第11話 一触即発


「俺は一ヵ瀬優斗という人間を根本的に信用していない」


「…………は?」


「聞こえなかったか?お前を信用していないって言ったんだよ。信用できない相手と協力することなんてできない」


 もう一度言い放つと、ようやく言葉の意味を理解したのか、一ヵ瀬はわなわなと怒りで身を震わせ始めた。


「お前……っ!僕がここまで譲歩してやってるというのに、その応えがそれか!?」


 、ね。

 一ヵ瀬にとっては端から俺は対等ではないらしい。

 いや、違うな。この男にとって対等な相手なんて一人も存在しやしない。自分以外は全て格下で、利用するための存在に過ぎないのだ。


「ああ、お前を信用するくらいなら、一人で戦った方が遥かにマシだよ」


 はっきりとそう言うと、一ヵ瀬は怒りが頂点に達したのか、ぷつんと糸が切れたように静かになった。


「……本当に、それでいいんだな?必ず後悔するぞ?いや、


 一ヵ瀬は怒りを込めた視線で脅しじみたことを述べるが、それでも俺の答えが変わらない事が分かると、静かに大きく息を吸った。


 そして――


「いい加減にしないかッ!!!!」


 張り裂けるような声を上げた。

 突然の一ヶ瀬の怒号に、遠巻きに俺と一ヵ瀬のやり取りを眺めていただけのクラスメイト達も何事かとざわめきたった。


「うおっ、何だ?」


「揉め事か?」


 そして、クラス中の注目が俺達に向いた事を確認すると、一ヵ瀬は声を張り上げてわざとらしいを始めた。


「雨夜君!僕らの君に対する過去の仕打ちは詫びよう!だが!今こそ、この未曾有の危機に!クラス全員が団結して立ち向かわなきゃならないことが分からないのか!?」


 一ヵ瀬が喋るのにつれて、それを聞いているクラスメイト達のざわめきも大きくなっていく。

 芝居がかった一ヵ瀬の大振りな所作は、まるで舞台上の俳優のようだった。


「おいさっきのあの娘、雨夜らしいぞ」

「マジかー。俺けっこうアリだと思ってたのに中身が雨夜じゃなあ」


 しれっとクラス中に正体もばらされたな。

 流石にこっちが嫌がることを分かっている。


 どうしようかと考えていると、一ヵ瀬が追い打ちをかけるように言葉を続けた。


「なぜさっきから黙っているんだ??」


「確かに僕たちと君の間には遺恨があった!だが今はそれを水に流して、同じ2-4の仲間として手を取り合って行こうって言っているんだ!」


「それなのに!君は!!僕たちを拒絶するんだな!?やっぱり今でも僕たちのことを恨んでいて、復讐の機会を虎視眈々と狙っているんだろう!!」


 ……こいつ、とことん救えないな。

 俺を懐柔できないと見るや速攻で潰しに来やがった。


「……なあ、一ヶ瀬があんなに必死に頼んでいるのに雨夜のやつ、ちょっと酷くねえ?要は俺たちとは協力できないって言ってんだろ?」

「ね、私たちも酷かったけどこんな時くらい協力してくれてもいいのにね」


 この騒ぎを聞いている生徒たちは一人また一人と増えていき、気がつけば俺と2-4の生徒たちの間には、対峙するようにして壁ができていた。


 一ヶ瀬の狙いが分かった。

 ロザリアが現れる前のあの時の教室の状況の再現だ。


 共通の敵を作り出して集団で団結する。一ヵ瀬の常套手段だ。

 2-4の生徒たちが一ヵ瀬に不満を溜めつつも表立って逆らおうとしないのは、目をつけられて次の標的になるのが怖いからだ。


「やっぱり雨夜のやつ、一ヵ瀬の言う通り俺達のことを恨んでるんだ……」

「このままやられるくらいなら……」


 一ヵ瀬の演説にあてられて剣呑な雰囲気が漂う。

 一部の生徒達は今にも飛びかかってきそうな勢いだ。


 マズいな。あの教室のときだったらまだリンチで済んだかもしれないが、今だと本当に殺しに来かねないぞ。


「待って!こんなのおかしいよ!雨夜くんは狼に襲われてた私たちを助けてくれたんだよ!?今だって蜘蛛から助けてくれたんでしょ!?」


 騒ぎを聞きつけて戻って来たらしい、白鳥が2-4の生徒たちの列をかき分けて飛び出して来た。

 この雰囲気の中で声を上げることは大人しい白鳥には大変な勇気が必要だったのだろう。声が震えている。

 

