第17話 ケントゥリオ②

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 けたたましい雄たけびと共に、鹿頭の巨人が死の拳を放った。

 後ろへ跳び退いてそれを避ける。


「オラァッッッッ!!!!」


 そしてそれを避けると、すかさず深紅の大鎌で焼き焦げた傷跡を切り裂く。

 確かな手応えと共に大鎌の刃が鹿頭の巨人の肉を裂いた。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 肉を切り裂かれた鹿頭の巨人が苦しそうなうめき声を上げた。


「いける……!勝てる……!このまま行けばコイツに勝てる…………」


 絶望的な戦いの中で、確かに僅かな希望が見えた瞬間だった。


「…………かはっ……!?」


 しかし、限界は俺の元へと先にやって来た。


 口元を抑えた手を見れば、べっとりと血が付いていた。


「うっ………!」


 瞬間、視界が歪んで体の感覚を失った。

 大鎌を握る手に力が入らない。


(ヤバい……身体の限界が近い……!)


 この世界に来てからずっとこの力を使っていた。

 もう何度影槍を使ったのかもわからない。

 特能ギフトの能力はほぼ使い切り、この身体はとっくに限界を迎えていたのだ。


「あと少し…あと少しだけでいいんだ……!動いてくれ……!」


 自分を奮い立たせるように呟いた。

 しかし、脚はガクガクと震えてまるで言うことを聞きやしない。


――そして、気がついた時にはもう、避け切れないほど近くに死の拳が迫って来ていた。


「あ――――」


 そして、鹿頭の巨人の"死の拳"が直撃した。


「う"ぐっ"!!!!」


 拳を喰らった身体の右半部から電撃を食らったかのような凄まじい衝撃が走り、次の瞬間には宙に浮いていた。

 そしてそのまま何メートルも吹っ飛ばされて木に叩きつけられてようやく止まった。


「う……こぷっ、うぉえ……」


 口からは溢れるような血が溢れて止まらない。


 あたまがくらくらする。

 だめだ。ねているばあいじゃない。はやくおきあがらないと。


 鹿頭の巨人が、もうすぐそこまで近づいてきている。


「はあっ、はあっ……はあ、はあっ……」


 大鎌を杖代わりにして何とか立ち上がる。


 木に叩きつけられた頭からは出血が止まらない。

 殴りつけられた体の右半分は感覚がない。


 頭がチカチカする。

 あれ、俺なんでこんなになりながら頑張ってるんだっけ。


 ……日野と白鳥は逃げれているだろうか。

 十分に時間は稼いだし、戦いながら距離も離した。

 他のクラスメイト達と上手く合流できていると良いが。


 俺とは違うあいつらなら、きっとクラスメイト達と協力してこいつを倒すことができる筈だ。


 俺はこんなにも何を必死になっているんだろうな。

 死んだら終わりだって誰よりも分かっている筈なのに。

 却って命を投げ捨てるようなことをしている。


 ……だけど、最期に誰かを助けて死ぬのなら、死神の最期にしては悪く無い方なんじゃないだろうか?


「グオオオオオ…………」


 気がつけば、鹿頭の巨人はもう目の前まで近づいて来ていた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 鹿頭の巨人が勝鬨の雄叫びを上げた。

 そして、弱り切った獲物に止めを刺すように再び死の拳を繰り出した。


「くそ――――」


 雄叫びと共に迫りくる死の拳はしかし、俺に叩き込まれることはなかった。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 鹿頭の巨人は、背中から炎が燃え盛る炎に悶え苦しんでいた。


「おいおい、もうへばっちまったか?ハニー」


 煌々と燃え盛る炎、その先にはよく見知った顔の不良がいた。

 

「日野……お前、なんで……」


 絶え絶えな息で問いかけると、日野はふてぶてしく笑った。


「目が覚めてからずっと考えてたんだけどよお……女に戦ってもらって自分テメーはおめおめと逃げ出すってのは男がやることじゃねえよなあ!?」


 馬鹿野郎。なんの為に時間を稼いだと思ってるんだ。

 罵倒してやりたいが駄目だ。呼吸すら辛くて思うように声が出ない。


「雨夜君!」


 日野の後ろから白鳥がぱたぱたと駆け寄ってきた。


「白鳥まで……目が覚めたのか……?」


「雨夜君と日野君のおかげだよ。ありがとう」


 白鳥はそう言うと、涙ぐみながら白くか細い両手で俺のボロボロになった手を包みこんだ。


 そして――


「【再生リジェネレーション】」


 白鳥が目を瞑りながらそう唱えると、致命的かと思われた傷がみるみるうちに塞がり、腹の底から活力が湧き上がって来た。


「白鳥……お前、特能ギフトの力を使い切ったんじゃ……」


 ぽかんとしていると白鳥がぐっと力こぶを作って見せた。


「大丈夫!寝たら少しだけ特能ギフトの力も回復してたの!!先に日野君にも使ったから、これで限界だけどね!」


 そう言って白鳥がにへらと笑った。


「おい!!鹿の野郎そっちに行ったぞ!!!」


 唐突に日野が叫んだ。


 振り向けば鹿頭の巨人が俺達に対して振りかぶっていた。


「やばい!!【影や――」


 しかし俺が影槍を出すよりも早く、白鳥は俺に微笑みかけると片手を前に出した。

 

