第一話:帝王として生きるために
「やっぱり良く分からないって顔だね?」
牛の化け物を倒したあと、玉座にちょこんと座った【運帝】ノルンは言った。
その通りだった。いきなり帝王だのなんだの言われても、何も分からない。
「ああ。…帝王が生まれるっていうなら、なんで生まれるんだ?」
俺の疑問に、ノルンはむっと困り顔で答える。
「それは難しい質問だね。どうして自分が帝王として呼ばれたのか、っていうのはあんまり重要じゃないんだ。ボクたち先輩帝王も詳しい話はわからないし」
「なら何が大事なんだ」
呼ばれた理由が重要でないなら、他に重要な項目がある。
ノルンはにっこりと笑って、大きく頷いた。
「それはこれからのことだよ。…帝王に義務付けられた仕事だね」
「仕事?」
「うん。帝王にも仕事があるんだ。自分の領地を作って、それを発展させるっていう大事な仕事がね。まぁ説明だけしても分かりにくいだろうから、一緒に玉座に座ってくれる?」
ノルンに手招きされて、俺は彼女の隣に座る。
ふかふかとしたソファのような玉座は、たいへん座り心地が良かった。
隣から仄かな体温を感じる。これは密着した状態になっているノルンのものだ。花のような甘い匂いが鼻腔を刺激する。
「それじゃあ今から、帝王の力を見せるよ。よく見ててね」
「あ、ああ…分かった」
意識がそちらに持ってかれそうになったが、俺はノルンの言葉で正気に戻った。
「えいやっ!」
そんなかけ声と共にノルンが手を二回叩くと、彼女の手の上に可愛らしい絵本が出現した。
誰に言われるまでもなくページが捲られていき、やがて外見からは想像もできない、緻密に数字が書き込まれたページが開かれた。そこにあったのは、膨大な情報だった。
ノルンがそのページに触れ、スッと空中に向けて指をスライドさせると、そこに記載されていた情報が空中に浮かび上がる。
その一連の動作に、思わず声が漏れた。
「おお、これは…」
「すごいでしょ。これは【
自慢げに、嬉しそうに語るノルン。
だが、俺には一つ疑問があった。
「その、EPってのはなんだ?」
「まあ経験値だと思ってくれればいいよ。ボクたち帝王が生き残っていくためには、このEPが重要なんだ。生き物を倒したり、他の帝王を倒したり、自分の領地が発展することで手に入る経験値を、体が勝手にEPっていうポイントに変換してるんだぞ」
生き物ということは、魔物のほかに人間なども含まれるのだろう。
「…EPが得られないと、死ぬのか?」
「うーん、まぁ簡単に言えばそうなるかな。別にお腹がすいて死んじゃうってわけじゃないんだけど、獲得してるEPが少ないってバレると、他の帝王たちから狙われやすくなるんだよね」
「他の帝王を倒した時にEPが手に入るからか?」
「そう! それに何万っていう生き物を倒すより、帝王一人倒したほうが遥かに効率的だからね。もし獲得EPが少ないってバレたら、他の帝王が積極的に倒しにくるよ。実際、帝王同士の戦争は頻繁に起きてる」
そうなると不安になる。
俺はまだ生まれたての帝王だ。当然、EPを取得できる見込みもない。もし俺の存在を感じ取られれば、俺よりも先に生まれた帝王たちが戦争を仕掛けてくる可能性が高いということだ。
俺の不安に気が付いたらしいノルンは、なぜか嬉しそうに俺を見つめた。
「キミは強いのに頭も回るね。でも大丈夫だよ。帝王はたまに生まれているけど、どんな帝王がどこに生まれたのかは、【円卓】に行かないと分からないようになってるから。ちなみに【円卓】っていうのは新しい帝王の誕生を祝うパーティーだよ。全部の帝王が強制参加だから、生まれてから【円卓】までにどれだけ力をつけられるかが新米帝王にとっての勝負だね~」
「そのためにも積極的にEPを獲得していく必要があるってことか」
「そういうこと! 飲み込みが早くて助かるよ。ちなみに次の【円卓】が開かれるのは、今から三か月後。これから準備となると、けっこう忙しいよ~」
