いともたやすく人が死ぬ異世界に転移させられたが、転生ガチャでSSレア種族【死神】に転生したのでなんとか生きていく

あまはら

第一章 『ユスティニアの森』

第1話 理不尽な日常の中で


 "人生とは不幸の連続で、待ち受けているのは理不尽に次ぐ理不尽だけだ"

 と、いうのが今まで生きてきた中で出した結論だ。


 両親は昼間から酒を飲んで信号の色すら見分けのつかなくなったトラックに撥ねられて二人とも死んだ。

 親戚にはたらい回しにされて両親が遺してくれた遺産を毟り取られたあと捨てられた。


 挙げ句に、高校では――


「おい、死神・・が来たぞ」


 ――”死神”なんて呼ばれ蔑まれている始末だ。


 実際よりも何倍にも重く感じるドアを開け、教室に一歩踏み入れる。

 すると廊下まで聞こえていた笑い声はたちまち教室から消え失せ、代わりに中にいた全員の冷ややかな視線が向けられる。


「おい、死神が来たぞ」


「あいつも懲りねえよな。学校なんかさっさと辞めちまえばいいのに」


「あーあ。私、朝から気分悪くなってきちゃった」


 一斉に向けられる冷ややかな視線と陰口を無視して自分の席に向かう。

 いつものことだ。気にすることはない。


「……………………」


 自分の席に向かって歩いていた足はしかし、席に着くよりも前に止まった。

 最前列の窓際から二番目、俺の机の上には――――


 や、、そしてが捨てられていた。


「何アレ、超ウケるんですけど」


「こんだけゴミが積んであるからゴミ箱かと思ったわー。雨夜さーそれ捨てといてくんね?」


 周りを見ればクラスメイト達がこっちを見てクスクスと笑っている。

 つまりはそういうことだ。


(…………下らねえ)


 何も言わずそれらを一つに纏めるとそのまま無造作にゴミ箱へと放り込んだ。

 その様子を見て後ろからクスクスと笑っている声が一層大きくなった。


「おいおい、酷いことするなあ。いくら普段からゴミが座ってるとはいえ、ゴミはゴミ箱に捨てないと」


 ようやく席に座ることが出来たと思えば、そんな言葉を吐きながら金髪の男子生徒が爽やかな笑顔を浮かべて近づいてきた。


 "一ヶ瀬"――表向きはハーフという整ったルックスに、学年でも最上位の成績で生徒会長まで勤めているクラスの人気者。

 しかし、その本性は極めて傲慢かつ陰湿で、自分は手を汚すことなく誰かを虐めさせてはその様をあざけ笑っているような男だ。


「……白々しいな」


 思わず口をついて出たその言葉に、ピクッと一ヶ瀬の顔が引きつった。

 しかし、一ヶ瀬が口を開くよりも先にその隣にいた女子が喚き出した。


「はあ!?一ヶ瀬がやったとでも言いたいワケ!?自分が冴えないからって一ヶ瀬を僻んでんじゃねーよ!そういうところがキモいんだよ!!」


 そう吐き捨てながら、生ゴミや虫ケラを見るかのような目で見下すのは"宮下"という女子だ。

 読者モデルをしていて校内にファンクラブがあるほどの人気ぶりで、クラスの男子達は彼女に気に入られたくて仕方がない。


「うむ。そもそもこのような扱いを受けるのは自分にも問題があるとは思わないのか?周囲に馴染めないのも自身の人格に問題があるからに違いない!そのような人間が他者を糾弾するなど言語道断だ!」


 身長が 190cm 近い、いかにも堅物な男子が頷く。

 この大男は"門木"という男子で、高校二年生にして空手の全国大会で入賞するほどのスポーツエリートだ。


「まあまあ、彼も気が立っていたんだろう。周りに当たってしまうのは仕方のないことさ」


 意外なことに、俺のことを罵倒して止まらない宮下と門木を宥めたのは一ヶ瀬だった。

 どういう風の吹き回しかと思っていると、そのすぐ後に一ヶ瀬は目を細めながら言葉を続けた。


「でもさあ、まるで僕らがやったかのような口ぶりだけど、何か一つでもその"証拠"はあるのかな?まさか証拠も無しに僕らのせいだなんて言うつもりは無いだろう?」


 一ヵ瀬の言葉を聞いて、思わず奥歯を軋ませていた。


 証拠なんて、ある筈がない。


 誰かに証言してもらおうにもこのクラスは全員が一ヶ瀬の味方で、俺の味方など一人もいないのだから。

 仮にそんな人間がいたとして、それも全くの無意味だ。


 そもそも一ヶ瀬はきっと指示すらしていないのだろう。

 ただ、そうなって当然という空気を作り、示唆し、煽り、そして周りの取り巻きが勝手にやっているだけなのだから。


 万が一に何かが起こったとしても自分だけは安全な場所にいられるようにだ。


「証拠は…………ない…………」


 振り絞って出した声は掠れていて、俺の無力さと惨めさをこれ以上なく表していた。

 それを聞いて、一ヶ瀬たちは笑いを堪えきれなくなった。


「く、くくくく、あははははははははははははは!!そうだよなあ!君には証言してくれる友達の一人だっていやしないもんなぁ!!」


 一ヶ瀬は勝ち誇ったように腹を抱えて笑い始めた。


「証拠もないくせに楯突いてきたってワケ?死神の癖に少しは弁えてくんない?」


「呆れた根性だ!!人を疑う前に自分の普段の行いを顧みたらどうだ!!」


 俺を罵倒する二人の声はますます勢いを増して、一ヶ瀬はひとしきり笑い終えると満足げに振り返った。


「……さて、根拠もないのに人を疑ったんだ。謝ってもらおうか?」


 一ヶ瀬が作ったような笑顔でそう言うと、示し合わせたように一斉にクラス中から俺を糾弾する怒号が飛び交った。


「そうだ!一ヶ瀬に謝れよ死神!」


「一ヶ瀬君を疑うなんて最っ低!!」


「適当な事ばっか言いやがって!身の程を弁えろよ!!」


 クラス中からの罵倒を受けながら、俺は考えていた。


 別に、謝ったっていいのかもしれない。

 謝ったところで明日も、明後日もずっと先までこの地獄は続くのだろうけど、少なくとも今この場は切り抜けられる。


 しかし、何故か頭を下げることができなかった。

 今さらこのちっぽけな誇りプライドを守ったところで、俺には何も残っていないのというに。


「「謝れ!」」


(……だけど、流石にもう、疲れたな)


