伝統芸能で世界を統べる!~芸能に愛された帝王、美少女軍団と共に最強へと成り上がる~

宙宮琺瑯(そらみやほうろう)

プロローグ:誕生

 目を開ける。

 荘厳で巨大な城の玉座の間に、俺は寝ころんでいた。


 しかし、記憶がない。

 こんな城に来た覚えはない……というか、何も思い出せない。

 そもそも俺は誰なんだ。自分に関する全ての記憶が曖昧だ。


 ここを建物の中であると認識できる知識、記憶が無いと理解できる知性はあるのに、俺の脳内から記憶だけがごっそりと抜け落ちている。奇妙な感覚だった。


「…ここは、どこだ? 俺は一体…」


 辺りを見回すが、やはり見覚えがない。

 ふと大理石で作られた、まるで鏡のような床に目を向けると、そこには平凡な容姿をした少年がいた。何度か動いてみると、床に映った少年が同じ様に動く。


「…これが、俺か?」


 知らない顔が困惑に歪む。

 もしかしたら、俺は何かの拍子に記憶を失ってしまったのかもしれない。 


 そんなことを考えていると、背後から声が降ってきた。


「まさか本当に生まれてきてくれるとはね~」

 

 振り返る。

 俺が座っている床の一段上に大きな椅子があった。可愛らしい装飾が施された玉座に、ちょこんと一人の少女が座っていた。


 ウェーブがかかった栗色長い髪。そして、透き通ったように白い肌。まんまるとした大きな碧眼は、穢れを知らない可憐さだ。

 首元には花で作られたチョーカー。栗毛の髪につけられた髪飾りも花由来で、豊満な肉体を覆う青色のドレスにも同じ装飾がほどこされている。

 

 そして何より、彼女の背中には四枚の透き通った羽根があった。  

 ”何も知らないはずなのに、知っている”。

 俺の中の”知識”が、目の前の少女が妖精であることを教えてくれた。


 大きな瞳を嬉しそうに細めて、妖精の少女が口を開く。


「へえ、男の子が生まれたんだ。ふむなかなか………あ、でも悪い子だったらどうしよう?」


 甘い声の中には、様々な感情が入り乱れている。


「アンタは、誰だ?」


 困惑した頭のまま、疑問を口にする。


「ボクは運命の帝王ノルンだよ。…そして混乱しているだろうから教えてあげるけど、キミもボクも同じ帝王だ」

「帝王? なんだそれは」

「えっと…そう聞かれると難しいんだけど……そうだなあ……」


 そして少女が口を開く。

 だが次の瞬間、城の天井を突き破って、何者かが俺達の背後に降り立った。


 地面を揺らす衝撃に振り返ると、悪魔のような羽を生やした屈強な闘牛がそこにいた。


 簡単に言えば、化け物だ。

 あまりに異形で、俺の頭が認識を拒否している。


「…一体、なんだっ」

 

 わけがわからない。

 いきなり城の中に記憶喪失で放り出されたと思ったら、こんな牛の化け物に遭遇した。

 そんなの誰が認められるだろうか。


 だが、それは夢でも幻でもない、現実だった。


 闘牛が凄まじい速度で突進してくる。

 それを見た少女が驚いたように目を見開き、それから不敵な笑みを浮かべた。


「あ、もう来ちゃったんだ。でも丁度いいや。ここでキミの力を見せてもらおうかな」


 少女の瞳が翡翠色に光ると同時に、化け物が突進の方向を変えた。

 爛々と輝く双眸が俺にぴたりと合わせられ、ヤツが俺を狙っていることを本能が感じ取った。


 あの化け物は、俺を殺す気だ。


 バクバクと心臓が鳴り続ける。

 怖い、恐ろしい、死にたくない。

 こんなわけも分からない状況で、何も知らないまま殺されてたまるものか。


 なにか、なにかできることはないか。

 頭を回せ、思考を巡らせろ。

 あの化け物に対抗できる知識はない。

 知識がない以上、有効な手段が分からない。

 ヤツを倒す方法が分からない。

 分からない…。

 分からない……。

 

 いや、まて。


 俺の魂がその思考を断ち切る。


 本当にそうなのか?

 俺は本当に、ヤツを倒す術を何一つ知らないのか……?


