第10話 冒険者ギルドへ
「朝からよくそんなに食べられるわね……」
朝食をほどほどで切り上げた私にクリスが呆れたような目を向けた。
「朝の食事は大切って言いますよ」
「朝じゃなくても食べるんでしょ。あんたは」
それはもちろんとうなずいていると、お皿を下げに来たエプロン姿の女性が話しかけてきた。
「ふたりとも、ゆうべはよく眠れた?」
彼女の名前はライラといって、このライカ亭を経営している
「はい。おかげさまで。とっても快適でした」
「よかった。なんだかクリスちゃんもいつもより顔色がいいみたいね」
「そうなんですか?」
「そうなの。いつも真っ青な顔して目の下にクマなんか浮かべちゃって、こーんな顔してたのよ?」
ライラが目の下に指を当てて、おばけみたいにどよーんとした変顔をしてみせた。
「あんまり眠れてないんじゃなかって心配してたんだけど」
「へえ、クリスさんが」
「ちょっと。余計なこと言わなくていいから」
昨夜のクリスは一瞬のうちに寝てしまったし、今朝も気持ちよさそうにすやすやと眠っていた。寝起きこそ悪かったけど、不眠とはあまり縁がなさそうに見えたので意外に思えた。
「ふふっ、シホちゃんのおかげかしら」
「へ、変なこと言わないでくれるっ!?」
クリスが抗議すると、ライラは楽しそうに笑いながらテーブルの上のお皿を片付けていく。
私はふと思いついてライラに話しかけた。
「あ、ライラさんに聞きたいことがあるんですけど」
「えっ、なあに? なんでも聞いてちょうだい」
厨房に戻ろうとしていたライラが振り向いた。
仕事の邪魔だったかな、と思ったけど、呼び止めてしまったからには聞いておこう。
「この近くに服屋さんなどはないでしょうか。実は、着替えるものがなくて困っているんです」
「あらあら、そうなの。そういうことなら、仕立て屋さんよりも古着屋さんのほうがいいのよね?」
仕立て、ってオーダーメイド?
あまり時間をかけたくないし、お金もなるべく節約したいのでそれはないなあ。
「そうですね。古着屋さんがいいです」
「えーと古着屋さんだと……。あ、そうだわ。私のおさがりでよかったらあげられるけど」
「えっ、いいんですか? すごく助かります」
「若い頃の服はもう着る機会がないから」
そう言って苦笑したライラはまだ十分に若く見えた。
「じゃあ、あとで持っていくから部屋で待っててね」
厨房へ戻っていくライラを見送っていると、クリスがぼそっとつぶやいた。
「なんでわたしに聞かなかったのよ」
ふてくされたような目で私をにらんでいる。
「なんでと言われても、特に理由はありませんけど」
なんとなく、聞くならライラだと思っただけで深い理由なんてなかった。
ただ、改めてクリスの格好を見ると、会ったときからすっと同じ服を着ているようだった。そのことが頭の中にあったのかもしれない。
「そうですね。クリスさんはあまり着るものに興味がないのかと……。それ、ずっと着替えてないですよね」
クリスが顔を赤くして反論する。
「わたしだって着替えくらい人並みに持ってるわよ! 昨日はあんたがいて着替えられなかっただけだから!」
「そういうことでしたら、言ってもらえれば部屋から出るくらいのことはしますよ」
「……そうね。次からはそうするわ。とりあえず、わたしはギルドに行ってくるから、部屋はあんたが好きに使ってていいわよ」
「ギルド、ですか?」
そういえば何度か聞いたような気がする。
「冒険者ギルドのこと。ほら、今朝部屋に来てたのがいたでしょ。ちょっと呼び出しがあって行かなきゃいけないのよ」
「へえー、冒険者ギルドですか。どんなところなんでしょうか。私も一緒に行っていいですか?」
私が尋ねると、クリスはあからさまに嫌そうな顔をした。
「嫌よ。なんであんたを連れてかなくちゃいけないのよ」
「そうですか、残念です……。じゃあ、あとで一人で行ってみることにします」
「やめときなさい。あんたみたいのが一人で行くところじゃないわ。変なのに絡まれるわよ」
連れて行ってくれないのに、一人で行くのもダメだという。
