには必要な情報だが、エリシアから聞くことは難しいだろう。


 だが、冒険者として続けて行けば、今ニレナに防護魔法について教えて貰ったように、分かることも多い筈だ。

 

 脱落率9割、死と隣り合わせの危険な職業。

 だが強くなるには、自由を勝ち取るためにはこれ以外の選択肢は他に無い。


「……なるよ、冒険者」


 そう答えると、エリシアは嬉しそうに俺の手を両手でぶんぶんと上下に振り回した。


「そう言ってくれると思ってた!でも、その前にやることがあるの」


「やること?」


 俺が尋ねると、エリシアはにっと笑って答えた。


「"鑑定"よ」

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