第6話 黒狼
「ギャン!!」
首元を狙って飛びかかってきた赤い眼をした黒い狼を"深紅の大鎌"で横薙ぎに切り裂く。
腹を切り裂かれた黒狼は断末魔をあげて、そのまま地面に崩れ落ちた。
「うわ……腹なんて裂いたせいで血が顔に……」
顔に飛び散った黒狼の血を外套で拭うと、黒狼の死体に向けて右手を伸ばす。
そして――
「【魂の収穫】」
化け物じみた蜘蛛と遭遇してから約一時間。初めに発見した川が流れ込んでいた大きな湖の周りをぐるりと一周したが、成果と言えば――
……こうして遭遇した
この【魂の収穫】によって何らかのエネルギーを吸収しているのは間違いないらしく、回収するたびに疲労と空腹を軽減してくれるので
……やっぱりこれ、魂――いや、考えるのは止そう。
この一時間で分かったことと言えば、この森の中にいるのはあの"大蜘蛛"だけでなく今の狼のような
とはいえ、大蜘蛛がそうだったように当然元の世界の犬や狼そのものであるはずもなく、体毛はやけに硬く全体的に筋肉質でさらに体格まで一回り大型と、元の世界の野犬や狼をさらに凶暴にさせたような感じだ。
そう考えるとこの化け物が"狼"という分類に入るのかもだいぶ怪しいが、この生き物のこちらの世界の呼称なんて知る由もないので勝手に"黒狼"と呼ぶことにした。
それにもう一つ分かったことと言えば"この身体"のことだ。
全力で駆ければ十数メートル程度なら1秒もかからずに詰めることができる脚力、それに試しに大蜘蛛を全力で殴ってみたら軽く数メートルは吹っ飛ばすことができた。緑色の体液が顔に盛大に飛び散ったので二度とやらないと決めたが。
……まあ、この身体が常人のそれではないことが判ったところでまだまだ油断はできない。
ふと地面を見れば、こちらに飛びかかって来ている影が一つ。
《背後からの一撃》――隠れていたもう一匹の狼による背後からの噛みつきだ。
地面に映る黒狼の影を見るに、もうかなり近い。狼の牙とその狙いの俺の首筋まではわずかな距離しかない。
ここまで近づかれてしまうと流石に鎌を振り上げるのも、避けるのもう間に合わない。
(思ったよりも近いな……前の一匹と戦っているときから近くに潜んでたな。……仕方ないか)
「【影槍】」
そしてそれらが集まって螺旋状に一つに束なると、そのまま槍のように狼の心臓を貫いた。
「グギャッ……!?」
"影の槍"に貫かれた狼の動きが一瞬、完全に固まる。その一瞬の隙に大鎌を空中にいる狼に向かって振り上げた。
「ギャン!」
大鎌に切り裂かれた黒狼はそのまま地面へと崩れ落ちた。
「……うん、便利だこの技。一度使ったらしばらく
これは湖の周りを
4匹目の
どういうことかと思ってしばらく観察していると、その影をある程度自分の意志で動かせることが分かった。
もちろんこれは只の影なので、触ればそのまま通り抜けるのだが感触だけはしっかりとある。
「もう少し複雑な動きをさせるのは……いや、戦ってる最中に影にそこまで集中するのは無理か……」
今のところ影を操れるのはせいぜい数秒程度で、しかも簡単な動きしかできないのでとりあえず影を槍状に束ねて簡単な攻撃手段に使ってみることした。
こうして束ねて影で化け物を貫くと、実態は無くてもその感触だけはあるので化け物も"貫かれた"と思ってピタリと動きが止まるのでこうして足止めに使っている。
影をウネウネと動かしながら他にも活用方法が無いかと考えてみたが、今のところこれが一番使いやすい。
もっと多くの化け物を倒し、魂を回収していけばより複雑な動きや、実際にこの影に実体を与えることも出来るようになるのかもしれない。
力を使えば使うほど、魂を収穫すればするほど、この力が磨かれていくのを実感する。