じゃあどうすればいいのかと、抗議の意味をこめてクリスの目を見つめる。
「私もギルドに行ってみたいです」
クリスはため息をついた。
「………………しょうがないわね。わかったわよ」
「変じゃないですか?」
部屋の外で着替えを待っていたクリスの前で、くるりと回ってみせる。
ライラが持ってきてくれた服の中には、見慣れないものや、どうやって着たらいいのかわからないものがあった。着方を間違えていないかクリスにも見てほしかったのだけど、外で待つと言って聞かなかったのだ。
なので、今回はジャンパースカートに長袖シャツというわかりやすいものを選んで自分で着てみた。
クリスは私のほうをちらっと一瞬見ただけで、そっけなく言った。
「まあいいんじゃない?」
そんなチラ見じゃ、なにもわからないと思う。私は抗議の意思を伝えた。
「もっとちゃんと見てください」
私が要求すると、クリスは観念したように私のことを見つめて、たどたどしく言葉を紡いだ。
「に、似合ってる、と思うけど。わたしは」
求めていた回答とは違ったけど、褒めてくれたみたいで素直に嬉しい。
「え? ありがとうございます。ええと、服の着方で何かおかしいところはないでしょうか?」
「あ、そ、そういう意味ね? 大丈夫だと思うわよ」
あたふたと取り繕うようにクリスが答える。
シンプルな構造だったので大丈夫だろうとは思ったけど、もしも前後ろが逆みたいな間違いがあったら恥ずかしい。確認してもらえて一安心だ。
宿から冒険者ギルドの建物がある場所まではそう遠くはないらしいけど、最後に長い坂道が待っていた。
私はすぐに息があがってしまって、一息に上るのを早々に諦めた。
「ひぃ、ふぅ……。クリスさん、少し、休みませんか……?」
「あんた、ほんとに体力ないわね……。まあ、また倒れられても困るから構わないけど」
「すみません……。あ、あそこにベンチがあります。あそこで休みましょう」
ちょうど坂道の中間あたり、休憩場所という感じでベンチが置いてある。
とりあえずそこまで歩いていくと、先客がいた。
「こんにちは。こちらに座ってもいいですか?」
杖を手にしたお婆さんがにこやかに微笑んだ。
「ああかまわないよ。おや、こりゃべっぴんさんだ」
優しそうな人でよかったとベンチに腰を下ろす。
しばらく休んで、息が整ってきたところで話しかけてみた。
「このあたりにお住まいなんですか?」
「いやあ、あたしは川向うで農家やってるんだけどね。こっちのギルドにちょいと用があって来たんだよ。でもまあこの歳になるとこんな坂道でもこたえちゃって。膝がね」
お婆さんがひざをさすったのを見て、私は大きくうなずいた。
「わかります。長い坂道ですよねえ……。私もギルドに行く途中なんですよ」
「あら、あんた冒険者さんかい?」
「いえ、私は。でもこっちのクリスさんは三ツ星冒険者さんなんですよ」
私が名前を出すと、そばに立っていたクリスが何か言いたげに私のほうをちらりと見た。
「あらまあ。こんな可愛い子がねえ。飴ちゃん食べるかい?」
お婆さんが鞄の中から紙袋を出してクリスに向けた。
「い、要らない、です」
クリスが借りてきた猫のようになっている。
「あんたもどうだね」
「わあ、いいんですか? いただきます」
私はきれいな赤い色のついた飴玉をもらった。口の中で転がすと、優しい甘みが拡がって体の疲れも溶けていくようだった。
足を休めつつ、しばらく世間話をしてお婆さんと別れた。
どうも向こうは帰り道だったらしく、私たちとは反対に坂を下っていった。お婆さんの足取りは思ったよりも軽くて、あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「あのお婆さんのほうがあんたよりも歩けそうね」
「それはさすがに……。いや、まあ、いいじゃないですか、そんなことは」
私にはまだ長い上り坂が待っているのだった。
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