第ニ章 『冒険者ギルド』

第1話 城塞都市

「なあ、まだ着かないのか?」


「んー、もうちょっと」


 ユスティニアの森を早朝に出発し、どこまでも草原の続く街道を俺はエリシアと歩いていた。

 延々と続く街道には俺たちの他には誰もおらず、時折吹く風が草原を波のように揺らしている。


 時空の魔女ロザリアによって転移させられた森の中で、俺はフラメアの組織の外部協力者という立場になり、偽りの身分と行動の自由を手に入れた。


 ラルガ村出身。女性。17歳。

 "雨夜 悠里"ならぬ"ユーリ=アマヤ"。


 これが俺の新しい身分だそうだ。数日後にはなんとこれが"本物になる"らしい。


(用意が良すぎるな……もしかして最初からこれが目的だったのか?)


 フラメアがものの数分で用意した身分証を眺めながら、彼女に対する疑惑が胸を過った。


 フラメアは俺に語った言葉に嘘は無いと言っていたが、その胸の内までは誰にも分からない。

 結果だけを見るならば俺は日野・白鳥と引き離され、俺は組織の外部協力者――つまりは使い走りのような立場になった。


「……………………」


 フラメアが俺たちをどのように利用するつもりなのかは、今は考えても仕方がない。

 俺たちのことを掌の上で上手く転がしているつもりかもしれないが、いづれほえ面をかかせてやる。


 


「本当にこっちで道はあってるんだよな…あってるんですよね?"エリシアさん"」


「ちょっと、いきなり敬語にならないでよ!どれだけ信用されてないの私!?ほら、向こう、見えてきたから!」


 先を行くエリシアに尋ねてみると、エリシアがばっと振り返って抗議してきた。


 なだらかな坂を登り切ってエリシアが指を差す方を見ると、遠くの方に石造りの城壁が見えてきていた。

 城塞都市というやつだろうか。

 周囲を城壁によってぐるりと囲まれていて、さらにその周りには堀が掘られて跳ね橋が架けられている。


(あれがこの世界の都市か……)


 まずはあの森から最も近い、現在エリシアが拠点にしている街に行くことになったが、それは俺にとっても都合が良かった。


 森の中と都市の中では得ることのできる情報の量が段違いだ。

 フラメアやエリシア以外のこの世界の住人から情報を得ることは、いつかフラメアに歯向かう時に役に立つはずだ。


 この世界では弱いままでは生き残れない。

 一にも二にもフラメアに対抗できる力を手に入れる。それがあの都市での最重要目標だ。


 現状フラメアに抑えつけられているのは結局、暴力によって負けているからに他ならない。

 フラメアにどのような目的があろうと、それを跳ね除けられるほどの力を手に入れてしまえばいいだけの話だ。

 そうした時、俺は始めて本当の自由を手に入れることができる。


 静かな決意と共に城塞都市へと踏み出すと、後ろからエリシアに引き留められた。


「あっちょっと待って」


「ぐぇっ……なんだよ」


 帽巾フードを引っ張られて締められた首を擦りながらエリシアに抗議の視線を向ける。

 エリシアは構わずごそごそと荷物を漁って中から何かを取り出してずいと押し付けて来た。


「都市に入る前に大鎌にこれを巻きつけて!」


「これは?」


 エリシアが差し出して来たのは、白い布の塊のようなものだった。

 広げてみると、それは白い包帯のようなもので、端の方にはルーン文字のような刺繍が施されている。


「魔力の阻害効果が掛かったサラシ!アーティファクトを他の人に気づかれずに包んで運ぶための魔道具」


「アーティファクト?魔道具?」


 これまた聞いたことのない単語に思わず首をかしげた。

 俺の反応を見て、エリシアはしまったというふうに額に手を当てて天を仰いだ。

 クソ、腹立つな。


「今までは魔物が避けていくから便利だったけど、そんな禍々しい魔力が垂れ流された鎌を剝き出しで都市に持ち込める訳ないでしょ。というかそれずっと持ってて何ともなかったの?」


