第7話 クラスメイト①
白鳥は俺が元の世界で交流があった数少ないクラスメイトの一人だ。
相手によって態度を変えることなく、誰とでも分け隔てなく優しく接するような女子で、学校を欠席した時には何度かノートを見せてもらったことがある。
「わ、わたしのことを知ってるの……?」
白鳥が声を震わせながら尋ねてきた。
そうか、この格好だと俺だと分からないのか。
この身体になってから人と会っていなかったので今の俺の外見のことをすっかり忘れていた。
……話しかけなければよかったかな。それともこの世界の現地の人間のフリでもするか。
もう遅いか。白鳥の名前を呼んだ以上は正体を明かさないと怪しまれる。
「……俺だよ。あー……雨夜だよ」
死ぬほど恥ずかしい。
助けたことを既に後悔し始めている。こんなことになるなら見なかったことにすればよかった。
白鳥はクラスメイトがこんなコスプレ紛いの恰好をしていてどう思うんだろう。
「えっ!?あ、雨夜くんなの!?そ、そうなんだ……ま、まあ他にも見た目が変わった生徒もいるからね!そりゃ性別が変わる人もいるよね!」
白鳥の精いっぱいのフォローが心に突き刺さる。辛い。
……だが、代わりに2つのことが判明した。
1つ目にこの森には白鳥たちのほかにも2-4の生徒たちがいるということ。
2つ目に俺の他にも姿が変わった生徒がいるということ。
白鳥達を助けたことによって良い情報が手に入った。
この羞恥の代価として釣り合っているかは置いといてだ。
「他にもってことは、ここにいる白鳥たちの他にも2-4の生徒たちがこの森にいるのか?」
「うん、あの時教室にいた2-4の生徒たちはみんなこの森の中に飛ばされているみたい。一ヶ瀬君たちが中心になって生徒たちを集めてるの。私たちはまだ集まってない生徒たちを探したり、森の出口や周囲の動物を探す捜索隊ってところかな」
白鳥が照れくさそうに頬をかいた。
「そうか……」
返事をしながら白鳥たちを眺める。
どう考えても荒事に向いていない白鳥に、黒狼に怯え切っていた他の生徒たち。
色々と思うところがあったが口には出さないでおいた。
白鳥には白鳥の事情がある。
「でも良かった!次々と2-4の生徒たちが見つかったんだけど、雨夜君、全然見つからないからないから心配してたんだ!でももう大丈夫!私たちと一緒に行こう!」
白鳥はそう言うと嬉しそうに両手で俺の手を握った。
「うーん……」
現状、二つの選択肢がある。
一つは、白鳥達について行って2-4と合流すること。
もう一つは、このまま単独で行動を続けること。
白鳥達に付いていくメリットは情報を手に入れられることだ。
口ぶりから察するに既にほとんどの生徒たちが集まっているようだし、それだけいれば色々と
逆に単独で行動を続ける動機はというと……俺が2-4と合流したくない、ということくらいだ。
いや、下らない理由かもしれないが結構切実な訳で、合流する以上この姿を見られることになるわけだし、まあ正直嫌だ。
……だが、今の状況で一番必要なものは情報か。
「分かった。一緒に行こう」
本当に不本意なのだが、合流せざるを得ないようだ。
白鳥達に連れられて森の中の少し広けた所に出ると、2-4の生徒たちはもうほとんど集まっているようだった。
どうやら本当に一人で行動していたのは俺だけだったようだ。
(剣士っぽい恰好をした奴に騎士の鎧を着ている奴、結構バラバラだな。……あれは獣耳か?)
やっぱりこの姿は
問題は"これ"がいったいどんな
こうして自分以外の生徒の
……ただ、
「おい、あんな娘うちのクラスにいたか?」
「さあ?あの娘もうちのクラスの誰かが
「だよな、正直宮下よりも……」
さっきからずっとクラスメイト達に遠巻きにジロジロと見られていて居心地が悪い。
確かにこの格好は異様だし、元が誰だか分からないから騒ぎたくなる気持ちも分かる。
ただ、少し騒ぎすぎな気がする。別に見た目が変わったのは俺だけじゃないと思うんだが。
とは言え事情を説明するのなんて論外だ。実質公開処刑そのものだ。
「……白鳥、早く帰って来てくれないかな」
俺を連れてきた白鳥達は一ヶ瀬たちを呼んでくると行ったきりなかなか帰ってこない。
こんな状況の俺を一人にしないでほしいんだが。
「オイどけ!!道開けろ!!」
クラスメイト達の好機の目に晒されながらなるべく心を無にして遠くの木を眺めていると、男子生徒たちを蹴散らして不良風の男子が近づいてきた。
「おうおう、誰だか知らねーけど心配すんなよ!ここにはこの俺がいるんだからな!!」
……"日野"か。
こいつを一言で表すなら"女好きの馬鹿"だ。
「惚れた女のため」とか言って20人対1人の決闘に挑み勝利した男だ。なおその女子には振られている。
流石に馬鹿すぎてあの一ヶ瀬すら手を出そうとしない。何を仕出かすか分からないからだ。
「俺は《火炎魔法》の
日野は自信満々に右手から炎を出して見せるとウインクをしてきた。
(うえっ……男のウインクきっつ……)
