塞翁がウマ~!

みすたぁ・ゆー

塞翁がウマ~!

 

 阪神競馬場の最終12レースでは、大波乱が巻き起こっていた。十八番人気の『キツネカワザンヨ』が三馬身差以上を付けてゴール板をトップで駆け抜けたからだ。


 どよめく場内。本命に賭けていた人たちの多くは『キツネカワザンヨ』がゴールする直前に馬券を天高く放り投げ、それが花吹雪のように舞っている。


 ただ、問題が起きたのはその直後だった。なんと着順表示版に『審議』のランプが灯り、しかもその対象が『キツネカワザンヨ』だったからだ。流れた説明によると、最後の直線で斜行したとされている。


 ちなみに現在のところ、二着に入ったとされているのは一番人気の『タヌキノヨメイリ』と十三番人気の『イナバノノウサギ』。この二頭がほぼ同じタイミングでゴール板を駆け抜け、こちらはこちらで写真判定となっている。


「お客様に申し上げます。着順が確定するまで、お手元の勝馬投票券はそのままお持ちください」


 場内に流れるアナウンス。だが、すでに馬券を投げ捨ててしまった人たちは自分の馬券を回収しようとして、地面にしゃがんで拾い上げようとしている。


 レース結果の行方も馬券の行方も混沌としていて、大混乱状態が続いている。


「どないなるんやろ……。『キツネカワザンヨ』が降着になったらなったで、『タヌキノヨメイリ』と『イナバノノウサギ』も……」


 あちこちからそんな感じの声が聞こえてきていた。この状況では審議の結果次第で、ほとんどの払戻金がとんでもない高額となるのだから無理もない。


 そしてこの状況で誰よりもドキドキしながら結果を待っているのが、虻久あぶく銭夫ぜにおだった。


 銭夫は競馬が趣味の五十歳の会社員。財布の底に残っていたなけなしの百円を『タヌキノヨメイリ』と『イナバノノウサギ』の馬単に注ぎ込んでおり、もし的中すれば払戻金は一万円を超える――要するに万馬券だ。


「『キツネカワザンヨ』がゴール板を駆け抜けた時、馬券を良かった」


 銭夫は頭の中が真っ白になって呆然としていたおかげで、一万円以上になって返ってくるかもしれない馬券を捨てずに済んだのだ。やはり何事も結果が確定するまで自暴自棄になってはいけない。


 やがて審議が終わり、着順が確定した。


 その結果、『キツネカワザンヨ』は五着へ降着。一着は『タヌキノヨメイリ』と『イナバノノウサギ』の同着で、銭夫の馬券は的中となったのだった。


「やったぁああああああああぁーっ!」


 周囲の目があるため、心の中で絶叫するに留めて喜びを爆発させる銭夫。そしてこみ上げる笑いを噛み殺しつつ、平静を装って自動払戻機へ向かう。


 こうして銭夫は馬券を機械に入れ、出てきた現金を震える手で受け取った。それを素早くポケットに仕舞い、ほくほくでその場から立ち去ろうとする。


「おい、銭夫!」


 背後から銭夫に声をかけたのは、彼の自宅の近所に住む御布ぎょふ能吏のうりだった。彼は銭夫の幼馴染みで、今も家族ぐるみの付き合いがある悪友でもある。


 能吏はニタニタしながら銭夫に歩み寄ってくる。


 それに対して本能的に嫌な予感を感じ取った銭夫は、思わず表情が強張って額に汗が滲む。


「けったいなところで会うなぁ。銭夫、奥さんから競馬を禁止されてるやろ? 生活費を使い込んだとかで」


「う……」


「自動払戻機の方から歩いてきたちゅうことは、懐が暖かいねんな? ……そかぁ、俺はてっちりが食いたいなぁ」


「わ、分かったっ、奢るぅ! せやからアレにはこのことをくれっ!」


 ――結局、銭夫は能吏にたかられ、すかんぴんになる寸前まで奢らされる羽目になったのだった。



〈了〉

 

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