第21話 来訪者②

「現在30名の調査員がこのユスティニアの森を捜索していますが、5名分の死体を除き、この森の中には、この場にいる彼ら以外の来訪者は一名も見つかりませんでした!!」


「は―――――」


 純白のローブの調査員の報告を聞いて思わず声を失った。


 この森の中に


(あれだけの人数がいて、俺ら以外の生存者が1人も見つからない?そんなまさか。いったいどこに行った……?)


 一瞬にして頭の中の埋め尽くした疑問を解消したのは、フラメアの一言だった。


「……来訪者の中に、【転移】の能力の特能ギフトを持った者がいたのでしょうね。まだ動ける来訪者達を集めて別の場所に転移して逃げたのでしょう」


「魔力反応は!?転移先は特定できますか!?」


 エリシアが焦りながら調査員に向かって尋ねると、調査員は静かに答えた。


「転移を行ったと思われる場所には、既に僅かな魔力反応の残滓しか残っていませんでした。ここまで小さくなってしまうと痕跡から転移先を特定することはもう……」


「そんな……」


 その報告を聞いてエリシアは肩を落とした。


 フラメアはそこまで報告を聞くと、深いため息を吐いた。


「……分かりました。どうやらこうなってしまっては、


 フラメアはそう言って剣を鞘にしまうと、静かにこちらへ振り向いた

 その様子を見てエリシアがぱっと顔を明るくした。


「フラメア様……!分かってくれたんですね……!」


「……この森に来た来訪者の数は?」



 俺は、返事をする代わりにフラメアに向かって静かに中指を立てた。


「ちょ……!」


 エリシアが凄まじい形相で駆け寄ると俺の肩を掴んだ。


「ちょっと!何してんの!!せっかく私が庇ってあげたのに!!」


 エリシアが恨めしそうな顔でガクガクと俺の揺さぶった。


「は?お前が何言ってんだ?なんでこれから殺されるかもって奴に素直に協力しなきゃいけないんだよ」


「馬鹿!!これから協力し合う流れだったのに、なぜわざわざ挑発するようなことを!?」


 そう言いながらエリシアが俺の首を締め上げた。


 そうだったんだ。

 こちとらそういう感情の機微が分からないせいで何度か殺し合いにもなりかけたんだから、もっと分かりやすく伝えてくれないかな。


 そしてエリシアは見た目に似合わずすごい力だった。

 たまらず手を叩いてタップする。

 

「ふふっ」


 小さな笑い声が聞こえてきた。

 振り向くとフラメアは口元に手を当つつも何事も無かったかのようにふるまっていた。


「いいでしょう。貴方がたに対する処遇を保留します。また貴方がこの件に協力してくれる限り貴方やご友人には一切の危害を加えないことを約束します」


 そう言ってフラメアは静かに微笑むと、思ったよりもあっさりと俺に対する処理を撤回した。



「時空の魔女ロザリアによってこの世界に飛ばされたのは俺含めて30人。全員がこの森に飛ばされている筈だ」


「つまり、ここにいるあなた達3人と、死体として発見された5人を除いて、22人の来訪者が行方をくらませた……と」


 フラメアの質問に答えると、エリシアとフラメアは渋い顔をした。


「事態は最悪と言って過言ではありません。かつて14人の悪意ある来訪者によって大量の犠牲者が出ました」


「つまり……また同じことが繰り返されるかもしれないってことですか?」


 エリシアがフラメアに不安そうに尋ねた。


「それをさせない為に我々がいるのです。詳しい話はまた後で聞きましょう。今はまず、お知り合いの亡骸を」



 日野と白鳥が目を覚ますのを待つと、地面の上に丁寧に並べられた亡骸に立ち会った。


 安達と名護、鹿頭の巨人にハンマーを食らわせた男子生徒と、鹿頭の巨人を吊れて逃げて来た二人の男子生徒の亡骸だった。


「ぐすっ、ひぐっ……」


 それを見て白鳥がポロポロと泣き出した。


 日野はというと犠牲者が男だと分かると速攻で興味を無くして耳をほじっている。

 おい、こいつだけは矯正施設にぶち込んでいいぞ。


「ごめん、ごめんね……私がもっと早く目を覚ましていたら……」


「白鳥ちゃんのせいじゃねーって。安達と名護が鹿頭の巨人にやられてる時は白鳥ちゃんはダウンしてたんだから仕方ねーよ。この3人だってそもそも白鳥ちゃんが特能を使わなかったらあのまま死んでたんだから文句はねー筈だって!」


