第22話 来訪者③
日野のナッツを蹴り飛ばしたあと3人で白鳥の所へ戻る頃には既に日が傾きかけていた。
ちょうどフラメアが白鳥に毛布を渡しているところだった。
「こちらを。これからこの森は冷え込みます」
意外なことに、フラメアはあれほど嫌っていたはずの来訪者に普通に接していた。
さっきまでの論戦ではあれだけ嫌悪感をあらわにしていたくせに、今はそんな素振りすら見せない。
「あの姉さん、綺麗だし優しいし最高だよな」
日野が内股になって股間を抑えながら俺に耳打ちした。
お前、下手したら寝てる間にあの女に殺されてたかもしれないんだぞ……
と心の中で思ったが言わぬが華だと思ったので黙っておいた。
俺たちはフラメアから毛布を一枚ずつと、調査員が携帯しているという専用の折り畳みの天幕を与えられた。
日が沈み、それぞれが自分の天幕に向かう中、木造りの椅子に腰かけながら焚火を眺めているフラメアを見つけた。
「なあ、いったいどれが本当のお前なんだ?」
「本当の私……と言うと?」
ずっと気になっていた疑問を問いかけると、フラメアがきょとんとして聞き返して来た。
「"心底見下しながら来訪者について語ったお前"、"エリシアの前で優しく微笑むお前"、"来訪者の行いに憤慨したお前"、"あれだけ嫌っていた来訪者にも優しく接するお前"、いったいどれが本当のお前なんだ?」
思えばさっきの論戦のときもそうだ。
常に余裕そうな態度をしているかと思えば急に取り乱してみせたり、まるで台風のような女だ。感情がころころと変わってどれが本心なのか分からない。
「……さあ?」
フラメアはそう言うと不敵に笑った。
「私は貴方とエリシアに来訪者の危険性を示し、エリシアと貴方は私に来訪者の有用性を説きました。そして、今は結果として協力関係を結べています。私が何をどう思っていようと、そんなことはどうでもいいではありませんか」
「もしかして、俺たちを……試したのか?」
「試すだなんて人聞きの悪い……ただ、あなた達がどんな人物なのか知りたかっただけですよ。それにしても貴方……ふふっ。冷めてるように見えて、意外と熱血な所があるんですね。私、そういう人嫌いじゃないですよ」
結局、フラメアはそのまま最後までこちらを振り向かずに話を続けた。
焚火の影になってフラメアの表情は分からず、この女が腹の底で何を考えているのかは分からないままだった。
無駄な質問だったなと思って俺も自分の天幕へと戻ろうとしたとき、思い出したようにフラメアが呼び止めた。
「ああ、でも……」
そう言うとフラメアはゆっくりとこちらを振り向いた。
その表情は、今でも穏やかなままだった。
「勘違いしてほしくないのは、私は態度や感情を"少々"偽りはしましたが、嘘は一つも言っていませんよ。そこだけはくれぐれも忘れないよう」
フラメアはそれだけ告げるとゆったりとした足取りで自分の天幕へと戻って行った。
翌朝、エリシアはフラメアに俺達の報告を述べた。
「彼らの証言から、残りの来訪者がこの世界に災いをもたらす可能性が非常に高いことが判りました。この森の中でも既に
フラメアは木造りの椅子に座りながらエリシアの報告を静かに聞いていた。
「そこで、彼らを組織内の施設にて保護するのではなく、"外部協力者"に任命し、むしろ彼らに積極的にこの世界を見て回って貰い、来訪者に遭遇した際に我々に報告してもらう協力体制を取ることを提案致します」
「許可しましょう」
エリシアの提案をフラメアは静かに微笑んで採用した。
「ほっ……」
「ただし、三つ条件があります」
しかし、エリシアが胸を撫で降ろすと同時にフラメアは顔の前で指を三本立てて見せた。
「1つ。外部協力者に任命するのは。彼女……いえ彼だけです」
こちらを振り向いたフラメアと目が合った。
「お前、気づいて……」
「おそらく
「あっそ……それはいいとして、俺だけってのはどういうことだ?」
「お二人には組織の施設に来て貰おうかと。そこで
「待て、それは話がちが――」
「俺は別にいいぜ?」
俺がフラメアに抗議をするより先に、日野があっさりとフラメアの提案を快諾した。