「【防壁プロテクション】」


 瞬間、俺達の目の前に透明な壁が現れ、鹿頭の巨人の拳を防いだ。


「白鳥、今これで限界って言ったよな……?」


 恐る恐る問いかけると、白鳥はぽかんとした表情を浮かべたが、やがて合点がいったように手を叩いた。


「うん、だから【再生リジェネ】はさっきので打ち止め!さっきの【防壁プロテクション】は今、使!」


「初めてぇ!?」


 驚きで声が裏返った。

 もしかして、いま滅茶苦茶危ない橋を渡らされたんじゃないだろうか。


「私ね……二人に守られてばかりじゃなくて、私も守ってあげたいって思ったの。強くそう思ってたらいつの間にか使えるようになってた!」


 白鳥はそう言うとVサインをして見せた。

 おいおいおいおい、何でもありかよ。

 ……まあ、いいや。特能ギフトは"確信"の力だ。白鳥が"できる"と思えば"できる"のだろう。


「雨夜君!足手纏いだって分かってるけど、私も一緒に戦わせて欲しい!!」


 白鳥が俺の目をじっと見つめてそう言った。


 ……いや、足手纏いも何も、どう見ても十分立派な戦力です。

 白鳥じゃなくて白鳥様と及びした方が宜しいかもしれない。

 日野と白鳥があの鹿頭の巨人から2時間弱も逃げおおせた理由が分かった気がする。


「おらっ!!おかわりだ喰らいやがれ!!」


 白鳥が創り出した壁によって拳を防がれた鹿頭の巨人に対して、日野がまた火炎魔法の特能ギフトを打ち込む。鹿頭の巨人は苦しそうに悶え苦しんだ。


 しかし――


(……駄目だ。図体がデカいからいくら攻撃を当てても全く倒れる気配がない)


 事実、鹿頭の巨人は既に日野と俺の攻撃を何発も食らっているというのに未だにピンピンしている有り様だ。

 本当にダメージが通っているのかとさえ疑いたくなる。


(あいつを倒すにはもっと…………あれ……?あいつの急所ってどこだ……?)


 心臓は分厚い胸筋と肋骨によって守られている。

 頭は……鹿の頭蓋だ。人間よりも更に強靭な頭蓋によって硬く守られている。

 果たしてあの生物に急所なんてあるのだろうか。


 ――いや、一箇所だけある。


 他の部位よりも筋肉の量が遥かに少なく、かつ骨も"細い"部位が。


「日野!!!俺が囮になる!」


 頭の中で勝利への道筋を思い描くと、日野に向かって叫んだ。


「足の健だぁ?」


 それを聞いた日野が訝しげな表情をする。


「良いから!俺を信じてくれ!!」


 そう言うと、日野はニイと笑った。


「良いぜぇ!ハニーがそう言うなら信じるしかねえよなぁ!?」


 そのハニーって呼び方後で絶対やめさせよう。

 鹿頭の巨人へと駆け出しながら、そんな事を硬く心に決めた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 鹿頭の巨人の注意が日野から近づいてくる俺へと逸れた。

 鹿頭の巨人から放たれる拳を避けて、股下へと潜り込む。


 そのまま股下をくぐって走り抜けると、鹿頭の巨人は振り向いて追いかけて来た。


 つまり、日野に対して背を向けた。


「【火炎球ファイアボール】!!」


 すかさず日野が鹿頭の巨人へと二発の燃え盛る弾丸を放った。

 炎の弾丸は正確に鹿頭の巨人の足の踵へと着弾し、鹿頭の巨人を足元から炎上させた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………」


 鹿頭の巨人が燃え盛る炎に悶え苦しんだ。


 その隙に――


「オラァッッッっっっッ!!!!」


 真紅の大鎌を横薙ぎにぶん回し、焼き焦げて鉄壁の守りの無くなった両足の健を切り裂いた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 うめき声と共に、鹿頭の巨人が膝から崩れ落ちる。


 しかし、頭から地面へと倒れるかと思いきや両手で地面を支え四つん這いの体勢になった。


「これでもまだ転ばないのか……!なんて奴だ……!」


 瞬間、鹿頭の巨人の右腕が爆ぜた。

 

「おいおい、もう俺のこと忘れちまったか〜〜?」


 鹿頭の巨人の右腕を炎上させ、日野がゲラゲラと高笑いを上げた。


 とうとう片手では自らの重さを支えきれなくなり、鹿頭の巨人は地面へと崩れ落ちた。


 無敵の巨人の頭がとうとう地に付いた。


「雨夜君!頭が地に付いた!」


 すかさず駆け出すと、頭を地面に擦り付けて這いつくばっている鹿頭の巨人の上に乗る。 


「おい!!あいつ立ち上がるぞ!」


 日野が叫ぶのとほぼ同時に、足元が大きく揺れた。

 鹿頭の巨人が早くも立ち上がろうとしている。


 そこへ――


「【影槍】!!!」


 正真正銘、最後の一発の特能ギフトの力を使った。

 もう打ち止めだ。

 これで倒しきれなかったら俺たちの負けだ。


「おらあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 全身全霊の力を込めて、真紅の大鎌を鹿頭の巨人の焼き焦げたへと振り下ろした。


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