第18話 エリシア



 首、それは生物の構造上の弱点だ。


 可動性を確保するために首を支える筋肉は他の部位より相対的に脆弱であり、各種消化器官系を圧迫しないために頸椎は他の脊椎骨に比べて遥かに細く脆い。


 つまり……


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 日野の特能ギフトによって地を這わされ、影槍によって身動きの取れなくなった鹿頭の巨人に向かって渾身の一撃を放つ。


 しかし――


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 鹿頭の巨人は影槍の拘束を無視して、俺を振り払わんと暴れ回った。


(影槍の拘束下でここまで動けるのかよ!!もがけばもがくほど心臓を貫く影槍の痛みに襲われている筈なのに……!!)


 追い詰められた獣の最後のあがき。驚異的な意志とその膂力によって影槍はほぼ無力化された。

 もはや攻撃どころではない。振り落とされないように必死にしがみつくので精一杯だった。


(不味い……!このまま振り落とされたらもう二度とこいつに乗ることができない!もう俺達の特能ギフトが残っていない以上そうなったら終わりだ!)

 

 鹿頭の巨人にしがみつきながら死に物狂いで思考を巡らせるが、打開策は浮かばない。


 その時――


「【凍結フローズン】!」


 誰かの詠唱が響き渡り、同時に鹿頭の巨人の足下に巨大な氷の床が現れた。

 そして氷の霜が鹿頭の巨人の足元からせり上がり、瞬く間に巨人の手足を凍りつかせた。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ………………」


 手足を氷漬けにされた鹿頭の巨人の抵抗が弱くなる。


「長くは保たない!!早く首を落として!」


「言われ……なくても……!」


 背後から聞こえたその声に後押しされて再び真紅の大鎌を構え直す。


 深呼吸一つ、渾身の力を込めて真紅の大鎌を振り下ろし――

 

「おらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 振り落とした大鎌の刃は、抵抗のできなくなった鹿頭の巨人の頸椎くびの骨を断ち切り――巨人の頭を地に落とした。


 頭部を失った巨体は轟音と共にその場に崩れ落ちた。


「よっしゃ……」


「やった……!」


 緊張の糸が切れ、日野と白鳥の二人がどさりとその場に倒れこんだ。


「日野!白鳥!」


 慌てて鹿頭の巨人の死体から降りて駆け寄ると、先ほどの声の主が二人を介抱していた。


 長く、透き通るような銀色の髪に深い青色の瞳を持った騎士だった。


「大丈夫、二人とも寝ているだけです。命に別状はありません」


 銀髪の騎士は白鳥と日野を丁寧に寝かせると、振り返ってそう言った。


「そうか……」


 ほっと胸を撫で下ろすと、銀髪の騎士に向かって頭を下げた。


「ありがとう、おかげで助かった」


「あ――いえ!アレは私にとっても厄介な存在でした。貴方が討伐してくれて私も感謝しています」


 銀髪の騎士がそう言ったのを聞いて、彼女の喋る言葉に違和感を覚えた。


(喋っているのが日本語じゃないのに言葉の意味が分かる……?)


