第9話 ギルドの使い
――コンコン
なにかを叩くような音で目が覚めた。
窓から太陽の明るい光が差し込んでいる。朝だ。
体を起こそうとしたら、左腕が妙に重たくて動けなかった。
布団をめくると金色のもふもふとした頭が出てきた。
「クリスさん……?」
どこかで見た動物のように、私の腕にぎゅっとしがみついて体をまるく縮めた体勢で眠っている。
昨日寝る前に見たときには、クリスはベッドの反対側の端っこにいたはずなので、眠っている間に1メートル以上移動してきたことになる。
どうやらクリスの寝相はあまりよくないらしい。だからこんなに大きなベッドを使っているのかもしれない。となんとなく納得した。
――コンコン
ドアをノックする音がした。
この音に起こされたことを思い出して、慌てて返事をする。
「あ、はーい」
左腕にくっついているクリスを引きはがしてベッドを出た。クリスはまだすやすやと眠っていて、全く起きる気配がない。
それにしても、朝からなんの用だろう。朝ごはんが出来たから呼びに来たのかな。と思いながらドアを開けると、そこには会ったことのない女性がいた。スーツのようなきちんとした服装を着こなして、中性的な顔立ちに整えられたショートカットが似合う真面目そうな人だ。女性にモテそう。
「おはようございます。朝早くからすみません。クリスさ……ん……。あれっ? し、失礼しました! 部屋を間違えたようです!」
「ああ、クリスさんなら――」
――バタンッ
勢いよくドアが閉められて会話が強制的に終了させられた。
部屋を間違えたわけではないことを伝えようとしてドアを開けたが、廊下にさっきの女性の姿は見当たらなかった。
「あれ?」
変だなあと首をかしげながら部屋に戻る。クリスはまだ眠っているけど私はすっかり目が覚めてしまった。
窓を開けると朝露のにおいのするさわやかな風が入ってきて、部屋にこもった空気をさらっていった。
窓の外には裏庭があり、数羽の小鳥が集まって鳴き声を交わしている。町はまだ起き出したばかりのようで、動くものも少なく静かだった。
肌寒さを感じてきたので窓を閉めた。近くに置いてあった鏡台が目にとまる。
スツールに腰をおろして鏡に写った自分を見る。なんとなく顔色がいいような気がする。そなえつけの櫛で、長く伸ばしている髪をとかす。昨日はずいぶん外を動き回ったけど、汚れたり絡まったりはしていないようで、すんなりと櫛が通った。
――コンコン
またノックの音がした。
さっきの人が戻ってきたのかな。
「はーい」
ドアを開ける。やっぱりそうだった。
「あっ、すみません。いや、ここがクリスさんの部屋だと伺って来たのですが、やはり何かの間違いのようですね。失礼しました」
「クリスさんの部屋で合ってますよ」
またもや立ち去ろうとする女性を、今度は引き止めることができた。
「えっ? 本当ですか? いや、でもこの部屋はたしか……」
「まだ寝てるんです。ふふっ」
幸せそうなクリスの寝顔を思い出して、思わず顔がほころんだ。
自分は眠らないなんて断言した数秒後に熟睡してたんだよね。
「クリスさんに用があるんですね。いま起こしてきますから、少し待っていてもらえますか?」
「えっ、アッハイ」
なぜだか顔を赤くして固くなっている女性を待たせて私はベッドに戻った。眠るクリスの肩をゆすってみる。
「クリスさーん、お客さんが見えてますよ」
クリスは眩しそうに両腕で顔を隠した。
「んん……。やー……まだ眠いの~…………」
寝ぼけたような少しかすれた声。クリスは朝が弱いタイプらしい。
可愛いけれど、お客さんをずっと待たせておくわけにもいかない。
私は心の中に芽生えた甘やかしたい欲求をぐっとこらえて、しつこく体をゆらした。
「起きてください、クリスさん」
「も~……なんなの~? うにゃ~………………………………シホ?」
ようやく薄く開いた目が私の顔をとらえて、ぱちりと開いた。
「あ、起きました? おはようございます、クリスさん。部屋の外でお客さんが待ってますよ」
クリスは横になった姿勢のままで、どうやったのか一瞬でベッドの反対側の端まで移動して飛び起きた。
「きゃ、客って何よ、こんな朝早くから……。誰なの」
「さあ、真面目そうな方でしたけど」
「……まったくもう、こっちの迷惑も考えてほしいわね」
ぶつくさ言いながらもクリスはドアに向かった。
「なんだ。エミリーじゃない。どうしたのよ。こんな朝早くから」
「アッ! いや、あのっ、お取り込み中でしたらまたあとで出直させていただき――」
「いいから早く用件を言いなさいよ!」
「は、ハイ! 昨日ご報告頂いた件について支部長が直接――」
自分に関係のない話を立ち聞きするのは気が引けたので、私はなるべく声を耳に入れないようにして鏡台の前に腰掛けた。
少しくたびれた服に、泥かなにかの汚れがついている。目立つ汚れではないけど、ずっと着たきりでは洗うこともできない。着替えは早めになんとかしなくちゃ。
ドアの閉まる音がした。もう話が済んだらしい。
クリスは重そうな巾着袋をベッドに放り投げると、自分もベッドに飛び込んだ。袋からはジャラジャラという金属の音がした。
「なんですか、その袋?」
「受けてた仕事の報酬。昨日言ったでしょ。半分はあんたの分」
「でも、私、なんにもしてません」
「あんた、無一文でどうするつもりよ。お金がないと困るでしょ」
「それは、そうですけど」
クリスの言う通りだった。お金がなければ着替えどころかご飯も食べられない。いまはクリスにすがって生きている状態なのだ。
「どうしても気になるなら……貸しっていうことにしておくから。あんたが働いてお金を稼げるようになったら少しずつ返せばいいわ。利子なんて取らないから。それでいいでしょ」
「そうですね……。お言葉に甘えさせてもらいます」
そんなこんなで私はお金を手に入れた。
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