「白鳥さん、危ない!彼は僕たち全員に恨みを抱いているんだ!近づいちゃ行けない!」


 一ヶ瀬が俺の元へ近づいてくる白鳥を庇うように抑えた。


 そして、誰にも聞こえないよう白鳥の耳元でボソリと呟いた。


「白鳥……雨夜の次に潰されたくなかったら、そこで震えて黙っていろ」


「…………っ!」


「元はと言えば、宮下に虐められていた君のことを庇ったから、代わりに雨夜が虐められるようになったんだろう?今まで何もしなかった癖に今さら庇うのか?」


 一ヶ瀬の一言で、白鳥の顔には絶望の色が浮かび上がった。

 白鳥は俺から視線を逸らすと、目尻に涙を浮かべて俯いた。


「ごめん……なさい」


「白鳥……」


「わたし、知ってたのに……雨夜君が虐められるようになったの、本当は私のせいなんだって、ずっと分かってた……なのに、雨夜君に、何もしてあげられなかった……!」


 白鳥は声を震わせながら俺に謝罪の言葉を投げかけた。

 目尻に溜まった涙が、ポタポタと地面を濡らした。


「怖くて、声を上げたらまた虐められるんじゃないかって、考えているのは自分のことばっかり……異世界に連れて来られて、雨夜君がピンチになったら今度は雨夜君を助けてあげたい、なんて思いあがったこと考えて……私が、雨夜君を助ける資格なんて、本当は、無かったんだ……」


 白鳥は崩れ落ち、静かに嗚咽を漏らして涙を零した。


「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!」


 罪悪感に押しつぶされ、白鳥はただ謝ることしかできなくなっていた。


「おい、あれやばくないか?」

「白鳥さん泣いてる……」

「死神の野郎……今度は白鳥さんを泣かせやがった……!」


 2-4の生徒たちが、白鳥が泣いているのを見て騒ぎ始めた。

 その様子を見て、一ヶ瀬が笑い声をあげた。


「ははっ、君のために飛び出して来たのに、逆に追い詰めてちゃ世話がないな」


「黙れ……」


 一ヵ瀬を睨みつけると、一ヵ瀬は肩をすくめてみせた。


「そんなに怖い顔をするなよ。こっちには30人分の特能ギフトがあるんだぞ。おっと、君たちを引けば28人分か。正面から戦えば、いくら君とはいえただじゃ済まないことくらいは分かるだろ?」


 そう言って一ヵ瀬は今度こそ勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


 ――認めよう。

 特能ギフトなんか無くてもこの男には扇動者アジテーターとして抜群の才能がある。

 俺なんかじゃ逆立ちしたって敵わない、支配者としての資質を持っている。


 ……だが、一ヵ瀬はいくつか致命的な思い違いをしている。


 まず、ここは2-4の教室ではない。

 ここにはあいつの事を守ってくれる校則なんてなければ法律すら無い。


 次に、ここはいともたやすく人が死ぬ異世界で、ここにあるのは弱肉強食という単純かつ絶対的なルールだけだ。


 そして――


「お前、白鳥を脅すために


「…………は?」


 深呼吸一つ。大鎌を握る手に力を入れ、姿勢を低く屈める。

 脚に力を込めると地面を蹴り上げ、一ヵ瀬へ目掛けて突撃した。


「…………は?なっ……!?」


 一ヶ瀬どころか後ろに生徒達すら突然のことに目の前で何が起こったのか全く反応できていない。

 この場にいる全員が混乱している間に、一ヶ瀬の懐まで入り混み抑え付ける。


「おい、お前っ!何を……!」


「おい、死にたくなかったら動くなよ」


 そのまま抵抗しようとする一ヵ瀬を地面に組み伏せると、真紅の大鎌を首に押し付けてそう言った。

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