三ヵ月。きっとそれは、帝王にとって短い期間だろう。
だがノルンの話はいたって単純だ。【円卓】が開かれるまでの三ヵ月という期間で、より多くのEPを入手したものが、新米帝王として良いスタートダッシュを切れるということだ。
未だに自分の置かれた状況に困惑してはいるが、とりあえず、当面の目標が見えてきた。
あと三か月の間に、たくさんのEPを手に入れて強くなる。それができなければ、俺は他の帝王たちに喰われることになる。
気合いが入る。
今はとにかく、先輩帝王のノルンから多くのことを吸収しよう。
「EPの入手方法は、さっき説明してくれた三つだけなのか?」
「今のところはそうだね。他の方法は見つかってない。ただ、三つ目に説明した『自分の領地が発展すること』。これに関してはまだ分かってないことが多くてね。住んでいる子の感情の揺れ幅に応じてEPが入るとかなんとか言われてるけど、詳しいことは分かってない」
それならば、何か抜け道がありそうな気がする。機会があれば試してみよう。
「そういえばさっきも、自分の領地を発展させることが帝王の役割だと言ってたな。その領地っていうのは何なんだ?」
ノルンはゆっくりとお城の高い天井を見上げながら呟く。
「そのままだよ。帝王がつくる自分だけの領土さ。…ボクたち帝王は、生まれながらにして特殊な能力を持ってる。それを駆使して、この世界に住まう者達を統治するんだ。まぁ集客って言った方が分かりやすいかな? 自分の領地を魅力的なものにして、多くの子たちに来てもらうのが帝王の目指す姿さ」
「受け入れられる種族に制限はあるのか?」
「ないよ。ただ、やっぱり種族ごとに分かれるのが一般的だね。まぁそれが特色になっているから、他の帝王の国と差別化できるんだけど」
さきほどからノルンは、「子」という呼び名を使っている。彼女が種族を人だけに限定しない理由は、きっとそこにあるのだろう。
「国にしないとダメなのか?」
「ううん。そうじゃないよ。街でも森でも、山とかでもいい。ただEPがたくさん欲しいってなると、より多くの子たちに来てもらう必要があるからね。国なら定住者も出てくるし、その規模も桁違いだ。だから国をつくるのが一般的ってだけだよ」
「…そうなると、国じゃない帝王もいるんだな?」
「うん。たとえば最強の帝王の一角、【魔帝】サタンは自分の領地に大量のダンジョンを作って、それを運営することで莫大なEPを獲得してる。ほかには、戦争をルール化することでEPを獲得している【法帝】マグナ、さらには宗教やらなんやらで稼いでる帝王もいるね。…帝王の数だけ道があるから、自分の得意な分野を伸ばしていけばいいと思うよ」
それを聞いて少し安心した。
国を治めるというのは並大抵のことではない。国が大きくなればなるほど身の振り方を気をつける必要があるし、何より外の勢力の介入を許す可能性がある。
自分の領地を国にしなくても良いという話は、俺にとってはありがたいものだった。
「なるほど。帝王の仕事に関しては大体わかった。帝王は自分の領地を運営して、他の帝王たちに対抗する力を身に着けるわけだな。もし力が無いとバレると、戦争で殺される可能性があると」
帝王とは、なかなか難しい仕事のようだ。
しかし、せっかく生まれたからには他の帝王には殺されたくない。
「そうなるね。あとは帝王同士でも派閥があったり、同盟があったり、色々あるからそこは勉強かな。……詳しいことは、自分で実際に領地を作るときに試行錯誤してみるといいよ」
「わかった」
「よし! なら次は帝王として一番大事な【帝王録】を開いてみようか」
俺は帝王として全力で生きていく覚悟を決めて、ノルンの言葉に大きく頷いた。
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