第12話 Do or die

「お前……!一体何のつもりだ!?ぐっ……あ……」


 一ヶ瀬は地面に組み伏せられながら、声にならない声で戦慄いている。


「何って……お前達がこれからしようとしていたことだよ。強いて言えば……やられる前にやる、かな」


「ぐっ……!糞!!離せ!!」


 一ヶ瀬が喚きながらもぞもぞと拘束を抜け出そうとするが、そもそも圧倒的に筋力が違う。少しも抜け出せないでいる。


「動くなって言ってるだろ。もし特能ギフトなんか使おうとしてみろ。この首が落ちるからな」


 そう言って未だに抵抗する一ヵ瀬の首元に押し当てている大鎌に少し力を込めると、ようやくこれが冗談じゃないことが伝わったのか一ヵ瀬は途端に大人しくなった。まあ本当に冗談じゃないのだが。


「馬鹿者があああああ!!一ヵ瀬を離せえええ!!」


 人質を取っている状況だというのに門木バカが雄叫びをあげながら突撃してきた。

 何も考えていないのか、それとも一ヶ瀬がどうなっても構わないのか。

 いづれにせよ身動きが取れない状況としては一番嫌な行動だ。


 ――本来ならばの話だが。


「【影槍】」


 そう唱えると、地面から伸びる実体のない影の槍が門木を体を貫いた。


「がはっ!?」


 影槍に貫かれた門木は苦悶の表情でのた打ち回った。

 化け物ですら悶絶する痛みだ。生身の人間にはさぞ痛かろう。


「使っちゃったよ……勿体ない」


 転げ回る門木を見ながら思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。

 使用回数に制限のある影槍を門木なんかに使わされたのは勿体無かったかな。


「日野ォ!!何をぼさっとしている!!早くこいつを焼き殺せ!!」


 一ヶ瀬は門木が使い物にならないと分かるや否や、日野に助けを求めた。


 しかし――


「はっ!だね」


 日野は一ヶ瀬には目もくれずに一言返した。


「いつもみてえに数に物言わせて言うこと聞かせようとしたら返り討ちにあっただけだろ?そんで負けそうになったら尻尾巻いて助けて貰おうってか?お前それでも男かよオイ?」


 一ヵ瀬に助けを求められた日野はそう吐き捨てた。

 不良には不良の規律ルールがあるらしい。


「それによ……”顔のいい女”に手を出すのは俺の主義に反すんだ。そんなことしたら……嫌われちまうだろうが!!」


 日野がいたって真面目な表情で叫んだ。

 一ヵ瀬は信じられない馬鹿を見るような顔で唖然としている。


「なっ……!こいつは雨夜だぞ!?男だろうが!?」


「うるせえ!!!!今は女の子なんだから俺のこと好きになってくれるかもしれねえだろうが!!」


 ならねえわ。

 というかお前さっき俺が男だと知ってかなりのショック受けてなかったか?切り替えが早すぎるだろ。


「それに、この距離で撃ったら確実にお前も巻き込まれるぜ?俺は別にそれでも構わねえけどな」


「ぐ……くそっ……!」


 どうやら日野は別に一ヶ瀬の味方、という訳でもないらしい。


 となると――


「お、俺も違うぞ!!宮下や一ヶ瀬が煽るから今まで仕方なくやっていただけで……!別にお前に敵意があるわけじゃ……」


 地面に這いつくばっている門木に視線を向けると、まだ何も言ってないのに必死に否定し始めた。


「はァ!!!?あんだけノリノリだった癖に今度は私達のせいなわけ!?」


 それを後ろで聞いていた宮下が噛みついた。


「最悪!!この糞脳筋ヤロー!!いっつも汗臭くてキモいんだよ!!」


 宮下が唾を飛ばしながら門木を罵倒する。

 今度は宮下の不満が止まらなくなった。


「一ヶ瀬も普段あんだけ偉そうにしてるくせに全然役に立たないし!てかこの様だし!返り討ちにされて今度は私達に助けを求めるとか何それ、ダッサ!!」


「お前っ……!」


 組み伏せながら一ヶ瀬が宮下のことを睨みつける。

 しかし宮下は一ヵ瀬に目もくれずに俺の方へ近寄って来た。


「ね、雨夜、私だけ一緒に連れて行ってよ!この男たち全然役に立たないし、私、直接雨夜にひどいこと言ったことないよね?」


 なんでそうなる?

