第2話 ギルド


 ギルドの中は酒場と受付が一緒になったような造りになっていて、鎧を着た人間やローブ姿の人間でごった返しており、ガヤガヤと騒がしい声が響いていた。


「すごいな……」


「喧嘩は日常だしグラスは飛んでくるしで最悪だけどね」


 エリシアがぶつぶつと文句を言いながら顔にかかったビールを拭いている。

 いや、前半はともかく後半はお前の前方不注意もあるだろ。


「それで、結局冒険者って何なんだよ。フラメアには後でエリシアに聞けって言われたきりなんだけど」


「うーん。どこから説明したものかな……」


 エリシアは腕を組んで考え込むと、少しずつ話し始めた。


「この世界には危険な生き物がいるのはもう知っているでしょ?」


「あの森にいた黒い狼やあのバカでかい蜘蛛のことか?」


「《ブラックハウンド》と、《マンイーター》のことね。そ、彼らが普通の動物と違うのは体内に"魔力"を蓄えていること。進化の過程で魔力を体内に取り込んで、より大きく、より狂暴に進化して行ったのが今の魔物なの」


 あの蜘蛛、マンイーターって名前だったんだ。怖っ。

 ともあれアレがこの世界の動物のデフォという訳では無いらしい。


「"魔力"って?」


「簡単に言うと"魔法を使うためのエネルギーの源"。今は気にしなくていいよ。どうせ来訪者は魔法使えないし。また必要になったら説明してあげるから」


 エリシアはそう言うとばっさり俺の質問を断ち切った。

 ……なんか今、ひどい差別をされなかったか?


「話を戻すね。それで、森の外じゃたまたま遭遇しなかったけど、この世界じゃ城壁で囲われた都市から一歩外に出たらああいう魔物が闊歩してるの。このままじゃ都市同士での行き来もできないし、都市の外の村や集落に住んでいる人たちは魔物への恐怖で夜も眠れない」


「そこで、そういった魔物を狩って生活している人達が"冒険者"。護衛や採取もしているけど基本的には魔物の討伐が中心ね」


「へえ……」


 なるほど、つまりは危険生物専門のハンターみたいなものか。

 あんな危険な生物が出てくる世界なら、当然そういう職業も必要になってくるか。


「都市や村の安全は、辺りの魔物を狩っている冒険者にかかっていると言ってもいい。冒険者ギルドが都市の中心にあったり、冒険者の地位が高いのもよく分かったでしょ?」


 なるほど、フラメアが冒険者になることを推していたのはこういうことか。


 この国では身分証さえあれば都市間は自由に行き来できるらしい。


 しかし、この国から出て別の国に行こうとしたら、必要なのは身分証ではなくそれなりの地位と信頼だ。

 そしてその地位と信頼をてっとり早く獲得できるのが冒険者という訳だ。


 「来訪者を広く捜索するためにはこの国だけじゃくて他の国にも行く必要がある。その時に必要になるのは、確固たる地位。実力さえあれば後ろ盾なんてなくてもいくらでも上に上がれる冒険者はとってもオススメってこと!流石フラメア様!」


 エリシアは祈るように指を組んでキラキラと目を輝かせた。


「ちなみに、冒険者以外で自由に外国に行けるような職業は?」


「王家御用達の商人とか貴族。……まあどれもそれなりの生まれとコネが無いとそこまでの地位には辿り着けないけど」


 じゃあ選択肢無いじゃん。オススメも何も冒険者一択じゃん。


「……ちなみに国境が出入り自由になれるほどの冒険者になれるのはどれくらいの割合なんだ?」


「だいたいの国に入国を許可されるようになるのはBランク以上から。だいたい……10人に1人くらいの割合かな。ほとんどはそこに行きつくまでに脱落しちゃうから……」


 9割脱落してるじゃん。超絶ブラックじゃん。


「……残りの9人はなんで脱落してるんだ」


「だいたい……怪我とかその、死……」


 エリシアは言いかけて言葉に詰まった。

 二人の間には重い沈黙が漂った。


 勘弁してくれよ……

 だいたいリタイア率9割ってなんだよ。

 そもそも上に行けば行くほど危険な魔物を討伐していかなきゃいけないんだからBランクまで行っても全然安泰じゃないじゃん。


「……ま、とりあえず前向きに考えといて!私は受付にケントゥリオの討伐報告してくるから!」


 エリシアはそう言うと氷漬けのケントゥリオの頭部を持ってさっさと受付の方に逃げて行った。


「……………………は?」


 俺はエリシアの後ろ姿を呆然と見送っていたが、ハッと我に返って慌てて後を追おうとした頃にはエリシアの姿はもう見えなくなっていた。


「……………………」


 仕方がないのでそこら辺の壁にもたれ掛かかっていた。

 テーブルに座らないのは一人で飲んでると思われて酔っ払った冒険者に声をかけられそうで嫌だからだ。


 受付でエリシアが報告をしている間、することも無かったので行き交う冒険者を眺めていた。


(冒険者って言っても格好も色々とあるんだな……)


 冒険者と一言でくくっても、その格好は様々だった。

 鎧を着て長剣や槍を背負っている者、ローブ姿の魔法使いっぽい格好の者、軽装で弓を背負った狩人のような格好の者……とまあ本当に千差万別だ。


 そんなことを考えながらぼーっと眺めていると、ふと一人の冒険者に目が留まった。


 その冒険者は、他の冒険者と比べてかなり軽装……というよりほとんど防具らしい防具は付けておらず、腰にナイフを何本かとポーチをいくつか付けているだけという、かなり身軽な格好をしていた。


 というより純粋に肌の露出が多すぎる気がする。肩やお腹、太ももが丸出しの短い服に、膝上まであるブーツ。

 黒い髪は後ろで束ねていて、腰には革のベルトでナイフを何本もぶら下げている。

なんというか……露出度が高すぎる。目のやり場に困るというか、見ているこっちが恥ずかしくなってくるような格好だ。

 魔物と戦うならせめて鎖帷子でも着ていた方がいいんじゃないか。


 そんなことを考えながらその冒険者を眺めていると、その冒険者がふとこちらを向いた。


(やばい……いくらなんでもジロジロ見すぎた)


 目が合ってしまったので慌てて視線を逸らすが、その冒険者はつかつかとこちらに歩いて来た。


 流石はあの魔物モンスター共を討伐するのことを生業にしている冒険者だ。他者からの視線には敏感らしい。

 俺は観念してその冒険者の方に向き直った。

 

「あはっ、おねーさん、いま目が合ったよね〜〜?」


 その冒険者は、俺の目の前まで来てずいっと顔を近づけてそう言った。

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