「初めてまともに上達を感じるのが、
思わず自嘲的な笑みがこぼれた。
所詮、"偽りの身体"に"借り物の力"だ。中身の無い、他人から与えられた力。
この力は便利で強大だが、授けられたものである以上、いつ取り上げられたっておかしくはない。そんな力に溺れたところで虚しいだけだ。
それに、再優先はあくまでこの森からの脱出だ。
少なくとも見積もっても一時間以上はこの湖の周辺を探索しているが、脱出につながる手がかりは今のところ全くのゼロ。
流石に焦りを感じずにはいられなくなってくる。
今が何時なのか知る術は無いが、この世界にも元の世界と同じく昼夜の概念が存在するならば、昇っている日はそのうち沈むだろうし、空腹だっていずれ飢餓に悪化する。時間は決して俺の味方ではない。
「いたずらに出口を探して回るより、方角が分かるような何かや出口への手がかりみたいな情報を探しに行くべきか……?」
そろそろこの湖を離れて、さらに遠くまで探索に行くべきか決めなくてはならない。
考え込んでいるうちに数十メートル先に黒く動いているものが見えた。
「あれは……また黒狼か。厄介だな……」
この数時間で何度も倒した
黒狼は打たれ弱いが、動きが速いうえに狡猾だ。
集団で狩りを行う生態らしく、戦闘中に仲間を呼ばれて何度か危ない目にもあった。
それでいて鼻が利くので避けて通るというのもなかなか難しい。
その点蜘蛛は大して眼も良くないのか、大きな音を立てない限りはほとんど気づかれることも無いのでこういう時の対処は比較的楽だった。
(別の道から行けば避けることもできるか?いや、放置していると後から追いつかれた時に危険か……気づかれる前に倒すか)
幸いなことに黒狼はこちらに背を向けたまま、林の向こう側の何かに注意を惹かれているようでこちらには気がついていないようだった。
ここからだと茂みが邪魔で黒狼の向いている先に何があるのかは見えなかった。
「…………」
大鎌を構え、脚に力を込めて地面を蹴り上げる。
地面は抉れ、身体は跳ねるように発進して地面を蹴る度にみるみる加速していく。
鼻が利く化け物に不意打ちを仕掛けるにはどうすればいいか。簡単だ。
匂いに気づかれる前に近づいて倒してしまえば良い。
「グルルルルル……………」
「――――――――――!」
駆け出してわずか数秒、大鎌で黒狼を捉えることのできる距離まで近づくと、黒狼と何かが対峙していることに気がついた。
黒狼の対峙する先、茂みの向こうには――――
「は!?人間!?他にも!?」
驚いて一瞬、駆け出した脚を止めそうになる。
だが今はそっちに注意を向けている余裕はない。
意識を黒狼に戻し、まだこちらに気が付かずに唸り続ける黒狼を大鎌の射程に捕捉する。
「グルルル…………ガウ!ガウッ!!!」
ここで黒狼がようやくこちらに気づいてけたたましく吠え始めた。
だがもう遅い。
右手で大鎌を振りぬくと、飛びかかろうとする黒狼の脇腹を一気に切り裂く。
「キャン!」という断末魔と共に黒狼は一撃で倒れた。
黒狼が何かに気を取られていたのは運が良かった。普通はとっくに気づかれていてもおかしくない距離だった。
「た、助かった……のか?」
「分っかんねえ……狼に襲われたと思ったら次はし、死神…………」
……さて、次に対処しなければならないのはこっちか。
こちらを見て震えている人間たち……というよりこの制服、
(……まあ、当然いるか……別の場所にバラバラに飛ばすとも言っていなかったし)
こちらを見て顔を青ざめたままの生徒たち。その中に一人、見知った顔がいた。
「大丈夫か?あー、白鳥……」
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