咆哮

 ――裁判所の駐車場


 車に乗り込もうとする店長。


「あの……」


 店長が振り向くと、あの時店に押し掛けてきた女性団体の五人がいた。

 全員が頭を下げた。


「本当に、本当に申し訳ございません! 斡旋先があのような会社だとは知らなかったのです! 本当に申し訳ございません!」


 リーダー格の女性がまくし立てるように謝罪した。


「謝る相手が違うよな」

「えっ……」


 顔を上げるリーダー格。


「オレに謝罪して、謝った気になって、それでおしまいか?」

「いえ、あの……」

「何人だ?」

「えっ?」

「何人の女の子をあの会社に送り込んだ?」

「…………」


 女性たちはうなだれた。


「正義の味方面して、気持ち良かったか?」

「…………」

「アンタたち、オレに言ったよな。『弱者を利用してる』とか『女性の尊厳を守れ』とか」

「はい……」

「その弱者を使って、自分の自尊心を満足させて、自分たちだけ気持ち良くなってさぁ。弱者を利用してるのはどっちだ?」

「…………」

「アンタ、ウチの大切なキャストに言ってたなぁ。『セックスしかできないオバサン』って」

「…………」

「それが女性の尊厳をどれだけ傷付ける言葉なのか分かんねぇのか?」

「も、申し訳ございません……」


 女性たちは誰も顔を上げられない。


「ちょうど良い機会だから教えてやるよ」

「な、何をですか……?」

「ウチの店にキャストとして登録してる女の子、何十人かいるけどな、多分半分以上は障がいを抱えてるぜ」

「!」


 驚く女性たち。


「本人が話さないでいるし、わざわざ調べねぇから、実際のところは分かんねぇけどな。ただまぁ、弱者からの搾取……女性の尊厳を傷付ける仕事……確かにそうかもしんねぇな。でもな、オレたちが無理やり連れてきているわけじゃねぇんだ」

「女性たちから……」

「その通りだ。じゃあ、何でウチみたいな店にそんな女の子たちが来ると思う?」

「…………」

「普通の仕事ができなかったりするからなんだよ」

「しょ、障がい者向けの仕事が……」

「オマエ、戸神の街で月十万そこそこで暮らせるか?」

「十万?」

「家賃や光熱費、スマホも使うから通信費もかかる。女性だったら必要なモノだってたくさんあるよな。貯金だってしたい。どうだ、月十万で人間らしい生活が送れるか?」

「…………」

「これが現実だ。生活保護でも受けて、どっかの部屋に閉じ込めとくか?」

「い、いえ……」

「そうだよな、みんな普通に働きてぇよ。普通に給料だって欲しいよ。だから、ウチみたいな店にそういう女の子が来るんだ」


 うなだれる女性たち。


「店に来る子は、みんな深刻な表情で来るよ。『私でもできますか?』って。オマエら見たことあるか? 『私立ラブラブうっふん学園』なんてクソみてぇな名前の店に来て、女の子が涙流して『助けてください』って言うんだぜ? 何とかしてやりてぇって思うじゃねぇか。それはひととして当然の気持ちだろ?」


 女性たちは何も言えない。


「そんな女の子が大勢来るんだよ、戸神風俗街に。だから、オレたちは悩んだ。真剣に悩んだ。性風俗店で女の子たちを守れないかってな。だから、街ぐるみで本番行為は全面的に禁止した。寮も設けた。性感染症の検査も店負担だ。少しでも女の子の負担を減らすためだ。ウチみたいな店でしか働けない女の子のな」

「そこまで……」

「オレたちは真剣に考えてるんだよ! 戸神風俗街が弱い立場の女の子たちのセーフティネットにならないかって!」


 声が大きくなる店長。


「性風俗業界が女性たちや意識の高い奴らに嫌悪されるのも理解してる! オレに娘がいたら、自分の店では働いてほしくない! だから、批判したり、文句言ったりするひとの気持ちも分かる! でも、批判して文句言って終わりじゃねぇか!」


 自分たちのことを言われているようで、女性たちは顔を上げられない。


「オレたちが女の子を雇わなければいいのか? じゃあ、その女の子はどうなる? 他の街の風俗街へ行って、過激なプレイをやらされる羽目になるぞ! 下手すれば悪い男につかまって、管理売春の片棒を担がされることになる! 暴力を振るわれながらな!」


 店長は真奈美のことを思い出していた。


「オレたちが店を閉めればいいのか? 性風俗業界は巨大市場だ! 間違いなく闇に潜ることになるぞ! そこで泣くのは、そんな女の子たちだ!」


 女性たちは、自分たちの浅はかさを思い知らされた。


「支援団体に任せればこんな有り様だ! この間もあったよな、障がい者支援施設での性的虐待! 一体何を信じればいいんだ! 誰も女の子の未来のことまで考えちゃいねぇ! だから、オレたちみたいなヤクザな連中が立ち上がらざる得なかったんだ! 弱い立場の女の子たちを守るためにな!」


 女性たちは皆泣いている。


「アンタたちの言う『女性の尊厳を守る』セーフティネットがあれば、こんなことになっていないんだ! 障がいを抱えた女の子たちだって、身体と心を擦り減らしながら仕事する必要はないんだ! じゃあ、なんでこんなことなっているんだ!」


 店長は女性たちに問う。


「なぁ、オレのやり方や考え方が正解じゃないのは分かってる。じゃあ、正解はどこにあるんだよ。オレ、女の子たちを見捨てることなんてできねぇよ。なぁ、アンタは正解を知ってるのか?」


 問われた女性は、何も言えずにうつむいた。


「じゃあ、アンタは? アンタは? アンタは? なぁ、誰か正解を教えてくれよ」


 女性たちは何も答えられない。


 バンッ


 車の窓を殴りつけた店長。


「何が正解なんだ! どうすれば良かったんだ! だれか教えてくれ! 正解はどこにあるんだ!」


 店長の叫びが裁判所の駐車場に響き渡った。

 しかし、答えを返せるものは誰もいなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る