第五話:固有召喚

 【固有召喚】が始まった。

 22万という大量のEPをつぎ込んだ配下が、これから形作られていく。

 ノルンいわく、普通の帝王では10万EPくらいが一般的らしいが、俺はその倍のEP消費量だ。どんな存在が生まれるのか、正直楽しみでしかたない。


 頭の中に、無数の可能性が生まれた。俺にはそれを選ぶ権利が与えられる。

 きっとこれが【方向性を持って生まれる】ということなのだろう。 


 そしてここに至って、俺は確信した。

 この力は、ノルンの予想通り≪特性≫によるものだ。

 俺の≪特性≫【芸の主】は、あらゆる【芸能】に関する知識を与えてくれる。帝王が幾千、幾万と繰り返し、磨き上げてきた【配下召喚】という行為もまた、一つの極まった【芸能】として世界に刻まれているのだ。特殊な召喚をつかいこなす者達の知識もまた、俺の知識となっている。


 俺の≪特性≫は他の帝王たちからすれば、反則も良い所だろう。

 なぜなら、彼らが磨き上げて来た力、知識、伝統、それら全てが、【芸能】として俺の頭に入っているのだから。


「…狙われやすそうな力だ」


 強力な能力だ。

 しかし、弱点がないわけではない。


 俺はあくまで知っているだけ。他の帝王のように新しく何かを生み出す力や直接戦闘能力は無い。

 だからこそ慢心はできない。

 これまでに極められた全ての知識、それが俺の武器だ。しかしそれに自惚れたとき、俺は新しい知識を生み出した帝王に喰われることになる。


 そうならないためにも、最初の配下には、清く正しい者を強く望む。

 そして、俺の知識の中には、まさにぴったりな人物像が浮かんでいた。 


 それは、誰もが知るおとぎ話の主人公。

 剣を抜き、数多の強敵と激闘を繰り広げた者だ。


 バカにすることなかれ。おとぎ話も極まった【芸能】だ。 

 おとぎ話だけではない。小説、漫画、アニメや映画まで、たとえそれが空想であっても、そこに込められた思いや願いが、それを本物にする。人々が極め、受け継いできたものは全てが【伝統芸能】になり得るのだ。人が思いを馳せ、人の心を動かした【芸能】の知識が流れ込んでくる。

 そして、知識さえあれば、俺は願う存在を生み出すことができる。


 一つ一つ、配下の道を選んでいく。

 俺が求めるのは、何もできない俺を支えてくれる存在。

 俺は何もできない帝王だ。武力も無いし、国を統治する力も無いし、外交の力もない。


 ただ知識があるだけで、実際に動けるわけじゃない。

 だからいつか、俺は必ず行き詰まる。そんな時に適切な助言をくれる配下、いや仲間が欲しい。

 …そうだ。俺は配下という呼び方が気に入らない。俺が欲しいのは仲間だ。

 どんな時も一緒に笑い、泣いて、喜び合える仲間が欲しい。


 一際輝く道を手繰り寄せ、やがて可能性は一つに収束していく。

 そして最後の選択肢が生まれた。


『固有能力【顕現の芸者】による能力として、召喚する配下に能力補正が可能です(残り七体)。実行しますか?』


 これから生み出す全ての仲間は、例外なく俺の特別な存在になるだろう。

 しかしだからこそ、最初の仲間には力を授けたい。俺の仲間を纏め上げる存在として、俺の傍にいて欲しい。

 それに、ノルンに貰ったEPを妥協して使いたくない。


 あの時は分からなかったが、ノルンが俺にEPを注いでくれた時、彼女の思いも俺に流れ込んできていた。


『いつまでもプルソンと一緒にいられる子になって欲しいな』


 そんな声が、ノルンの思いが、あのEPには宿っていた。

 だからこそ妥協はできない。


 ここはもちろん『はい』を選択する。

 これで全ての選択が終わった。あとは待つだけだ。


 しばらくして、俺とノルンの前に、一つの光の柱が立つ。

 やがてその光が収まり、中から一人の少女が現れた。


「…おおぉ」

 

 隣でノルンが声を漏らす。俺もごくりと喉を鳴らした。

 それほどまでに美しい、そして恐ろしい力を秘めた美少女だった。


 年齢は十五歳くらいだろうか。

 腰のあたりまでまっすぐに伸びた、亜栗色の髪が印象的だ。

 ゆっくりと開かれた翡翠の瞳からは、力強さと優しさを感じる。

 白と青を基調とした軽やかな鎧に身を包み、腰には金色に輝く一本の剣が携えられていた。


 やがて少女は俺の方をみて、翡翠の瞳を瞬く。

 俺が召喚主であることを本能的に感じ取っているのか、彼女はとことこと俺の前まで歩みを進めた。

 

 少女の、桜色の唇が動く。


「どうもっす。これからお世話になるっす。よろしくっすご主人」


 少女はよっと片手を上げて、軽くお辞儀をしながらそう言った。

 恐ろしい力を秘めた美少女のはずなのに、今は荘厳さのかけらもない。

 俺は何か致命的な選択ミスをしてしまったのではないかと、一人冷や汗をかいた。

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