第9話 クラスメイト③

「……俺がその雨夜なんだが」


「なっ――!」

「……マジ?」


 渋々答えると、隣で話を聞いていた日野と門木は唖然とした。

 その一方で、一ヵ瀬はと言えば――


「――クッ、ハハッ、はーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」


 ――腹を抱えて狂ったように笑い出した。


「うげええ!クソッ!!男なんかを口説いちまった!!」


 今度は隣で話を聞いていた日野が騒ぎ始めた。

 ふざけんな。こっちは男に口説かれたんだぞ。


 破茶滅茶の中、ひとしきり笑い終わると一ヵ瀬は顔を上げた。


「……いないと思ったら、まさかそんな姿になっているとはね。その辺で野垂れ死んでくれてても一向に構わなかったのに」


 そう言いながら、一ヵ瀬は俺をジロジロと品定めをするように眺めると、やがて勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「それにしても……ふっ、"それ"が君の特能ギフトな訳だ」


「……何が言いたい?」


 一ヵ瀬は睨みつけられていることなど意にも返せず、ニタニタとした笑みを浮かべ続けた。


「まさかそんな特能を貰っていたとは思いもしなかったよ。くくっ、負け犬は結局こっちの世界でも負け犬のままの訳だ」


「は?」


「分からないかな……クラスの皆を見てみなよ。与えられた特能ギフトは多かれ少なかれ持ち主の性格やルーツに由来している。日野みたいな暑苦しい"直情馬鹿"は炎の特能ギフト、男子から熱烈な支持を受けていた宮下なら他者を魅了することのできる特能ギフトを与えられている」


「あ゛!?殺すぞテメェ!?」


 日野が吠えるのを『その通りだろ?』とでも言うように、一ヶ瀬は俺に肩をすくめて見せた。


 確かに、剣道部だったやつは侍のような装いになっているし、弓道部は和装に弓を携えている。多かれ少なかれ与えられた特能ギフトは持ち主に由来していると言えなくもない。

 ……だとすると、この特能ギフトは、いったい俺の何に由来してなったのだろうか?


「逆に、元の世界で愚図ならば与えられる特能もそれ相応なものだ。君がまさに良い例だろ?さてはそういう趣味でもあったのかな?」


 俺の格好を見て一ヶ瀬が嘲笑った。

 なるほど。この見た目から一ヶ瀬は俺の特能をそう判断したらしい。


(……だけど、本当にそうか?)


 はたして本当に、特能ギフトが外れか当たりかなんて、判別することができるだろうか?

 一ヶ瀬は俺の特能を勘違いしているようだが、俺だってそうだった。初めは俺の特能は性別が変わるだけの特能か何かだと思っていた。


 しかし、蜘蛛と戦って初めてこの特能に戦闘能力があることが分かり、何回も戦闘を経て影を扱う力にも気がついた。

 それでもこの特能の全容はまだ掴めていない。


「随分な自信だが、クラスの中に一人くらいはお前よりも良い特能ギフトを手に入れた奴もいたはずだろ?」


「いいや、いないね」


 一ヶ瀬ははっきりと断言した。それだけ自分の特能に相当な自信があるらしい。

 それは恵まれた由来ルーツに由来する自負なのか、それとも本当に特別なギフトを手に入れたのかはわからない。

 どちらにせよあまり興味はなかった。


 少なくとも俺は自分の特能を外れだとは思っていない。事実この特能でなければ今頃とっくに蜘蛛の餌だ。

 結局、配られたカードで戦うしかないのならば、重要なのは配られた手札ギフトが強いかどうかではなく、どれだけその力を引き出せるかということだ。


「……それで、これからどうするつもりだ。どうしても僕たちと来たいというなら仕方なく連れて行ってやってもいいが、それなりに"弁えて"貰うぞ」


 そう言いながら、一ヵ瀬がニヤリと笑った。


「こっちは役に立たない足手まといが一人増えるんだ。当然僕らには歯向かおうだなんて思わないことだ。そうだな……敵と遭遇した時の足止め役か、おとり役……いや、一人で斥候に行って貰うのも悪くないな」


 一ヶ瀬はすっかりいい気になって勝手なことをペラペラとまくし立てている。


「おい、いいのか一ヵ瀬……?こんな奴を連れて行ったところで何の役にも立たんぞ」


 隣で話を聞いていた門木が慌てて一ヶ瀬に耳打ちした。


「ああ、仕方ないが連れて行ってやろうじゃないか。それに、戦えないなら戦えないでそれなりの使い道・・・はあるからな」


 一ヵ瀬は俺の事を舐め回すように眺めると、門木にそう告げた。


(そんな目に遭うくらいなら、死んだ方が100倍マシだな)


 聞きたくもないクズ共の内緒話を聞きながら、心の中でそう吐き捨てた。


 ――頃合いかな。ここで手に入れられる情報は既に手に入れ、一ヵ瀬には正体がバレた。

 最早これ以上この場所にとどまる理由はない。


「――色々と考えたが、やめておくよ。それじゃ」


 そう告げて、一ヶ瀬のゴミみたいな提案を一蹴することにした。


 元から2-4と行動を共にするつもりなんてさらさらなかった訳だし、予想はしていたことだが、あの口ぶりからすると都合の良い盾や、より悪い扱いを受けることは想像に難くない。


「なっ…………!」


 まさか断るとは欠片も思わなかったのだろう。一ヶ瀬は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして狼狽えた。


「馬鹿か!?お前みたいな雑魚特能ギフト持ちがこの森を一人で生きていけるとでも!?お前は運が良かっただけでこの森には――いや、なんでもない」


 一ヵ瀬はそこまで言いかけて、ニヤりと笑って言葉を止めた。

 

が一人でどれだけ生き残っていられるか楽しみだよ……一人で行こうというのなら、仕方がない。好きにすればいいさ。だが、自分から離れていくんだ、後から泣きついてくるようなみっともない真似はしてくれるなよ?」


 一ヵ瀬があざけるように挑発するのを無視する。

 例え天地がひっくり返ったとしても、俺が一ヶ瀬に助けを求めることは無いだろう。


「ああ、じゃあな「一ヶ瀬!!蜘蛛が出た!!それも大量にだ!!」


 今度こそ別れようとしたところで、クラスの男子の一人が一ヶ瀬を呼びに来た。

 ……なんか、さっきから別れようとする度に面倒な事が起こってないか?


 どうやら"大蜘蛛"が出たらしい。

 よっぽと急いで走ってきたのか、肩で息をしている。


「……ああ!今行く!……おい、余計なことはしたら分かってるだろうな?くれぐれも僕らの邪魔をするなよ」


「ああ、そうするよ」


 振り返りざまに一ヶ瀬がギロりと睨みつけてきたが、ここは適当に頷いておいた。


 面倒臭いことに巻き込まれたと思ったが、考えようによってはこれは悪いことばかりでないことに気がついたからだ。

 なぜなら、今から一ヶ瀬達が特能を使った戦いを見せてくれるというのだ。

 

 このままさっさと別れようかと思っていたけれど、少し観戦させて貰おう。

 他の"特能持ち"の戦いも見ておきたかったしな。お手並み拝見だ。

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