 俺の脳内に生まれたわずかな違和感が、急速に広がっていく。

 そして次の瞬間、頭の中で声が響いた。


『俺は知っているはずだ。あの化け物に対抗するための芸(わざ)を』


 そうだ、思い出せ。

 芸能、技術、そして力。

 極まった一つの事柄は、それ自体が【芸能】となり得る。

 極めたものは、全てが美しいわざなのだ。


 カチッと、俺の中で何かが切り替わる音が聞こえる。

 魂の奥底から、膨大な熱が溢れ出た。

 胸が焼けるように熱い。俺という存在を、俺が初めて認識した瞬間だった。


 ああ、そうだ。

 この力は、こうやって使うんだ。

 

 冷静さを取り戻す。

 眠っていた力が徐々に覚醒し、頭にかかっていた靄が晴れていく。

 体が強制的に動く。化け物に向かって、俺は疾走する。

 口から無意識の内に言葉が漏れる。


「我【わざの主】なり。答えよ、世界のわざよ」


 頭がどこまでも冷えていく。もはや恐怖は感じない。

 

 脳内に眠っていた膨大な知識から、現状の打開に最適な”わざ”を選択する。

 相手は巨大な猪型の化け物だ。俺と奴の体格差を考えれば、力でねじ伏せるのは難しい。


 ならば一撃必殺。一刀のもとに、奴の首を跳ね飛ばすしかない。

 武器は、芸術品として現代にも伝わる逸品。職人によって極限まで磨き上げられた最強の刃物が最適だ。


 さて、知識と舞台は整った。

 後方に控える観客に、見惚れるほど美しい剣技を披露しよう。

 まず、そのためには武器が必要だ。

 俺は呟く。


「【鍛練たんれん】」


 鍛冶を極めた者が織りなす【鍛練】は、まさに美しい芸術だ。

 そうして生み出された刀は、実用的であるだけでなく、古くから美しい芸術品として愛され続け続けてきた。刀鍛冶の鍛練は、まさに伝統ある【芸能】だ。

 数々の名刀を生み出し続けた、最高の刀鍛冶が持つ知識と技術が、俺に宿る。


 手中に燃え盛るように熱い”何か”を集め、刀を作る。

 集めて叩いて、鍛錬を繰り返し、やがて光り輝く刀が手中に出現した。


 片刃式、切断と刺突に特化した刀を携え、真っ直ぐに牛の化け物の懐へと飛び込む。

 

 奴は俺の急加速に対応できていない。

 間抜けな声と共に丸太のような腕を振り下ろしてくるが、俺はそれを軽く見切ってサイドステップを踏んで回避する。そして、だらりと構えていた刀を両手で握り直して、必殺の一撃を放った。


「【横一文字】」


 俺は何千回、何万回と繰り返された、必殺の一撃を放つ。

 刀を薙ぎ、化け物の首を跳ね飛ばす。

 

「グモゥ!?」


 一刀両断。  

 自らの胴体から切り離されたヤツの顔が、驚きに歪んでいた。

 切られたものが死んだことに気がつかない、神速の横薙ぎ。それが【横一文字】だ。


 ドサッと背後で、闘牛が崩れる音が耳に届く。

 化け物が絶命した。

 

 敵が消滅した。

 命の危機がさった。


「はぁ…はぁ…」


 その途端、再び心臓が高鳴りはじめ、手中に展開されていた幻の刀が消えていく。


 ほとんど無意識だった。

 今のは一体なんだ?


「……俺は、剣士だったのか?」


 今の芸(わざ)は、武術を極めた最強の剣士のものだ。

 なぜ俺がそれを扱えるのか、それは分からないが、間違いなく俺はその力を振るった。


 じっと、化け物を切り伏せた手を見据えるが、そこに答えは無い。

 どうしてこんなことができるのか、それを分からずにいると、妖精の少女がとことこと近寄ってきた。

 俺の前に回り、下から顔を覗き込みながら、少女は言う。

 

「キミほんとうに生まれたて? ヘルゴートはランクCの魔物なのに、びっくりするぐらい冷静だし…それに、どう見ても達人の動きだったよ?」

「ヘルゴート? ランクC? ……悪い、話についていけないんだが」


 訳の分からない単語が並び、俺は困惑する。

 少女は、しまったとでも言いたげな態度で苦笑して、小さく両手を合わせた。


「あ! ごめんね。いきなり過ぎて何がなんだか分からないよね」

「…かまわない。ただ、ちょっと混乱してるだけだ。アンタは誰なのか、俺は誰なのか。まずはそれだけ教えてくれ」


 自分を帝王だと言った少女が何者なのか。そして何より、自分が誰で、何のためにここにいて、どうしてあんなことができるのか。今はとにかくそのことが知りたかった。


「そうだね。それじゃあ簡潔に答えるよ」

 

 少女がにっこりと笑う。


「ボクは【運帝】ノルン。この世界に君臨する帝王の一人。そしてキミの先輩でもある」

「ノルンさんが先輩ってことは、俺は後輩なのか?」

「そ。特殊な力と知識を携えて、この世界に生み落とされた帝王のひな。それがキミ。…あと普通にノルンでいいよ」


 帝王、そう言われても実感がわかない。だが一方で、そう言われてしっくりと来ている自分もいた。

 

 だが疑問は尽きない。

 帝王とは生まれるものなのだろうか、そもそも帝王とは何だ、なぜ俺は記憶がないのだろうか。

 

「…まぁ、今は難しい話をしてもしかたないからね。とにかく、ゆっくり話をしよっか。キミという【帝王】について」


 とにかく今は、命の危機を脱したことを喜ぶべきだろう。

 そうして少女が微笑み、俺の帝王としての生活が始まった。

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