第8話 クラスメイト②

「チッ……うるせぇな。俺がいつお前の指図に従ってやるって言ったんだ?あぁ?」


 一ヶ瀬の嫌味に日野が舌打ちをして悪態をついた。


「ハァ、これだから馬鹿は……事の重大さをまだ理解してないらしいな」


 そしてその日野の悪態を、一ヶ瀬はため息で受け流す。

 その態度がさらに日野の怒りに火をつけた。


「あぁ!?もう一回言ってみろや!!」


 日野が激昂しながら一ヶ瀬に詰め寄った。今にも掴みかかりそうな勢いだ。


「はっ、困ったらすぐお得意の暴力か?低能の"話し合い"は直ぐに片がついて楽でいいな」


 一ヶ瀬は顔色一つ変えずに涼しい顔で言葉を続ける。

 日野の怒りを煽るようにゆっくりとした口調で話す様は挑発的でさえあった。



「……………………」


 俺はそんな一ヶ瀬と日野のやり取りを黙って見ていた。というより、正直どうでも良かった。


 どう考えてもこの二人に今俺の正体がバレたらどう考えても面倒なことになる。

 巻き込まれる前に退避一択だ。


 そんなことを考えながら、今にも衝突寸前な一ヶ瀬と日野を尻目にそろりと後ろに一歩後ずさった。


「一ヵ瀬、報告だ」


 その時、門木が一ヶ瀬を呼びにやってきた。


(ちっ……間が悪いな)


 心の中で舌打ちをする。

 ……いや、よく考えれば当然か。


 白鳥は一ヶ瀬"たち"を呼びに行ったんだから、一ヶ瀬が戻ってきたということは当然、一ヶ瀬の金魚のフンの門木も一緒に戻ってきているか。

 

 それにしてもタイミングが悪いな。

 一ヶ瀬の代わりにクラスメイト達からの報告を受けていたんだろうけど、あと1分遅く来てくれればよかったのに。


「……取り込み中か。出直すか?」


 門木が一ヶ瀬と日野の険悪な様子を見て、少し考えたあと聞き直した。


「いや、それも今終わった。報告を聞こう」


 一ヶ瀬は何事もなかったかのように涼しい顔でそう答えた。日野は舌打ちをして一ヶ瀬から距離をとる。


 門木はその様子に怪訝な表情を浮かべたがそれ以上は何も言わずに報告を始めた。


「柊たちのチームが西条、本馬、柳、天堂の4人を見つけて戻って来た。これで30人いる2-4の生徒たちのうち、29人の生徒たちが集まった」


「残りの一人は誰だ?」


 一ヶ瀬が興味なさそうにそう聞くと、門木は無表情のまま答える。



 ――"俺"?


(……あれ?白鳥から俺と合流したって報告を受けて無いのか?一ヵ瀬と門木は白鳥が連れて来たんじゃないのか?)


 それとも一ヵ瀬達を探しに行った白鳥達とすれ違ったのだろうか。

 いずれにせよ、一ヵ瀬と門木は俺が見つかった事を把握していないようだった。


 門木の報告を聞いて、一ヵ瀬はニヤリと口角を上げた。


「そうか、じゃあ生徒たちの捜索を切り上げよう」


「……あァ?クラスの全員を集めるんじゃなかったのかよ?」


 日野が怪訝な表情で一ヶ瀬の言葉に食ってかかったが、一ヵ瀬は日野を一瞥すると鼻で笑った。


「その"全員"の中に雨夜が入っている訳ないだろう?あいつのために貴重な時間と人員を割くなんてもってのほかだ」


(……だろうな)


 大方予想通りの反応だった。

 一ヵ瀬は確実に俺のことを切り捨てるだろうと分かっていた。だから2-4とは合流したくは無かった。


「それもそうだ。落伍者一人に足並みを崩される訳にはいくまい」


「ふーんあっそ。俺としちゃ女子全員が集まってんなら男子はどうでもいいけどな」


 一ヵ瀬と門木のやり取りを聞いて興味を失ったらしい、日野は一気に静かになった。

 こいつ本当に女の事しか考えてないな。


「それにしても、彼奴あいつも鈍臭い奴だ。こんな時に一人だけ見つからないとはな。まあ、彼奴のことは特に探してもいないが」


 門木がフンと鼻を鳴らした。

 