「いや、何とも……?」


 正直に答えたらエリシアが正気を疑うような顔をして見て来た。

 いや、最初は俺だってなんか禍々しいなとか色々思ってたけどそんなこと言ってられる状況じゃなかっただろ。


 要するに、この大鎌はそのアーティファクトというもので、ユスティニアの森を出てから魔物と遭遇することが無かったのはどうやらこの大鎌の魔力に魔物の方から逃げて行ってたかららしい。


「今後、私以外の人の目がある所では絶対に大鎌からこの晒を剝がさないで。このアーティファクトを知られたら絶対に揉め事が起こるから」


 エリシアはそう念を押すと、先に城塞都市の方へと歩いて行った。


「はあ……あいつ、基本的にこっちの話聞いてないよな」


 ぶつぶつと文句を垂れながらエリシアに押し付けられた晒をしぶしぶ大鎌の刀身に巻きつけていく。巻きつけた晒は、ぴたりと大鎌の柄に吸い付くように密着していった。


 俺が巻き付けてる間にエリシアは入門の手続きを済ませたらしい。エリシアに手招きされて都市の門をくぐる。


「おお、人だ……」


 思わずそう呟いてしまった。


 城塞都市の中は、石造りで出来た建物がぎっしりと立ち並んでいて、人通りも非常に多く活気があった。


「ほら!こっち!」


 都市の光景にしばし見惚れていると、エリシアが手を振りながら呼んできた。


 エリシアに連れられて大通りを歩く。

 ……のだが、すれ違う人々が通り過ぎざまに俺の方を見てギョッとした顔をしている。


「……なあ、本当にこれ持って街の中を歩かないとダメなのか?さっきから道行く人にジロジロ見られてるんだけど……」


 エリシアに言われてユスティニアの森を抜けてからずっと両親の形見のように両手で抱えているのは、氷漬けにされた鹿頭の巨人ケントゥリオの頭だ。

 この身体になって筋力もかなり上がったし別に重いという訳ではないが、すれ違う人達からの視線が痛い。


 というか本当に晒で隠すのは大鎌でいいのか?本当に隠さなきゃいけないのはこっちなんじゃないのか?


「そんなに嫌なら別に捨てても良いけど……絶対後で後悔すると思う。だって、当分のあなたの生活費になるんだから」


「う……」


 そう言われてケントゥリオの頭をじっと頭を見つめる。


 ユスティニアの森にて俺、日野、白鳥と……そしてエリシアの四人が命がけで倒したこのケントゥリオという魔物は高ランクの魔物らしい。


 ギルドから懸賞金を掛けられていて、持っていけば褒賞金を貰えるらしい。


 組織は俺の身分を保証しているだけで俺の生活まで保証してくれる訳ではない。自分の生活費は自分で稼がなくてはならないのだ。

 つまりこの頭が当面の俺の生活費ということになる。


「はあ……わかったよ。じゃあ早くそのギルドとやらに行って渡しちまおう」


 街の中央にある広場でエリシアは足を止めた。


「ここが冒険者ギルド」


 広場の真ん前に、他の建物よりも一回り大きい建物が建っていた。

 入り口の上には剣と杖が交差したマークが描かれた看板がかかっている。


(看板の上の文字は……『冒険者ギルド』か。読めるな。会話と同じように読むのも問題無いってことか。知らない筈の文字が勝手に頭の中に入ってるのは気持ち悪いけどな)


 立派な装飾の施された扉を開けると、中から喧騒が飛び出して来た。


「すごい活気だな……」


「ここはギルド、酒場、宿屋の三つが併設されてるこの都市の心臓部だからね。あらゆる人とお金がここに集まるの。さ、入りましょう」


 そう言ってキメ顔で酒場に入った数秒後にはグラスが飛んできて顔面がビールまみれになっていた。





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