地獄

 すっかり日も暮れ、お月様もぽっかり浮かんでいる。

 薄暗い田園風景が続く中をオレは原付きで走っていた。

 真奈美は無事なのか、ただそれだけを気にしながら。


 大きめの通りから一本奥へ。大型トラックが通れるくらいの舗装路を進んでいき、小高い丘を登った先にあったのが『桃山建設 総合事業所』だ。どちらかというと重機や建材置き場という感じだ。

 ここまで特に迷うこともなく、スマホのナビゲーションアプリ様々だ。


 事業所の入口脇に原付きを駐め、中に入っていく。

 外灯もなく真っ暗で、ひとの気配もない。

 中をそのまま進んでいくと、プレハブ小屋から明かりが漏れていた。

 誰かいるとしたら、あそこしかない。

 オレは以前もらった特殊警棒を手にして、音を立てないようにゆっくりとプレハブ小屋へ向かっていった。


 プレハブ小屋の中から物音と声らしきものが聞こえる。

 ふと見ると、窓が少しだけ開いていた。明かりが漏れているのもここからだ。

 オレはそっと近づき、カーテンの隙間から中を覗き込んだ。

 そこには、想像もしていなかった地獄のような光景が広がっていた。


 真奈美がふたりの中年男性に犯されていたのだ。


 部屋の隅には、下着姿のふたりの女の子が身体を寄せ合って震えている。パイプ椅子にはもうひとり中年男性が座っており、真奈美たちをニヤつきながら見ていた。


 あまりにも異常な光景に、脳は判断することを拒否した。

 なんだ、コレ? え、意味が分からない。

 なんで真奈美が。どうして真奈美が。なんで。


「いやぁ、先生もよく飽きませんなぁ」

「そりゃキミ、新しい食材を次々入荷するから、味わっておかないとな」

「先生はグルメですから、どんどん入荷しますよ! クククッ」

「どうせこんなこと位しか役に立たないのだからな、コイツらは」

「その通りです。先生のような上級国民のお情けをいただけて、コイツらも大喜びでしょうな」


 真奈美に群がる糞虫が何かほざいている。


 バチンッ


「おいっ! もっと声を上げろ! アイツらも同じ目に合わせたいか!」


 糞虫が真奈美を殴りつけた。

 先生とやらの一声に、部屋の隅いるふたりがビクリと震える。


「や、やめて! 私、頑張りますから! あん、あん」


 ミホちゃんの言ってた「代わりにイジメられてる」って、こういうことだったのか……


「先生、お楽しみのところ申し訳ございませんが、例の件……」

「分かっとるよ、障がい者雇用の補助金の件だな」

「はい、その通りでございます」

「こんなご時世だ、補助金増額は必要だろ」

「私どもも、このように雇用を拡大してまいりますので」

「優良企業には補助金をたんまり出さないとな」


 真奈美やミホちゃんたちを雇ったのも、そういうことか。


「ひとり逃げたようだが、大丈夫なのか?」

「まぁ、問題ないでしょう。誰もコイツらの言う事なんて信用しませんよ」


 やめろ。


「そうだな、知らぬ存ぜぬで通せるな」


 やめろ。


「だから、たっぷり楽しみましょう」


 やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。


 糞虫どもの耳障りな高笑いがオレの鼓膜を震わせた。


 ガラララララ バンッ シャッ


 窓とカーテンを開け、オレはそのまま室内に侵入した。


「だ、誰だ! ここは私有地だぞ! 勝手に」


 ゴシュッ


「ぎゃああああ!」


 オレは糞虫のひとりを特殊警棒で殴りつけた。

 痛みでのたうちまわる糞虫を二度、三度と殴りつける。

 そのまま先生とか呼ばれていた糞虫に向かい合った。


「ワ、ワシは市会議員じゃぞ! ワシに歯向かうと」


 ガキンッ


「もがぁああああ!」


 顔面を警棒で殴りつける。折れた歯が飛んでいった。

 顔を押さえてうずくまる糞虫をアッパー気味に殴りつけ、ひっくり返ったところで股間を全力で蹴飛ばしてやった。泡を吹いて気絶しているようだ。


 パイプ椅子に目をやると、もう一匹の糞虫がいなくなっていた。

 おそらく逃げ出したのであろう。


 オレは最初に殴りつけた糞虫の髪の毛を掴み、何度も何度も床に叩きつける。その場に大きな血のシミができていく。


「兄ちゃん! それ以上はダメ!」


 裸のままオレに抱きついてきた真奈美。

 顔に、いや顔だけじゃない。身体中に青あざができている。日常的に折檻されていたのだろう。


 着ていた上着を真奈美にかける。

 あの時と同じだ。

 あの時も真奈美は管理売春をさせられ、身体も心も深く傷ついた。

 そんな真奈美を幸せにしたくて、真奈美を守りたくて……


 でも、真奈美を守れなかった。


「……真奈美……ごめん……」


 悔しくて、悔しくて、悔しくて、涙が止まらない。

 オレは、好きな女ひとり守れなかったんだ。


「兄ちゃん、泣かないで……」


 一番辛くて悔しいのは真奈美のはずなのに、そんな真奈美に慰められている。


『お願い……私を離さないで……』


 あの時の真奈美の言葉が何度も頭の中をリフレインする。

 真奈美が店を辞めると言った時、オレも辞めて一緒に暮らすことだってできたはずだ。何でそうしなかったんだ……

 後悔してももう遅い。オレは無力だ。ちくしょう……



 遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてくる。

 オレは、駆けつけた警察官に暴行傷害罪の容疑で逮捕された。



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