裁判

――地方裁判所


「被告は原告側の訴えをすべて認めると、そういうことですね」

「…………」


 あの先生とやらが警察に被害届を出し、オレは罪に問われている。

 殺さなかっただけ、ありがたいと思ってほしいけどな。

 傍聴席には、市会議員の暴行犯に興味があるのか多くの報道陣と、あのババァやオレが怪我させた桃山建設のお偉いさんとやらもいる。忌々しい。


 ただ、もう何かを答える気力はない。

 それに、ここですべてを話すと裁判記録や報道で、真奈美や桃山建設で性的な搾取をされてきた女の子たちをずっと傷つけ続けることにもなりかねない。オレが盗み目的で侵入して、相手を暴行して怪我をさせた……ってことでいいだろう。市会議員が相手だから実刑かもな。

 でも、それでいい。最後くらい真奈美を守りたい。


「……です。それでは続いて、こちらの証人を召喚いたしました」


 カチャリ


 気がつくと審理が進んでいた。

 オレの証人が出廷してくれたらしい。一体誰が……


「真奈美……」


 真奈美が証言台に立った。


「それでは、彼が暴力を行使するに至ったすべてのことを証言してもらえますか?」

「……はい」


 店がつけてくれたオレの弁護人の言葉に、真奈美はうなずいた。

 オレは我慢できなかった。


「真奈美、話さないでいい!」

「兄ちゃん……」


 頼む、真奈美がこれ以上傷つく必要なんてないんだ!


「被告人は不規則な発言を控えなさい」


 裁判官の言葉に、オレはそれ以上の発言を控えざる得なかった。

 オレの祈りも虚しく、真奈美は語り始める。

 それは壮絶な内容だった。


 店を辞めた後、あの事業所に連れて行かれたこと。

 粗末な大部屋でたくさんの女の子と暮らしていたこと。

 昼は雑務や力仕事をさせられ、できないと何度も殴られたこと。

 「馬鹿」「グズ」と毎日罵声を浴びせられたこと。

 食事も粗末なもので、時には与えられない日もあったこと。

 入浴も水のシャワーだけで週に二回だけだったこと。

 毎晩何人かの女の子が連れて行かれること。

 自分が入所してからは、毎晩連れて行かれていたこと。

 他の女の子たちを守るために、自分が身代わりになっていたこと。

 毎晩数人の男に犯され続けていたこと。

 隙を見てミホちゃんを逃がし、助けを求めたこと。

 自分たちを助けるためにオレが暴力を振るったこと。


 オレは涙が止まらなかった。

 真奈美を食い物にする奴らが、弱者を食い物にする奴らが許せない!


 そして真奈美は、さらに驚くべき証言を始めた。

 自分を凌辱した男の名前と特徴を次々に述べていったのだ。

 さらに、障がい者雇用に伴う補助金についても発言。

 法廷はどよめいた。


 これにはオレも驚いたが、真奈美はひとつひとつ思い出すように証言をしていった。


 そして、反対尋問。

 相手の弁護士は、ニヤつきながらこう述べた。


「あなた、知的障がいがありますよね?」


 一瞬身体を震わせる真奈美。


「……はい。そう診断されました」

「あなたがさっき言ったこと、本当かなぁ〜? 間違っていたら大変なことになるよぉ〜?」


 法廷がざわつく。

 どこまでも真奈美についてまわる障がい。ウソをついていないと思っていても、障がいがあると聞けば、知らないひとは心は揺らぐかもしれない。だからといって、こんな場面で……どこまで真奈美を馬鹿にすれば気が済むんだ! クソッ!

 あまりの悔しさに、噛み締めた奥歯がギリッと鳴った。



「異議あり!」



 オレの弁護人の叫びが法廷に響き渡る。

 これが反撃の狼煙だった。


「裁判長、彼女の証言を裏付けるために、ある書類を証拠のひとつとして提示することをお許しください」

「異議を認めます。書類とは?」


 弁護人が裁判長に書類を手渡す。

 その書類に目を通す裁判長。


「これは……」

「県立中央病院、精神科医師の診断書です」


 コピーを原告側の弁護士にも手渡す。

 目を通した弁護士の顔色が青くなっていく。

 オレの弁護人は続けた。


「彼女に知的障がいが認められることは確かです。しかし、それと同時に、彼女は特徴的なモノを兼ね備えていました」


 弁護人は真奈美に視線を向けた。


「彼女は『サヴァン症候群』です」


 頭の上のハテナマークが浮かんでいたオレに、弁護人が説明してくれた。


「『サヴァン症候群』は、一部の能力だけが突出して高い症状のことを言います。彼女と話している時、幼い頃のことを事細かに覚えていたので、念のため調べてもらったところ、そのように診断されました。通常は重度の障がいをお持ちの方で、ASD(自閉スペクトラム症)の男性の方に多く見られる症状なので、彼女のような軽度の障がいでこの症状が見られるのは、極めて珍しい症例とのことでした」


 弁護人は裁判官と目を合わせる。


「診断書にも記載されています通り、彼女の特性は『記憶』です」


 法廷が大きくざわついた。

 しかし、真奈美は証言台で辛そうにしている。


「……裁判長さん」

「はい、どうしましたか。疲れましたか?」


 首を左右に振る真奈美。


「でも……もういなくなりたい……」

「どうしてですか?」


 一瞬、静寂の空気が流れる。


「……あのね、私がお店で働く時、兄ちゃんと尚美お姉さんと約束したの」

「約束?」

「ホントのエッチはしちゃダメだって……」

「うん」

「私、バカだから、それがなぜか分からなかったけど、もうひとつ約束したの」

「もうひとつの約束?」

「ホントのエッチは、ホントに好きなひととしかしちゃいけないって……」

「そうでしたか」

「私ね、お店で働いていて分かったの。ホントのエッチがどういうことなのかって」

「うん」

「だからね……あの小屋の中で自分が何されていたか、私分かってる」

「…………」

「だから、ホントに好きなひとの前でこんな話をするの……」


 真奈美の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「……いくらバカでも、とってもつらいよ……」


 オレの方を向く真奈美。


「……兄ちゃん、約束守れないでゴメンナサイ……ゴメンナサイ……」


 両手で顔を覆い、身体を震わせる真奈美。


「なんで……なんで真奈美が謝んなきゃいけねぇんだ! 謝る必要なんかねぇ! ちくしょう……ちくしょう……」


 オレの叫びは、裁判官から注意されることはなかった。

 真奈美を見つめる裁判官。


「……原告側は、まだ何か質問がありますか?」


 裁判官の言葉にうなだれる原告側の弁護士。


「……いえ……ありません……質問を終わります……」

「証人を医務室へ。それから……これは裁判官が述べるべきことではありませんが、被告側は彼女の心と身体のケアをお願いいたします」

「はい、裁判長。お約束します」



 真奈美の証言は終わった。



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