 記憶を改竄しているのかこの女。


 纏わり付いてくる宮下を振り払うと、ずらりと並んだ2-4の生徒たちに視線を向ける。


「それで?次は誰が来るんだ?」


 そう言って睨んで見せると、クラスメイト達は一斉に目を伏せた。


「や、よく考えてみれば同じクラスメイトどうしで殺し合いなんて馬鹿げてるよな!」


「そうそう、『雨夜が復讐する〜』とか、一ヵ瀬が勝手に言ってただけだし俺たちには関係ないよな」


 クラスメイト達はそう言いながら、気まずそうに視線を反らした。

 さっきまであれだけノリノリだった癖にちょっと旗色が悪くなれば他人事らしい。


「お前ら……ふざけるなよ……!」


 一ヵ瀬が歯ぎしりしながら2-4の生徒たちを睨みつけた。

 屈辱で噛みしめている唇から今にも血が流れそうだ。


 恐怖で支配していた団結なんて所詮こんなもんだ。


「はあ……馬鹿馬鹿しくなってきた」


 一ヵ瀬を拘束している力を緩め、一ヶ瀬を開放する。

 クラスからの指示を失い、一ヶ瀬の支配はもう崩壊した。放っておいても脅威はもう無いだろう。


「雨夜君……」


 白鳥が不安そうに俺を見上げていた。


「白鳥、さっき『自分には俺に何もしてあげられなかったって』言っていたけど、そんなことはない。俺は十分お前に助けれてたよ」


「え……」


「学校を休んだときは、いつも白鳥にノートを貸してもらっていた。移動教室の移動先も、行き先が分からなくて迷っていた時はいつも教えてもらっていた」


「それくらい……」


 見えない所で、いつだって白鳥は俺を助けてくれていた。

 "それくらい"のことが、敵だらけのクラスの中で、どれだけ助かっていたことか。


 気がかりがあるとすればこの後の白鳥のことだ。

 一ヶ瀬はクラスの指示を失ったとは言え、あの口の上手さだ。クラスの支配者へと再び返り咲く可能性も十分にある。


 一緒に連れて行ってもいいんだが、白鳥は戦闘系の特能ギフトじゃなさそうだし、常に守ってやる必要がある。

 そうなると強い魔物が出てきたときに守り切れる自信がない。それにこの身体の移動ペースにあわさせるのも体力的に辛いだろう。


「日野、白鳥の事を頼んでもいいか?」


 まだクラスの皆と一緒にいた方がいいだろう。

 日野に白鳥の事を任せると、日野は力強く頷いた。


「当たり前よ!顔の良い女は全員俺の保護対象だからな!何があっても守り切ってやるよ!あ、今のは浮気じゃねえぞ!今はお前が一番だからな……」


 お前はいつ俺の恋人になったんだよ。


 日野はカスだが女に優しいのは事実だ。それに約束も守るタイプだろう。

 一ヶ瀬と衝突してでも白鳥のことを守ってくれるだろう。


 そして一ヵ瀬はどうやっても日野を切り捨てる事が出来ない。現状の2-4の中では最も強力な戦力だからだ。


 これで白鳥も安心かな。


「おい、なにしてんだテメェ!!」


 このまま去ろうと思って歩きだしていると、後ろから日野の怒鳴り声が聞こえてきた。

 振り返れば、一ヶ瀬が男子生徒から剣を奪ってこっちへ向けて向けて走り出して来ていた。


 それを躱して避け、大鎌の刃を首元に押し当てようとすると――――


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 唐突に、今まで聞いたこともないような野獣の咆哮が響き渡った。


 咆哮の少し後、この場にいなかった二人の男子生徒達が焦りながら駆けてくる。


「ヤベエ!!ヤバいのに喧嘩売っちまった!!一ヶ瀬!なんとかしてくれ!!」


 その後ろから、木々をなぎ倒しながら10mを裕に越える”化け物”が迫ってきていた。

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