第2話 異世界転移
「ん…………」
どうやら気を失っていたらしい。
何が起こったんだっけ。いきなり《魔女》が現れて《異世界》がどうとか……?
どうやらまだ完全に目が覚めた訳ではないらしい。どこから夢でどこまで現実なのかいまいち判然としない。
はっきりとしない意識のまま、とりあえず地面に倒れこんでいる体を起こそうと苔むした土に手をついた。
……
ここは教室の筈では……?いや、そもそも……
「
はっとして周囲を見渡す。
辺りは、
異常なまでに伸びた木々は陽を遮って、光はほとんどここまで届いて来ていない。覆いつくすような枝葉の隙間から、かろうじて陽の光が差し込んでいる。
「ッ――――――」
ズキズキとした頭痛と共に段々と意識を失う前の状況を思い出してきた。
俺たちの教室にいきなり銀髪の女が現れて、不思議な力を使って見せたかと思えば、説明にすらなっていない話を一方的に語ったあげく、仕舞いには教室にいた全員を連れていくとか言い出した。
送り先は曰く――――《
そして、目が覚めたら此処に倒れていた。
「はーーーーーーーー…………」
思わず盛大にため息をついた。
両親が死んで、親戚には裏切られる。おまけに学校ではもうずっとあの有様だ。それで次は
理不尽に振り回されてばかりの人生だ。
物事が上手くいった試しが無い。
人が何を考えているのか分からない。口を開けば憎まれる。皆のように上手く生きられない。
いつだって裏目ばかりの人生だ。
……それでも、人生は続く。
親が死んでも、親戚に疎まれても、クラスで孤立していても――異世界に送られようと。どれだけ嫌でも日々は続く。
「……はあ、仕方ないか。まずはどうするか」
ひとしきりため息を吐くつくすと、苔まみれの地面に手をついて立ち上がる。
こちらの事情などお構いなしに世界は進んでいくのなら、立ち止まっている時間はない。重要なのは切り替えの早さだ。
あまり運が良くはないという自覚がある身としては、時間は物事をあまり解決してはくれず、それどころか悪化させるのがほとんだということを知っているから。
安全の確保に食糧の確保、この森からの脱出、そしてこの世界の把握。やらなきゃいけないことは多い。
今のところ、安全に関しては最低限確保されていると言ってもいい。
幸いここはある程度見通しが利いていて、聞こえてくるのも木々のざわめきくらいだ。人間や野生動物が来たらすぐに気がつく筈だ。
向こうがこちらに気づく前に隠れるなり逃げるなりすれば逃げ切れるとは思う……思いたい。
一方で食糧に関しては……少しまずいかもしれない。
あの魔女がご丁寧に食べ物まで毎食配達してくれるほど親切だとは思えない。それにあの口ぶりからすると……「この世界で自分で生きていけ」と言っているようなものだ。
つまり食糧も自己調達。自分で食べられるものを探すしかない。
それができなければその先に待っているのは確実な餓死だ。全くもって冗談じゃない。
それに、時空の魔女ロザリアが最後に言っていた言葉も気になる。
(『どうせ何割かはすぐに死ぬ』、ね……)
"何人か"ではない。"何割か"なのだ。
この二つの間には絶望的なまでの差が存在する。
"運が悪かったら死んでしまうかもしれない"と、"まあ死ぬのがデフォ"では圧倒的に話が変わってくる。
このことを考えれば今すぐに行動に移らないといけない。
そうそう都合よく食べられそうなものが落ちていることは期待できそうにないので最悪昆虫も食べることくらいは覚悟しておいた方が良さそうだ。
いざとなれば仕方がないかもしれないが、精神衛生上、それはできるだけ避けたいところだ。
「少しでも食べられそうな物、できれば安全に食べられそうなものが落ちてないかな……木の実とかどんぐりとか……」
少しでも食べられる可能性のあるものを探しつつ周囲を見渡す。
辺りに見えるのは木、木、そして少し向こう側に川。
とりあえず飲み水で困ることはなさそうで安心しつつ、周囲を警戒しながら川の方に向かってみることにした。
すると歩き始めてすぐに体に"違和感"があることに気が付いた。
「なんか俺……縮んだか?」
心なしかいつもよりも歩幅が狭い気がする。
それに、いつもの視点から
意識は間違いなく自分のものなんだけど、身体が自分の物じゃないような奇妙な違和感を感じる。
それに――――
「なんか、声も高くなってないか……?」
そういえば声もおかしい。
おかしいというよりやけに
普通に喋っているつもりなのに常に裏声を出しているかのような感覚だ。
身体の感覚の違和感といい、何から何までおかしい。
「……一体どうしたんだ、異世界に来たから身体の調子が悪いのか?」
”異世界”なのだから当然元の世界とは気候も変わってくる。体感では特に何も感じないが、俺が気が付かないだけで何か違いがあるのかもしれない。
この状況でそれどころじゃなくて気にもしていなかったのだが、よく見れば今着ている服も変だ。
というより言ってみれば服が一番変だ。
意識を失う直前まで学校にいたのだから、今着ているのも当然”制服”の筈だ。
なのに……
「嘘だろ、もしかしてこれ、スカートか……?」
今、俺が履いているのは制服のズボンなどではなく、膝元くらいまでしかない丈の黒地に赤色の刺繍の施されたスカートだ。
みるみる血の気が引いていくのを感じる。
俺は今、女物の服を着ているのだ。
「おい、待て、嘘だろ……何が起こっているんだ……!?」
段々と川に向かう足取りが早足になっていく。
もしかしたら今俺はとんでもない恰好をしているのかもしれない。
いや、「かもしれない」ではなく、実際にとんでもない恰好をしているのだ。
男子高校生が可愛らしいスカートを履いていてまともな恰好である訳がない。
もし、これをクラスの奴らに見られようものなら、かろうじて保たれていた俺の尊厳さえとうとう破壊されてしまうことになる。
”死神”というあだ名に代わり”変態”と呼ばれる日々が続くことになる。そもそも帰れるのかは別として。
なんとしてでも今自分がどんなにヤバイ恰好をしているのか確かめなければならない。誰よりも先に。
「はあっ!はあっ……!」
とうとうなりふり構っていられずに川に向かって全力で駆けこむと、急いで身を乗り出して水面に映った自分自身の姿を確認する。
「………………………」
水面に映った自分の姿を見たとき、しばらく声が出てこなかった。
「女になってる…………」
なぜなら、そこに映っていたのは見慣れた自分の顔ではなく、
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