 静かに、心が折れた音がした。


 そうして何もかもどうでも良くなって頭を下げかけたその時、


「排斥に迫害、吊るし上げ……どこの世界でも、いつだって人間のやることは変わらないものね」


 ――そして、鳴りやむことのなかった怒号がピタリと止んだ。


 どういうことかと顔を上げれば、クラス中の全員は同じ方を向いて固まっていた。


 その視線の先には、が退屈そうに足を組みながら、教壇の上から俺達を見下ろしていた。


「おい、誰だよあの女……」


「ねえ……警察とか呼んだ方がいいんじゃない……?」


 教室に突然現れた謎の女にクラス中はざわめき立った。


 当の銀髪の女はというと、俺達の視線などまるで微塵も興味もないといったふうにその長い髪を弄っている。


 胸元の開いた黒いドレスの上に灰色のローブという、とても現代に似つかわしくはないその女の恰好は、まるで絵本やおとぎ話の世界の中からそのまま飛び出してきたような印象さえ受けた。


「……おい、どこから入った?いつからそこにいた?そもそも学校の関係者か?」


 悦に浸っていたところに水を差された苛立ちからか、珍しく一ヶ瀬が語気を荒くして詰め寄った。


 しかし銀髪の女は、詰め寄る一ヶ瀬のことを意にも返さずに一言だけ、


「【沈黙サイレンス】」


「おい!!聞いているのか!返答によってはただでは――――~~~~!!」


 そう呟くと、直前までまくし立てていた一ヶ瀬から、声だけが切り取られたように何も聞こえて来なくなった。

 一ヶ瀬は怒り狂った表情で喋っているが、口を上下させるのみでその声が聞こえて来ることは無かった。


「いいから黙って聞いていなさい、。私は……そうね、"時空の魔女ロザリア"とでも名乗りましょう」


 そう言って"ロザリア"と名乗った女がクラス中を一瞥すると、今度は彼女を除くクラス中の全員までも一ヶ瀬と全く同じように喋ることも、まして動くこともできなくなった。


(なんだ……?何が起こってるんだ?)


 ロザリアは謎の力によって無理矢理黙らされた俺達を見て満足そうな表情を浮かべると、平然と信じられないようなことを口走った。


「あなた達には異世界に言って貰うわ」


 …………は?――――――――


 俺はロザリアの突拍子もない言葉に、一瞬自分の耳を疑った。

 ?本気で言っているのか?


 クラス中を見渡せば、クラスメイト達もだいだい俺と同じような気持ちのようだった。


 絵物語から出てきたかのような女が突如として教室に現れ、あり得ない力を振るい、挙句には異世界に送る、なんて言い出したのだ。

 あまりに唐突で荒唐無稽なこの状況は、俺達の困惑をさらに加速させた。


 しかし、そんな俺たちのことなど欠片もおかまいなしに、ロザリアは淡々と、そして一方的に話を続けた。


「それでこのまま送ってもすぐ死ぬだろうから、私の力を少し分けてあげる。【特能ギフト】は一人一つだけ。何の【特能ギフト】を手に入れるかは神サマにでも祈って頂戴」


「向こうに行ったら好きにするといい。向こうの世界で力をつけ、私の元まで辿りつけた者は元の世界に戻してあげる」


「以上。どうせ・・・何割かは・・・・直ぐに死ぬ・・・・・のに長々と説明しても無駄だしね」


 そう言ってロザリアが話を打ち切ると、いつの間にか教室の天井と地面には"魔法陣"のような幾何学的な模様が浮かび上がっていた。


「おい、今の話って本当のことなのか!?」


「異世界とかって言ってたぞ!!」


「ねえ!これ何かの撮影だよね!?絶対そうだよ!!」


 ロザリアが俺たちの拘束を解いたのか、静まり返っていた教室は一転してパニックに陥った。


 そんな俺たちのことなどまるで興味がないかのようにロザリアは一つあくびをすると、


「それじゃ、死なないように頑張ってね」


 そう言って「パチン」と指を鳴らした。


 すると天井に描かれた魔法陣の先から徐々に巨大な物体がゆっくりとその姿を現した。



「は…………!?」


 魔法陣の先から出てきたそれ・・を見て、思わず声が出た。


 何の偶然か、それとも単なる遊び心か、魔法陣の先からゆっくりと出てきたのは


「……ああ、クソッ。なんでよりによってトラックなんだよ……」


 ……なんだこれ、夢か?

 もしかして俺はまだベッドの中で、今日起こったことは全て夢なんじゃないのか?


 目の前で起こった信じられない現実から逃避するように意味の無い思考を巡らせるが、その間にもトラックは魔法陣からゆっくりとその巨体を顕にしようとしている。


 トラックが落下して意識を失う寸前、最後に覚えていたのはこっちを見て嘲笑っている魔女の顔だった。


「それではまた会いましょう。人類の皆様方」

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