どうやら日野も他の生徒たちと同じく俺のことを女子だと勘違いしているらしい。
説明するのも面倒臭いな。
こいつほど馬鹿だと勝手に勘違いしていた癖に誤解が解けたら今度は逆上し始めそうだ。面倒だし黙っていた方がいいかもしれない。
……いや、これはむしろ
日野は男子とは碌に喋ろうともしないような奴だが女子には基本的に寛容だ。
俺のことを女子だと思い込んでいる今なら色々と気前よく喋ってくれるかもしれない。
それに、日野は今面白いことを言っていた。
『自分は火炎魔法の特能を持っている』と。
つまり――
(――
俺が今一番欲しいのは"情報"だ。
勝手に勘違いしてきたのは日野の方だ。後で文句を言われる筋合いはない。
有用な情報だけ聞き出したらさっさとこの集団から別れよう。
白鳥が
「……ああ……うん。ところでどうして自分の特能が"火炎魔法が使える特能"だって分かったんだ…分かったの?」
俺が自分の身体能力が向上していることに気づいたのは完全に偶然によるものだったし、蜘蛛と戦う前はそんなことになっているなんて思いもよらなかった。
だというのに、どうして日野は《火炎魔法》なんて自分の特能に気がつくことができたのだろうか。
「ん?ああ、目が覚めてこの世界に来た時から"確信"があったんだよ。『俺は炎が扱える』って。まるで産まれた時からそうだったみたいに思えてよ」
「"確信"……」
日野の説明は一見何の説明にもなっていないようだったが、俺には思い当たる節があった。
初めて【魂の収穫】や【影槍】を使った時の感覚に似ている。
蜘蛛の死体から浮かんだ光を吸収を吸収しようとしたり、地面に伸びる影を操ってみようとするなんて、どう考えても頭のおかしい発想だ。
だけど、あの時の俺にはそれをできるという確信が確かにあった。
それに【魂の収穫】や【影槍】もどちらも、その名前を俺は知っていた。始めて使う力なのにだ。
いや、知っていたというよりも
今まで使えなかったことの方がおかしいかのように、わざわざ立ったり歩いたりすることを疑問に思わないように、"力"を使えることを疑問に思うことはなかった。
「んで、実際に使えるんじゃないかって思って右手に力を込めてみたら本当に炎が出てきたんだよ!すげえだろ!?まあ、他の奴らもそうらしいけどよ」
――つまり、力を使う条件は"確信"?
いや、あり得ない。あの性格の捻じ曲がった時空の魔女が、そんなに都合の良い夢の力を俺たちに与える筈が無い。
むしろ、
何らかの条件を満たし、その力を扱えるようになったからこそ"確信"が芽生えた、というふうがしっくりくる。
そこまで考えて、ふと疑問が湧いてきた。
(あれ……?特能の力の使い方は分かったけど、それでも結局日野が自分の特能の名前を知っていることの説明にはなっていないよな?)
俺だって特能の力は使えるけど、その名前なんて知らないし、他にどんな能力があるのかも知る由もない。
日野はもっと具体的な特能の判別方法を知っている、ということだろうか。
「えっと……日野はどうして自分の特能の名前が《火炎魔法》だって分かったの?」
「格好いいだろ!?俺が名前を付けたんだぜ!《パイロマンサー》と迷ったんだけどやっぱシンプルな名前の方が格好いいよなあ!?」
やば、すげえ馬鹿じゃん。
というかそれって俺が自分の特能を"性転換の特能"だと勘違いしていたように、特能の本質を勘違いしている可能性があるんじゃないか?
日野の火炎魔法……というか"炎を扱う力"も日野の特能の一端にしか過ぎない可能性もあるわけだし。
確信を持てないことには力を使うことが出来ないのならば、自分の特能を先入観を持って決めつけてしまうことは、同じく特能の限界も決めつけてしまうことになるんじゃないだろうか。
「おーい、聞いてるー?俺としてはやっぱりカタカナより漢字4文字の方が強そうっていうかさ〜〜」
結局、特能の力の仕組みは分かったけど特能とはなんなのかは分からないままだったな。
だけど、特能の力を扱える道理は何となく分かった気がする。力の由来、というか使い方が分かっただけ良いか。
「パイロマンサーも悪くないけど、なんか放火魔みたいなイメージなのがマイナスポイントでさ〜〜」
「ありがとう。色々分かった」
人が考え事をしている最中に色々と煩かったので、日野との会話は適当に打ち切ることにした。
「……おう!まだ分からないことがあったら教えてやるからよ」
女子と話しているときの日野は別人かと疑いたくなるほどに親切だ。
しかし、機嫌をよくしていた日野は近づいてくる人影に気がついて苦い顔をした。
「……チッ、来やがった」
「探索部隊が汗を流しているときにも女子とのお喋りに夢中になっているとは随分と暇そうだな日野。君には向こうの監視を任せていた筈だが?」
もっとも会いたくなかった生徒である、一ヶ瀬が来てしまった。
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