「まあ、見つかったとしても足手まといになるだけだからな。今頃は狼の腹の中じゃないか?」


「はは、違い無い!」


 一ヵ瀬の言葉に門木が爆笑する。

 日野はその様子を見てケッとそっぽを向いた。


 ……散々な言われようだな。別にいいけど。

 素直に一ヵ瀬達と合流していたらとんでも無い事になっていただろうな。

 生け贄か――良くて囮と言ったところかな。


 まあ、今となってはどうでもいいことだ。

 この場所で得るべき情報は既に集め終わった。

 今度こそ、隙を見て退散しよう。


「……待て、柊が連れてきた4人を含めて29人というなら、計算が合わないぞ」


 ――マズい。一ヵ瀬こいつ、気が付きやがった。


「……は?」


 ぽかんとする門木に対して、一ヵ瀬が舌打ちをする。


「チッ……まだ分からないのか?お前の報告通りならば、うちのクラスの女子のうち、まだ見つかっていなかった西条と本馬は柊が連れてきたんぞ」


 ここまで言ってもいまいち理解していない門木と日野に向けて、一ヵ瀬は話を続ける。


。僕はこの女子の報告を誰からも受けていない。……日野、お前が今楽しそうにお喋りしていたこの女子は誰だ?」


「……あ?そういえば名前を聞いてなかったな」


 一ヶ瀬が日野に尋ねると、この場にいた全員の視線が一斉にこちらに向いた。


(……くそ、しくじった)


 どうやら逃げるタイミングを逃したらしい。

 こうなった以上、言わざるを得ないか。


「……俺がその雨夜なんだが」


「……マジで?」


 渋々答えると、日野と門木は唖然とした。


 その一方で一ヵ瀬はと言えば――


「……クッ、ハハッ、はーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


 ――腹を抱えて狂ったように笑い出した。


「うげええ!クソッ!!男なんかを口説いちまった!!」


 今度は隣で話を聞いていた日野が騒ぎ始めた。

 ふざけんな。こっちは男に口説かれたんだぞ。


 破茶滅茶の中、ひとしきり笑い終わると一ヵ瀬は顔を上げた。


「いないと思ったらまさかそんな姿になっているとはね。その辺で野垂れ死んでくれてても一向に構わなかったのに」


 そう言いながら、一ヵ瀬は俺をジロジロと品定めをするように眺めると、やがて勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「それにしても……ふっ、"それ"が君の特能ギフトな訳だ」


「……何が言いたい?」


 一ヵ瀬は睨みつけられていることなど意にも返せずニタニタとした笑みを浮かべ続けた。


「まさかそんな特能を貰っていたとは思いもしなかったよ。くくっ、負け犬は結局こっちの世界でも負け犬のままの訳だ」


「は?」


「分からないかな……クラスの皆を見てみなよ。与えられた特能ギフトは多かれ少なかれ持ち主の性格やルーツに由来している。日野みたいな暑苦しい直情馬鹿は炎の特能ギフト、男子から熱烈な支持を受けていた宮下なら他者を魅了することのできる特能ギフトを与えられている」


 確かに、剣道部だったやつは侍のような装いになっているし、弓道部は和装に弓を携えている。

 多かれ少なかれ与えられた特能ギフトは持ち主に由来していると言えそうだ。


「逆に、元の世界で愚図ならば与えられる特能もそれ相応なものだ。君がまさに良い例だろ?さては女装趣味でもあったのかな?」


 俺の格好を見て一ヶ瀬が嘲笑った。

 なるほど。見た目から俺の特能をそう判断したらしい。


(……だけど、本当にそうか?)


 はたして本当に、ギフトが外れか当たりかなんて判別することができるだろうか?

