仕事

「事情は分かった。んじゃ、真奈美ちゃんはウチの店で働くと」

「はぁーい!」

「ん、あ、はい……」


 強面こわもての店長を前に、元気な真奈美と複雑な表情のオレ。

 一晩ずっと考えた。考えたけど、答えは出なかった。


「おい、金髪」

「はい……」


 店長が睨みを効かせてきた。

 本気の時の店長だ。


「半端な気持ちでいるならやめとけ」


 全部見透かされていた。


「何があっても真奈美ちゃんはオレが守ると、オマエがそう思えないなら、真奈美ちゃんは泣くことになるぞ」


 ゴクリとツバを飲む。


「今決めろ」


 店長の一言に、真奈美はそっとオレの手を握ってきた。

 笑顔で頷く真奈美。もう覚悟を決めるしかない。

 真奈美を「嬢」にするなんて、オレは死んだら地獄行きだな。


「真奈美を守ります」


 オレの目を見据えて、店長がニヤリと笑う。


「尚美! 聞き耳立ててないでコッチ来い!」


 プレイルームからひょっこり顔を出した尚美姉さん。

 バツが悪そうにこちらへやって来た。


「べ、別に聞き耳なんて……」

「オマエもふたりのサポート、頼むな」


 尚美姉さんの視線が真奈美に注がれる。


「あら、カワイイ子ねぇ~」


 瞳がハートだ。

 このひと、同性もイケるのか……


「わぁー……キレイなお姉さんだぁ……」


 真奈美の素直な感想が炸裂。


「んまぁ~(ハート)」


 尚美姉さんのハートにズキュンしたらしい。


「ん~、素直でイイ子ねぇ~」

「きゃっ!」


 尚美姉さんに抱きしめられ、真奈美も笑顔で抱きしめ返した。


「はいはい、じゃれてないで仕事やルールを教えてやってくれ」

「はい、店長」

「この尚美姉さんに任せなさい! はい、じゃあ一緒にプレイルーム行こうねぇ~。あっ、離さないでぇ~。このまま行こうねぇ~」

「はぁーい!」


 尚美姉さん、真奈美にメロメロだな……

 三人でぞろぞろとプレイルームへ。

 ここで色々と真奈美に勉強してもらった。


 まず、約束させたのは『絶対に本番行為をしないこと』だ。

 はっきり言ってしまえば『セックスをしたらダメですよ』ということ。

 真奈美は、そういうことをするものだと思っていたようで面食らっていたが、オレと真奈美と尚美姉さんの三人で指切りしたので、これが破られることはないだろう。

 それでも、真奈美の場合は頼まれると弱い気がするので、毎日仕事のルールを一緒に復唱して、覚え込ませることにした。これはオレのオリジナルで、良いアイデアだと尚美姉さんにも褒めてもらった。


 ちなみに、どこぞの風俗街のソープランドやら何やらは本番行為が当たり前だったりするが、ここ戸神風俗街では随分前からすべての店で厳重に禁止となっている。これは横山組組長立ち会いの元、すべての店の間で申し合わせたことで、女性を守るためであった。仕事でする性的なサービスと、プライベートでの性行為は別物だと明確に線引きすることで、性風俗産業で働く女性の心を守ろうという試みだ。そのため、他の街の風俗街よりも割安で楽しめ、最近は随分とリピーターも増えた。その分、女性に渡る金銭は少なめになるが、安心して長く働けるということで、戸神風俗街のお店をピンポイントで面接しにくる女性も増えてきている。

 ちなみにウチの店や系列店は、マンションを借りて寮にしているし、性感染症などの検査も店負担で頻繁に行っている。身体と心を酷使する仕事だからこそ、暮らしや健康も店の責任という考え方だ。


 さて、実際にどんなサービスをするかは、尚美姉さんにお任せした。経験豊富な姉さんなら真奈美に合ったサービスの方法を教えられるだろう。


 その間に、オレは常連さんで信用のおける数人の客に連絡を入れた。真奈美の事情もすべて説明して、全部理解してもらった上で遊びに来てもらうことにしたのだ。


 最初の客が来るのは三日後なので、その間はプレイルームの使い方や掃除の仕方、困ったお客さん用の緊急ボタンなどについて説明。念の為作っておいたお手製の手順書を渡したら、それを見ながら作業していた。作って良かった……


 シミュレーションも何度も行った。オレが客の代わりになって、サービスの真似事をしてもらい(実際にサービスを受けたわけではない)、良かった点や悪かった点などを真奈美に伝えた。


「兄ちゃん、ホントにしてみる? 私……大丈夫だよ?」


 なんて言われた時は焦った。もちろん断ったが、真奈美はとても不満気な様子だった。なんでやねん。


 そして、初めての客が来た。このお客さん、優しくてイイひとなので安心できる。真奈美もガンバレ。

 でも、無事サービスが終わった時は、正直複雑な気持ちだった。本当にこれで良かったのかな、と。

 それでも褒めてほしそうに笑顔でやってくる真奈美に、オレも笑顔で応えた。頭を撫でてやったら大喜び。お疲れ様、真奈美。


 これから仕事をこなしていく中で、オレはちゃんと真奈美の笑顔を守ってやれるだろうか。不安がないわけではない。


 それでも――


(真奈美を幸せにしてあげたい)


 ――オレの思いはその一点だけだった。



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