 十中八九ロザリアの仕業だろう。

 少なくとも喋っているのが日本語じゃない辺り、2-4の生徒ではない。


 つまり――


 思わず黙り込んで考えていると、銀髪の騎士がふっと笑いかけてきた。


「私はエリシア=ユーヴネルと申します。貴方達を保護するためにやってきました。安心してください、敵ではありません」


 エリシア、と名乗る騎士が丁寧にお辞儀をした。


 その言葉を聞いて一瞬、気を緩めたその瞬間――



 エリシアはそう言葉を続けると、流れるような動作で俺に向かって剣を向けた。


「《来訪者》よ!貴方に問います!」


 剣を向けながらエリシアが声を張り上げた。


「その力を人々のために使いますか!?それとも己の欲のままに使いますか!?今ここで答えなさい!」


 剣先は俺の首に向けられている。迂闊に動けば即座に首を刎ねられるだろう。


「……もしこの力を人のために使うと言ったら、このあと俺はどうなるんだ?」


 剣を突き付けられながらもエリシアに問いかける。

 すると、エリシアは良く聞いてくれたとばかりに嬉しそうに答えた。


「はい!貴方は私たちの"組織"に保護され、組織の管理下のもと、その素晴らしい力を人々のために使うことになります!貴方ならきっと人々を守る大きな力になれますよ!」


 エリシアは歓喜に目を輝かせながらそう答えた。

 その言葉からは嘘の気配は感じ取れない。彼女の言葉には一片の嘘も無かった。


「……わかったよ。この特能ギフト、この世界の為に使うよ」


 ため息を吐きながらそう言うと、エリシアは瞳を輝かせた。 


「分かってくれたんですね!貴方を歓迎します!!」


 エリシアは嬉しそうにそう言うと、剣を降ろして代わりに手を差し出して来た。


 俺は、エリシアの差し出して来た手を左の手で握ると――


「――とでも言うと思ったか?クソ野郎」


 そう言ってそのまま左手でぐいとエリシアを引き寄せて、エリシアの首元に真紅の大鎌を押し当てた。


 ……あれ、この光景、何時間か前にも見たな。


「なっ……何を――」


「この森の中で何人死んだ?俺たちは何も知らずにこんな世界に連れて来られて、何も分からないまま何人も死んだよ。それを今さらノコノコやってきて、俺たちを『保護しに来た』、『その力を人々のために使え』だ?」


「え、いや……あの……」


「お前達が俺たちに何をしてくれたって言うんだ?なのにお前たちは人々のために力を使え?俺達を何だと思ってるんだ?」


 この森に来てからずっと抱いていた理不尽に対する怒りをエリシアにぶつけると――


「あ……えーと……その…………」


 エリシアは露骨にうろたえ始めた。


「えーと……うん。まあそうだよね……確かに私も来るのがちょっと遅かった……かも?みたいなところはあるし、いきなりこんな事言われても困るか……」


 エリシアがモジモジしながら言葉を紡げる。もはやさっきまでの凛とした態度は跡形もなく消え去っていた。


「でも私たち的には、超常の力を持っている貴方たちが敵か味方か見分けないといけないのは分かるよね?……ね?」


 そう言うとエリシアが懇願するするような視線を向けてきた。


「だからその力をちょーっと人々のために使って欲しいかな、なんて」


だよ」


「あ?え?何……えっ?……んん?」


「お前らの組織を信用できない。俺達を保護する目的は?この力を使うって何に使うつもりなんだ?そもそも、お前達に協力することが本当にこの世界の人達のためになるのか?」


 矢継ぎ早に質問を投げかけると、エリシアは気まずそうに視線を逸らした。


「えーと、それはまだ言えない……です。守秘義務があるので」


 呆れてため息が出てきた。

 人々のために特能ギフトを使ってください。

 でも何をするのかも、私たちの組織がどんな組織かも教えられません。


 話にならないな。

 詐欺師ですらもっとマシな言い訳を持ってくるぞ。


「論外だな」


 エリシアを無視して日野と白鳥を担ごうと歩き始めた。


 次の瞬間、下半身が凍らされていた。


「ごめん、それでもあなた達を野放しにすることは出来ない」


 エリシアが心底申し訳なさそうな表情を浮かべて剣を握っている。


「お前……」


 これはもう宣戦布告ということで良いんだろうな。


 ……だけど困った。俺はもう影槍も残ってなれば。白鳥に回復してもらった体力も今の戦闘でまた尽きかけてる。

 おまけに日野と白鳥は再び戦闘不能ときた。


 とてもじゃないが戦える状況じゃない。


 それに、エリシアの今の流れるような剣捌き、鹿頭の巨人に使った凍結の魔法?特能ギフト?――どう考えても遥かに俺より強い。

 

 この女の言う通りに怪しい組織の言いなりになるしかないのか。

 結局、力に物を言わせて言うことを聞かせるなら最初から提案なんて形を取るなよな。クソ、腹が立つな。


 そんなことを考えながら大人しく氷漬けにされていると、一羽の白い鳥が手紙を咥えてこちらへ飛んで来た。


 エリシアが手紙を受け取って中身を読む。


「フラメア様からだ。何だろ……」


 手紙を読み進めていくにつれて、エリシアの顔が見る見る青ざめていった。

 そして、手紙を読み終えると顔を上げて俺に告げた。


「えっと……私の上司が、直接貴方を見定めに来るって……」



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