 泣き崩れる白鳥を、日野が必死に慰め続けていた。


「日野、ちょっといいか?」


 日野を呼ぶと、そのまま二人で白鳥に聞こえない距離まで離れる。


「安達と名護はともかく、何であの3人まで死んでるんだ?回復には失敗したのか?」


「いや、ちげえな。白鳥ちゃんの特能はあいつ等が走り回れるくらいまで回復させてたぜ」


「じゃあ何であの3人が死んでるんだ?」


「……鹿野郎から逃げてる間、何度か鹿野郎が追ってきてないタイミングがあったんだ。上手いこと巻けたのかと思ってたけど今思えばそん時は俺らじゃなくてコイツらを殺しに行ってたんだろうな」


「そうか……」


 つまり、こいつらは生きてる限り絶対に鹿頭の巨人から逃げられることはなかったってことか。


 この3人も、安達と名護も、白鳥と日野を見捨てる事をせずに一緒に戦っていれば――

 いや、考えても仕方ないことだ。どれだけ過去の可能性について考えた所で結論が出ることは無い。


「……お前、安達と名護がお前らを見捨てて逃げ出したこと言わないんだな」


「ん?ああ、白鳥ちゃんが泣き止んでくれるなら何でも言うけどよ、それ言った所で白鳥ちゃんの気は晴れねえしなあ」


 日野はそう言うと、頭の後ろで手を組んだ。


 それを見て、少しだけ気が晴れた。


 そうだった。日野はこういう奴だったよ。

 男がどんな目にあおうが屁にも思わないような奴だが、女子にはどこまでも優しい。


「お前のこと、ちょっとだけ見直したよ」


「おいおい照れんなって、"惚れ直した"だろ?ハニー」


「お前、次俺を"ハニー"とか呼んだらその玉潰してお前も女の子にしてやるからな」


「……………………はい」


 そう言うと日野は股間を抑えて静かになった。


「…………それよりも気がついたか?ハ……じゃなくて雨夜」


 暫くの沈黙が流れた後、並ぶ亡骸を眺めながら日野が言った。


「ああ」


 日野と話しながら並んだ死体に目を向ける。



「アイツは鹿野郎の目の前で特能ギフトらしき力を使ってしたんだろ?だったらここに一ヵ瀬の死体が無いのはおかしいよなあ?アイツいったいどうやってあの鹿野郎から逃げ切ったんだ?」


「一ヵ瀬の特能ギフトの能力はおそらく……洗脳や行動の強制だ」


「あー、はー、なるほどねぇ」


 日野は三名の男子生徒の亡骸を眺めながら呟いた。


「こいつらを上手く捨て駒にしたって訳だ」


「この三人は鹿頭の巨人に特能ギフトを使った所を直接見られてるからな。囮にしやすかったんだろう。操って自分と逆方向に逃げさせるだけでもかなり時間が稼げる」


「そうして稼いだ時間のうちにクラスの奴らと合流して行っておめおめと逃げ切ったと、大した奴だなオイ」


「ねえ……その一ヵ瀬って来訪者、そんなに酷い人なの?」


 何時のまにか俺と日野の会話を横で話を聞いていたエリシアが訪ねてきた。


「まあ……一言で言えば自分が一番偉いって思い込んでクソ野郎だな。」


「しかも性格はバリバリのカス野郎だぜ。他人は見捨てるわ利用するわ自分のためなら何だってアリだ。この3人も一ヵ瀬の捨て駒にされたんだろうな」


「そっか……そんな人がこの世界に来ちゃったんだね」


 それを聞くと、エリシアは俯いて静かになった。

 日野がエリシアの背中を力強く叩いた。


「まあ安心しろって!!少なくとも一ヵ瀬の野郎は俺とハニーがぶっ潰してやるからよ!」


「はい、お前明日から玉無しね」

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