第11話 冒険者登録
丘の上に建つ冒険者ギルドの建物は石造りのどっしりとしたものだった。
なかなか威圧感がある。上から見下ろされているような感じ。
クリスにつづいて入り口の門をくぐって入っていくと中は開けた空間になっていた。突き当りにあるカウンターに数人の列ができていて、職員らしい人がその対応にあたっている。
並んでいる人はみんな良い体格をしていた。がっしりとした上半身に鎧を身に付けている人もいて、まさに戦士といった風体だ。私は自分に筋肉がないせいか、良い筋肉を見るとつい目を奪われてしまう。太い上腕にぼこっと盛り上がった筋肉……うーん、いいなあ。
「なにじろじろ見てるの。よそ見しない」
「あ、はーい」
叱られてしまった。
クリスが慣れた様子で奥に進んでいくと、カウンターの向こう側から呼びかける声が聞こえた。
「ああクリスさん。待ってましたよ」
見ると、今朝クリスを訪ねて部屋に来ていた女性、エミリーがいた。
エミリーは近くまでやって来て軽く会釈をすると2階へと続く階段を指し示した。
「上の部屋で支部長がお待ちです」
「わかってるわよ」
そう言ったクリスが私をちらりと見て、困ったような顔をした。
「私はここでいろいろ見ていますから。気にしないで行ってください」
「そう……。エミリー、この子が変なのに絡まれないように、ちょっと見ててくれる?」
「ああ今朝の……構いませんよ」
「じゃあわたしは行ってくるから、あんたはそこで大人しく待ってなさいよ」
子供に言い聞かせるみたいに釘を差して、クリスは階段を上っていった。
残されたエミリーが少し気まずそうに私に目を向ける。そういえば名前も言ってなかったかもしれない。
「改めまして、こんにちは。私、シホと言います」
「あ、エミリーです。シホさんは、今日はなにかご用があってこちらに……?」
「いえ特に用というわけではないんですけど、冒険者という仕事に少し興味がありまして」
「冒険者志望ですか? でしたらすぐに登録することもできますよ」
「そんなに簡単になれるものなんですか」
「ええ。最初に登録料として30リムいただきますが、特に制限はありませんのでどなたでも。続けられるかどうかは本人の裁量次第ですね」
お金がかかるんだ。まあそれはそうか。
どうしようかな……。
クリスから預かったお金はいまも少し持ってきているけど、ここで使っていいものか少し迷った。まだ必要なものも何も買ってないし、30リムがどれくらいの価値なのかもよくわかっていない。
冒険者として仕事をすれば元手の登録料くらいはすぐに戻ってくるんだろうけど。登録したところで私にできる仕事がなにもなかったら無駄遣いになってしまう。
「ええと、冒険者って、どんな仕事をするんでしょうか」
「そうですね……。ランクを上げていきたいのであれば、あちらの掲示板に張り出されている依頼を受けていただくのが近道ですよ」
エミリーが指差した壁には、宣伝ビラのような沢山の紙が隙間なく貼りつけてあった。
「仕事の内容は、素材の収集から指定地域の調査、護衛、魔物退治などいろいろあります。簡単そうな仕事に思えても、場所によっては魔物に襲われることもありますから、冒険者として生計を立てるには多少の心得がないと難しいでしょう」
多少の心得……。
あなたは戦えるんですか? と暗に聞かれているような気がする。
無理です。はい。
「あとは素材の売買ですね。ギルドでは魔晶石や鉱石ですとか、錬金術に使う素材の買取もしていますから、ランクとは関係なく冒険者登録をしている方も多いですよ」
「そうなんですね」
それならできるかも、と思ったけど、素材を手に入れる機会も知識もいまの私にはないのだった。
うーん。いまのところ私が冒険者になってもできることはない気がする。
「登録はまたの機会にしておきます。いろいろと教えてもらったのにすみません」
「いえ、構いませんよ。では、また何かわからないことがあったら気軽に声をかけてください」
親切に教えてくれたことにお礼を言うと、エミリーは微笑みを浮かべてカウンターの向こうに帰っていった。
クリスが戻ってくるにはまだ時間がありそうだ。
もし冒険者になったらどんな依頼があるんだろう。少し気になったので、私は壁一面に広く貼り出された掲示板に足を向けた。
掲示板の前には冒険者らしい人が何人かいて、依頼の内容を吟味しているようだ。そのうちの一人が紙をはがしてカウンターの方へ歩いていった。
なるほど、ああやってやりたい仕事を選ぶのか。
仕事を受けるわけではないけど、私も冒険者と肩を並べて掲示板を眺めてみる。
依頼票と思われる紙には記号のような文字が並んでいた。
私は首を傾げた。
文字……だよね、これ。なんだろう。全然読めない。
他の紙に書いてあるのも似たような記号の羅列だ。壁に貼ってあるどの紙を見ても、全部同じ。私が読めるものは一枚もなかった。
なんで? 私って字が読めないんだっけ?