 俺もそうだ。初めは俺の特能は性別が変わるだけの特能か何かだと思っていた。


 しかし、蜘蛛と戦って初めてこのギフトに戦闘能力があることが判り、何回も戦闘を経て初めて影を扱う力にも気がついた。それでもこのギフトの全容はまだ掴めていない。


「随分な自信だが、クラスの中に一人くらいはお前よりも良い特能を手に入れた奴もいるはずだろ」


「いないね」


 一ヶ瀬ははっきりと断言した。それだけ自分の特能に相当な自信があるらしい。

 恵まれた由来ルーツに由来する自負なのか、それとも本当に特別なギフトを手に入れたのかはわからない。

 どちらにせよあまり興味はなかった。


 少なくとも俺は自分の特能を外れだとは思っていない。事実この特能でなければ今頃とっくに蜘蛛の餌だ。


 結局、配られたカードで戦うしかないのならば、重要なのは配られた手札ギフトが強いかどうかではなく、どれだけその力を引き出せるだ。


「……それで、これからどうするつもりだ。どうしても僕たちと来たいというなら仕方なく連れて行ってやってもいいがそれなりに弁えて貰うぞ」


 そう言いながら、一ヵ瀬がニヤリと笑った。


「こっちは役に立たない足手まといが一人増えるんだ。当然僕らには歯向かおうだなんて思わないことだ。そうだな……敵と遭遇した時の足止め役か、おとり役……いや一人で斥候に行って貰うのも悪くないな」


 一ヶ瀬はすっかりいい気になって勝手なことをペラペラとまくし立てている。


「いいのか、一ヵ瀬……こんな奴を連れて行ったところで何の役にも立たんぞ」


 隣で話を聞いていた門木が慌てて一ヶ瀬に耳打ちした。

 悲しいかな、この耳は内緒話すら聞き取ってしまう。


「ああ、仕方ないが連れて行ってやろうじゃないか。それに、戦えないなら戦えないでそれなりの使い道・・・はあるからな」


 一ヵ瀬は俺の事を舐め回すように眺めると門木にそう告げた。


(そんなことだろうと思ったよ)

 

 口元に手を置いて、少し考える振りをする。


 頃合いかな。ここで手に入れられる情報は既に手に入れ、一ヵ瀬には正体がバレた。

 これ以上ここに留まる理由は無いか。


「……色々と考えたがやめておくよ。それじゃ」


 丁重にお断りさせて頂くことにした。

 元から2-4と行動を共にするつもりなんてさらさらなかった訳だし、予想はしていたことだが、あの口ぶりからすると都合の良い盾や、より悪い扱いを受けることは想像に難くない。


「なっ…………!」


 まさか断るとは欠片も思わなかったのだろう。

 一ヶ瀬が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして狼狽えた。


「雨夜お前、馬鹿か!?お前みたいな雑魚特能持ちがこの森を一人で生きていけると思っているのか!?お前は運が良かっただけでこの森には……いや、なんでもない」


 途中まで言い淀んで、一ヵ瀬がニヤりと笑った。

 

「お前が一人でどれだけ生き残っていられるか楽しみだよ……一人で行こうというのなら仕方がない。好きにすればいい。だが自分から離れていくんだ。どれだけ頼んだとしてももう連れて行ってやることはないぞ」


 ああ、この森の化け物共のことか。

 とっくに身を以て経験済みだ。


 それとも"大蜘蛛"や"黒狼"以外のもっとヤバい化け物もいるのかな?

 まあ、これ以上話をしていても情報は得られないか。


「ふーん、じゃあまた「一ヶ瀬!!蜘蛛が出た!!それも大量にだ!!」


 別れようとしたところで、クラスの男子の一人が一ヶ瀬を呼びに来た。

 ……なんかさっきから別れようとする度に面倒な事が起こってないか?


 どうやら"大蜘蛛"が出たらしい。

 よっぽと急いで走ってきたのか、肩で息をしている。


「……ああ!今行く!……おい、余計なことはしたら分かってるだろうな?くれぐれも僕らの邪魔をするなよ」


 振り返りざまに、一ヶ瀬がギロりと睨みつけた。


 丁度良い。

 このままさっさと別れようかと思っていたけど少し観戦させて貰おう。


 他の"特能持ち"の戦いも見ておきたかったしな。

 お手並み拝見だ。

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