まさか日野がこの提案を受け入れるとは思わなかった。
堅苦しい生活には絶対耐えられないタイプだと思っていたが。
「中坊の頃は何度も院にぶちこまれてたからな。施設暮らしにゃ慣れたもんよ。しかもよ……その綺麗な姉さんたちのところに行ってしかも生活の面倒まで見てくれるんだろ!?全然ウェルカム!!」
日野は両手を掲げると高らかに雄叫びを上げた。
……お前はきっと世界中のどこに言っても幸せだよ。
「私も大丈夫。私の
日野に続いて白鳥もフラメアの提案をあっさりと受け入れた。
一晩中泣いていたのだろう。白鳥の目はまだ赤く腫れている。
「私、この世界に来て全然力になれなかったのが悔しい。雨夜君に守って貰って、次は日野君に守って貰って……あの五人のことだってそう。私にもっと力があれば……あの時気を失わずにいられたらって思わずにいられない」
「白鳥、それは……」
「うん、分かってる。二人が私のせいじゃないって言ってくれたのは十分伝わってる。でも、これ以上はもう何も後悔したくない。この力を上手く扱えるようになって今度は二人と肩を並べて……ううん。二人を守る側になりたい」
「……オーケーだそうだ」
「それはなにより」
フラメアはにっこりと笑った。
「2つめ。彼の一切の行動の自由と身分を保証する代わりに自力で生活すること。組織はそれ以上の支援は行いません」
これに関しては別にどうでも良かった。
元々面倒なんて見てもらうつもりなんてなかったし別に構わないな。
「3つめ。エリシア、貴女が彼の監視役に就くこと」
「うええ!?」
エリシアが驚愕の声を上げた。
「当然でしょう。そもそも貴女が彼を外部協力者に推薦したんでしょう?」
「や……それはそうですけど……」
「それともやはり危険だからと今ここで"処理"しますか?私はそれでも一向にかまいませんよ?」
フラメアがにっこりと笑ってエリシアに尋ねた。
おいふざけんな。勝手に俺の命運を決めようとするな。
「はい、やります……」
結局エリシアが項垂れながら返事をした。
「そうと決まればさっそく出発しましょう。特に、あなた達は少し長い別れになるので今のうちに別れを済ませておくように」
そう言ってフラメアとエリシアが今後の方針を話し合っている間。俺たち三人だけが残った。
「じゃあな、どれだけ離れていても、いつでも俺たちは繋がっているからな……」
やめろ。
これから長い別れになる恋人同士のムーブをかますな。
「雨夜君、私この世界でやれるだけやってみる!雨夜君もくれぐれも体に気を付けてね!!」
白鳥はそう言うと俺の手を両手で握手ってぶんぶんと振り回した。
白鳥はもうクラスメイト達の死から立ち直ったらしい。
俺たちが思っているよりも白鳥は遥かに強かった。
二人と別れを済ますと、俺たちとは反対方向に去ろうとするフラメアを呼び止めた。
「おい、本当に良いんだな?俺は俺の好きなようにするぞ」
「どうぞ。まあエリシアが付きますから思うほど好きには出来ないと思いますが――」
そこまで言って、フラメアは少し間を空けて言葉を続けた。
「……本音を言えば、その力をか弱い人々の為に使ってほしいとは思っています」
「……………………」
「ですが、それは私達のささやかな願いにすぎません。使命とは自覚するものであり、他人が強制するものではないからです。日々を生きる人々にそれを強制することはできませんし、暴力で以て他者を意のままにしようとするならば、それこそ”獣”と何ら変わりませんから」
「それに、”人”が”人”として生きていくならば、本人にそのつもりは無くても、多かれ少なかれ誰かの役に立ってしまうものです。貴方がこの世界の法と秩序を遵守する限り、貴方は私達の守るべき民であり、良き隣人です。歓迎しますよ――」
フラメアはそう言いいながら微笑んだ。
後ろからエリシアが早く来いと急かしている声が聞こえてきた。
「ようこそ、私たちの世界へ」
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