庭師の少年

カリーナ

王宮の庭

 今日はクリスマスの前日です。お城ではたくさんの人達が忙しなく行き交いしています。

「おおい、皿は全て運び終わったのか?」

「道化師たちは明日の夜までに到着するんだろうな」

 お城での盛大なクリスマスパーティーに向けて、大忙し。

 なかでもいっとうに人目を引くのは、王宮の真ん中のお庭にある大きな大きなクリスマスツリー。

 この国いちばんの庭師が、毎年、綺麗にお庭の手入れをしています。

「ぼく、父さんの造る庭が大好きだ。世界でいちばん美しい景色だよ」

 庭師の息子は父さんの仕事を見るのが大好きでした。

 いつか自分もあんな立派な庭師になってみせる、そう心に強く思っていました。

「ノア、お前は兄さんたちとちがってわがままも言わないし、欲深くも無い。わしの後を立派に継いで、王宮の庭師になるんだ」

「はい、父さん」

「ところで明日はクリスマスだ、お前は何が欲しい?」

「そうだな、ぼく、お父さんの使わなくなった植木鋏が欲しいな」

「よし、お前にはわしがいちばん長く使ったこの鋏をやろう」

「ありがとう、父さん!」

 ノアはすっかり嬉しくなって、大きくなったらどんな庭を造ろうかと考えました。

 大きなクリスマスツリー、美しいバラの木々。トゲはちょっぴり苦手だけれど、ノアは草木と花が大好きでした。

 今まで父さんが造ってきた庭は、ノアの記憶の世界でいちばん美しい景色でした。

「王女さま!王女さま!アナ王女!お食事中にお庭へ出られるなんて、お行儀がいけません!」

「あら、だって、蝶々を逃がしてあげないと可哀想でしょう?」

 ノアが庭で父さんの仕事の手伝いをしていると、ちいさな少女が従者たちに追いかけられながら走ってきました。

「なんて可愛らしい子なんだろう、それになんて綺麗な声。鈴が鳴っているようだ。ぼく、父さんが造る庭よりも美しいものを、人生ではじめて見たと思う」

「おおい、ノア。こっちに来て手伝っておくれ、その枯れ木を全て外に出すんだ」

「はあい」

 ノアは名残惜しくも、その美しい少女を目に焼き付けて父さんの元へ戻りました。


 クリスマスになりました。

 クリスマスツリーには様々な飾りが施され、国王と貴族たちは優雅に宴を楽しみます。

 ノアは食器洗いの手伝いをこっそりと抜け出して、中央の広場を歩いていました。

 父さんが刈った、美しい草木を眺めます。

「どれも本当に綺麗だなあ。ぼくもいつか、こんなふうに……」

「あなた、だれ?」

 声の方を振り向くと、噴水の影から小さな人影が見えました。

「ぼくはノア。ここの庭を造る手伝いをしているんだ。君は?」

「私はアナ。アナ王女よ」

「お昼間、蝶を逃がしてあげていたね」

 月夜に照らされる王女さまの顔が、昼間見た時よりもいっそう美しかったので、ノアは胸いっぱいになりました。

「ええ、お友達なの。蝶に花、草木に森の妖精、私にはたくさんお友達がいるわ」

「へぇ、君も花や草木が好きなんだね」

「けれど人間のお友達はあまりいないの。お外には出ちゃダメって言われているから」

「それならぼくが友達になってあげるよ」

「まあ、嬉しい!」

 2人は陽気で幸せな音楽を聞きながら夜の広場をゆっくり散歩しました。

「あれはぼくの父さんが造った庭なんだ。美しいと思わない?ぼくもいつか、父さんみたいな庭師になるんだ」

「まあ、なんて強く立派な木でしょう。来年も見られると良いなあ」

「来年もきっと、見られるさ!」

「けれどお父様や執事たちは、来年にはこの城を捨てなければならないって言っているわ」

 アナ王女は寂しそうに目を伏せます。

「君、引っ越すの?」

「もうこれ以上ぜいきんを上げることは出来ないんですって。ひつようなざいさんだけを持って、従兄弟の家に逃げるしかないって」

「こんな大きなお城だもの、それに君は王女なんだろ?きっと大丈夫だよ」

「ええそうね、きっと。」

「そうだ、君にこのネリネをあげるよ。昼、取っておいたんだ」

「まあ、なんて良い香り!」

 日頃の寂しさや不安を忘れて、アナはすっかり嬉しくなりました。

「メリークリスマス、アナ!」

「メリークリスマス、ノア!」

 ふたりは噴水の前でケラケラと笑い合いました。


 それからノアは、父さんから貰った植木鋏で一人前の庭師になる修行を始めました。

 父さんの仕事の手伝いで王宮へ行く時は、必ずアナと会って話しました。

 外の世界のこと、季節の木々のこと、父さんの仕事のこと、寒さで少し父さんの膝が悪くなったこと。

「それで、アナは大きくなったら何になりたいの?」

「大きくなったら?」

「そう、ぼくは父さんみたいな庭師になりたいんだ。ぼくには兄さん達が3人いるんだけれど、みんな家を出ていってしまった。父さんはぼくに庭師になって欲しいんだよ」

「大きくなったら何になりたいかなんて考えたこともなかった」

「君は王女だから。欲しいものはなんでも手に入るからだろうね」

「そうね、私、見たことの無い花を見てみたいわ。ユストマと呼ばれる美しい花があるそうなの。本で読んだのよ。それをいつか、見てみたい」

「ユストマだね、東の国で咲く花だ。ぼくもいつか見てみたいよ!」

 ふたりはすっかり仲良くなりましたが、国王たち上流階級は国民たちとは仲良くなれませんでした。