混乱してきた。そんなはずがない。という思いがあった。いまも当たり前のように読めると思っていたのだ。
記憶と同じように字のことも忘れてしまったんだろうか。そうかもしれない。と思って自分を納得させた。
だけど字が読めないのは生活していく上で困りそうだなあ。なるべく早く勉強しないと……。
読めないなりに見比べていると、共通する文言が書かれているのがわかってきた。
ある程度、単語を判別できれば理解できるようになっているのかもしれない。
依頼票の中には簡単なイラストが描かれているものもあって、いま見ているものには動物のシカみたいな絵が載っていた。
あ、ちょっとかわいいかも。
掲示板から剥がさないように指でつまんで持ち上げてみる。よく見たところで字が読めるわけではないんだけど。
「なんて書いてあるんでしょうか」
「…………畑を荒らすシカの駆除」
すぐ近くから声がした。
「え?」
声のほうを向くと、真っ黒なローブをまとった女の子がとなりにいた。ローブの上からでもわかるくらい、体がすらりと細い。
女の子は私を見るでもなく手元の依頼票に目を落としている。
独り言が聞こえたのか。代わりに読んでくれたらしい。
「あ、これ、シカの駆除、と書いてあるんですか。ありがとうございます。読んでくれたんですよね」
話しかけた女の子が、びっくりしたように私に顔を向けた。
歳は同じくらいだろうか。髪は全体的に短く切ってあるけど前髪が伸びて目にかかっている。
毛先のはねた濃い茶色の前髪の向こう側で、目がまるく見開かれていた。
「……………………あ……ぇ……」
いまにも消え入りそうな声を出しながら女の子はうつむいてしまった。
どうしたんだろう。
「もしかして、これを取ろうとしてました? それならどうぞ。私、仕事を受けようとしていたわけじゃなくて、ちょっと見ていただけなんです」
「…………あぅ……」
返事を待っても返事らしいものは返ってこない。
よく見ると、うつむいた女の子の頭になにか不自然なものが付いていた。
はねている髪の毛の間から、小さな木の枝みたいなものが突き出ている……というか、木の枝そのものだった。
……なぜ?
落ちてきた枝が髪の毛に絡まってしまったんだろうか。
女の子はうつむいたまま、じりじりと後ずさりしはじめた。
そのまま逃げ出してしまいそうな雰囲気を感じて呼び止める。
「あの、待ってください」
頭に手を近づけると、女の子は体を縮こまらせるようにびくっと震えた。
「ちょっとじっとしててくださいね」
「え………………」
頭に突き刺さっている小さな枝を指でつまんで、髪を引っ張らないようによけながら取り出した。
「髪に小枝がついてましたよ」
「…………え…………?」
私の言葉に女の子がパッと頭をあげた。顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「………………ご、ごめんなさ……っ」
聞き取れたのはそこまでだった。女の子は絞り出すような声で謝りながら、私が持っていた小枝をひったくるように奪い取り、そのまま走って外に出ていってしまった。
ど、どうしたんだろう……。
いきなり出しゃばったことをして悪かったかな。でも、髪にゴミがついてるのに放っておけない。
まさかアクセサリーだったりとか? でも、どうみてもただの木の枝だったし。
頭を悩ませていると、クリスが戻ってきた。
「待たせたわね。帰るわよ。……シホ? どうしたのよ。変な顔しちゃって」
「クリスさん、このあたりで、頭に木の枝を刺すのが流行ってたりしませんよね?」
「はあ? 何ばかなこと言ってるの?」
考えてみても、やっぱりただのゴミだったんだと思う。まあ、あまり気にしても仕方がない。
そうだ。宿に帰る前にいろいろと必需品の買い物をしておきたい。
「いえ、なんでもないんです。ところで帰る前に買い物に付き合ってもらえませんか?」
「いいわよ。何がほしいの?」
「とりあえず、下着が欲しいんですよね。そういうお店ってありますか?」
「……あるけど。それ、わたしが行く必要ってあるの?」
「できれば一緒に来てほしいです。クリスさんにも見てほしいので」
クリスが硬直した。
「……………………なんで?」
「どんなのがいいのか、よくわからないですから。やっぱりクリスさんに聞くのが一番いいと思ったんです」
着替えが欲しいときに相談しなかったのが気に入らなかったようなので、今度はまずクリスに聞いてみようと決めていたのだった。
それに、知らない土地のものを買うには現地の人の意見を聞くのが一番確実だって言うし。
「わ、わたしに選べっていうの……?」
「はい。選んでくれたら嬉しいです」
「ふ、ふーん……いいけど。べつに」
その後、お店に着いたまでは良かったものの、クリスはなにやらずっと考え込んでしまい、いつまでたっても決めてくれなかった。
結局、クリスが身につけているものと同じタイプの下着を買い揃えたのだった。
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