変遷

「おい、金髪。もうちょっと手伝え」

「はい、もちろんです」


 今回の件で保護した女の子の中には未成年の子もおり、親元に連絡した上で迎えに来てもらった。涙ながらに娘を抱き締める親もいれば、嫌々迎えに来た親もいる。後者の親は、組長から厳しいお説教を受けていた様子。

 親御さんたちには、必ず性感染症などの検査を娘に受けさせるように伝え、心の治療も含め、必要であれば医療機関を紹介する旨も伝えた。


 すでに成人済みの女性については、そのまま自宅へ送り届けることになり、警察に訴え出るようであれば、全面的に協力する旨を伝えた。もちろん、医療機関についても紹介する旨を伝えてある。


 そして、最後に残ったのが真奈美だ。


 すでに成人済みだが、住むところもなく、定職にもついていない。親とも連絡がつかなかった。

 とりあえず、一旦組の顔が効くビジネスホテルの一室を借り、組経由で就職先を探すことになった。

 その間、真奈美の世話を若頭カシラの康夫さんから依頼され、話し相手になったり、一緒にご飯を食べたりしていた。

 いつでも明るく笑っている真奈美。ショートカットのとても可愛い女の子だ。

 でも、何か変な感じがする……この違和感はなんだろう。


 その後、独身寮がある会社で、専門的な知識のいらない事務職に就くことになり、オレも康夫さんも一安心。


 しかし、真奈美は仕事がまったくできなかった。


 言われたことはできるのだが、それ以外のことができないのだ。

 自分で考えながら行動ができないとなると、いくら専門的な知識が不要といっても、誰かが常に見ていなければならず、会社としてもそこまで手をかけられないため、真奈美の正式な雇用は見送られてしまった。


 がっかりする真奈美を励ますオレ。

 そんなオレに康夫さんが厳しい表情で言った。


「一度病院へ行ってみよう」


 行った病院は、精神科と心療内科の『戸神メンタルクリニック』。

 受診する真奈美を待ちながら、オレは嫌な予感がしていた。

 あの違和感の正体は、そういうことなのか。

 康夫さんも厳しい表情を崩していない。


 診察室から真奈美が出てくる。

 先生から呼ばれた康夫さん。

 オレは不安そうな真奈美の肩を抱いた。


 診察室から出てきた康夫さんは無言で車に戻り、オレと真奈美を乗せてどこかへと向かっていった。


 そして、到着したその目的地に、オレの心はどうしようもない気持ちが溢れた。

 真奈美は分かっていたのかもしれない。無表情だ。


『市立障害者更生相談所』


 真奈美を診断してもらった。

 何も無いことを祈る。オレにはそれしかできない。

 でも――


『ADHD(注意欠如・多動症)の傾向あり』

『精神年齢は十歳から十二歳程度』


 ――現実は残酷だった。


『軽度の知的障害(F70.8)が認められる』


 もう言葉もない。

 心が子どものまま育ったからクズにかんたんに引っ掛かり、食い物にされてきたのだ。

 ただ、真奈美もある程度は分かっていたようで、取り乱したりするようなことはなかった。


 相談所のひとからは、軽度の障がいは本人が気付かずに通常通りの生活を送っていることも多く、今回もある程度のサポートで一般生活が送れるのではないかとのアドバイスをもらい、少しだけホッとした。


「もう兄ちゃんと離れたくない」


 就業相談もしたのだが、真奈美がそう言ってまともに話ができなかった。懐いてくれるのは嬉しいけど、真奈美のことを考えると、仕事のことも真剣に考えなければいけない。

 一旦今回は切り上げ、また改めて真奈美を交えて話すことになった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――真奈美が宿泊しているビジネスホテル


 真奈美がオレの腕を離してくれず、部屋までやってきてしまった。

 小綺麗なごく普通のシングルルームだ。

 真奈美はベッドに腰掛け、オレは備え付けの椅子に座った。


「ねぇ、兄ちゃん。私、兄ちゃんと働きたい」

「えっ!? そ、それはダメ!」


 ヘルス嬢になるって? ダメだろ、それ!


「なんで?」

「なんでって……兄ちゃんの店の仕事はたいへんなんだぞ!」

「私、知ってるよ。エッチなことするお店だよね」

「いっ!?」


 何で知っているんだと焦るオレ。


「私、エッチなこと大丈夫だよ」


 にこにこ顔でそんなことを言う真奈美。

 オレは真顔で答えた。


「……真奈美はそれでたくさん傷ついてきたじゃないか」

「…………」

「オレ、真奈美が悲しむ姿は見たくない」


 真奈美も真顔になっていく。


「……でもね、私、きっと普通のお仕事はできないと思う。だったら、兄ちゃんの近くで働きたい」

「で、でも……」

「私が本当に困った時、兄ちゃんならきっと助けてくれるから!」

「わわっ!」


 真奈美はオレに抱きついて、そのままベッドへと倒れ込んだ。


「バ、バカッ、何やって――」


 オレの言葉を遮るように、真奈美の抱き締める力が強くなっていく。


「お願い……私を離さないで……」


 真奈美の声は震えていた。

 過去になにかトラウマがあるのかもしれない。

 オレは真奈美の求めに応じて、強く抱きしめ返した。


 真奈美を「嬢」にするなんて、真奈美を食い物にしてきたアイツらと同じじゃないのか?

 真奈美の気持ちを利用することにならないか?

 軽度とはいえ、障がいが認められた真奈美を風俗嬢にするのは倫理的にどうなんだ?

 オレは真奈美を守ってやることができるのか?


 嬉しそうにオレの胸にしがみつく真奈美の頭を撫でながら、オレは朝まで悩み続けた。



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