 ふたりが庭を駆けずり回って遊んでいる間も、国民たちの抑えきれない不満は募る一方でした。


 あっという間に次のクリスマスになりました。

 ノアのお父さんは膝が悪くてもう歩けません。

「ノア、違う、そこを切るんじゃない、こっちを切るんだ」

「はい、父さん」

 寝たきりの父さんに代わって、ノアは一生懸命庭を造ります。

「息子よ、お前には世話になったな……年老いたわしの代わりによく働いてくれた」

「ぼく、美しいお庭を造りたいんだ。そう、アナと約束したんだ」

「アナ王女と……」

 しばらくして、ノアがもう少しで庭を完成させられるといった時に勢いよくお城の扉が開いて、アナ王女が駆けてきました。

「アナ!」

「ノア、ああ、ノア」

「どうしたんだい?そんなに急いで」

「お城の様子がおかしいの」

「何がおかしいんだい?」

「皆いそいそとしていて、森に行っても誰も返事をしてくれないの。今夜きっと、良くないことがおこるのだわ」

 アナは予感していました。大きなお城に人が大勢いても、あまりに静かで温かさやクリスマス前のわくわくとした心を感じられなくなったことを。同じことは森の中でも感じました。

「そんなまさか、きっと大丈夫だよ。今日はクリスマスだ、ぼくは庭を仕上げなくちゃいけない。父さんがもう、動けないからね。ぼくはまだ父さん程の腕がないから、一生懸命にしなくちゃいけないんだよ」

「私、怖いわ」

「きっと、大丈夫だよ。また去年みたいにさ、美しい庭をふたりでゆっくり歩こうよ」

 ノアは仕事に戻ってしまいました。


 夜になりました。

 アナは不安で胸が張り裂けそうでしたが、なんとかドレスをきちんと着て、お父様と他の貴族たちと乾杯をしました。

 その時です。

 ガチャン、と音がして扉が開き、たくさん血を流した衛兵が大広間にとぼとぼと入ってきました。

「お逃げ下さい国王陛下……国民たちが……」

 そう言って衛兵は倒れてしまいました。

 そこからはあっという間でした。

 着飾ったドレスやアクセサリーが引きちぎれることも構わず、貴族たちは口々に騒ぎながらお城中を走り回ります。

「裏口だ!裏口から逃げろ!」

「城門は燃え盛っているらしい!」

「もうこの国にはいられない!」

「王女さま!アナ王女!どうかこちらへ!」

 お抱えの侍女たちが必死になってアナを探します。

「大変だわ……大変なことになった……ノアに知らせなくちゃ!」

 アナは自分を呼ぶ声に構わず、ノアを探しに広間を飛び出しました。


「ノア!ノア!どこにいるの!返事をして!ゲホッ、ゲホッ……」

「アナ!アナ!ここにいるよ!」

 2人は中央の庭で会うことが出来ました。

 火の海がそこまできて、城中を焼き尽くさんばかりです。

「アナを探していたんだ、本当に、大変なことになったね」

 昼間ノアが一生懸命に飾り付けをしたクリスマスツリーも、ごうごうと劫火に包まれています。

「もうぼく、ここではお庭を造れないかもしれない」

「ノア、逃げましょう。ふたりで一緒に、また違う土地でお庭を造ってちょうだい。貴族たちがあっちに行くのを見たの、裏口からきっと逃げ道があるのだわ」

 2人は裏口へと駆け出しました。


「さあ、この船に乗って!そしたら明日にはあちらの大陸へ渡れるよ!」

 貴族たちは、大金を持たせ裏口に待たせておいた船乗りたちの叫び声を頼りに、次々と小船に乗り込みます。

 我先にと、袋いっぱいの金銀を両手に持って船に乗り込んでは出航しろと口々に叫びます。

「ええい、貧乏人共はここで焼け死ぬがいい!」

 貴族たちは縋ってきた召使いを蹴り飛ばします。

「私だ、私を船に乗せておくれ。私が1番金貨を払ったろう、足りないならいくらでも足してやる!さあ!」

 小さなノアとアナは貴族たちの合間をくぐり抜け、なんとか船に辿り着きました。

「さあ、アナ。乗って、明日には大陸に渡れるんだ」

「ええ、そうしたら私、あなたの造る綺麗なお庭に住みたいの」

「いけない、ぼく、父さんの鋏を忘れたんだった。父さんの忘れ形見なんだ。取りに帰らなくちゃ」

「けれどもうお船が出てしまうわ」

「ぼく、父さんの植木鋏を取りに戻らなくちゃ。先に行っていて、きっと後でぼくも行くよ」

 庭師の少年は踵を返すとあっという間に燃え盛るお城の中に消えていきました。

 王女さまはもう、どうしても少年が戻って来ないような気がしました。

 初めて出来た友達との、永遠の別れを確信したのです。

「急げ!城が焼け落ちるぞ!」

「ノア!!」

 力いっぱいに叫びましたが、城が焼け落ちる音と、人々の悲鳴にかき消されるアナの声は城に届きませんでした。

 城を離れていく小船の中で、アナはさんざん泣きましたが、どんなに待ってもノアが港に見えることはありませんでした。


 王女さまは大陸の小さなおうちで従者たちと暮らしました。

 庭もない、簡素な家でしたが王女さまは文句ひとつ言わずに暮らしました。

 何年もの月日が経って、王女さまは昔自分が生きていた国へ訪れました。

 大きな大きなお城があった場所には、綺麗な教会が建てられていました。

 教会の中央には小さな庭があり、その庭には今でも美しい木が立っています。

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