第18話 この学校の荒波に飲まれて揉まれて。

 ソファに寝かせたリンゴ先輩の体を扱き倒すこと数十分。


 序盤の悲鳴はどこへやら、今は夢見心地で深い呼吸が聞こえる。


(すーふぅー…すーふぅー…)


 蒸しタオルでよく包み込んでから、足の指の間に指を通してコネコネコリコリこねくり回す。

 このね、指のちょうどいい硬さが気持ちいいのよ。

 指の間なんて普段刺激がないから余計に感じるんだよ。



(ガチャ)


 生徒会室のドアが開くと緑髪おさげの人と野田君が入ってきた。


「これはこれは、もうすっかり馴染んだようでなによりです」


 緑髪で光合成をしてるからだろうか、ほんわかぽかぽかの雰囲気を纏ってる。


「生徒会室ですみません。先輩からの頼み事を断る訳にもいかず…」


 とりあえずリンゴ先輩に押し付けておこう。未だに気持ちよく寝てる方が悪い。


「気にしないでください。そんな堅苦しい取り決めなんてありませんから」


 軽やかな足取りで近づいてくるとソファの前で屈みこみ、リンゴ先輩の頬をちょんちょんとつつく。



「起きてください遊(ゆう)ちゃん。まだ業務中ですよ」


 声のボリュームは出してないのによく通る声、高いのに耳障りじゃない、これが透き通るような声ってやつか。

 ハーブティーのような安らぎを耳から感じる。

 巨匠と似たような力だな。声と絵の違いはあるけどどっちも心に影響を及ぼしてる。


 柔らかい笑顔がリンゴ先輩を見つめる。


「遊(ゆう)ちゃん……起きてください」


 声をかけても起きない様子をジーっと見つめる。


(パァっ!!!)


「ギュエッ!おおお、お疲れ様です会長っ!!」


 目を覚ました瞬間、飛び起きてソファの上で全力の土下座をした。

 この人が会長か。


「仮眠は済みましたか?」

「ももも、もももモチのロンチキロウっす!!」


 冷や汗を滝のように流しながら頭を上げオロオロする。


 会長の微笑みから発っせられる圧は、当事者じゃない俺にまで降り掛かってくる。

 試合中のリンゴ先輩の集中した時の本気の圧よりも凄まじい。


 エアコンで引いたはずの汗が溢れ出す。

 刃物を首筋に当てられた冷たい圧ではなく、熱っした鉄の棒を鼻先に当てるような熱い圧。


 光合成なんていう日光を浴びた温かさなんて生易しいものじゃなかった、会長は太陽そのものだ。


 くっ、引力に引きずり込まれる。

 この圧を直接受けてるリンゴ先輩は俺の比じゃないはずだ。熟してしまっても不思議じゃない。



「あっ、ウチらバディになりましたっす。相棒っすよ、運命共同体っす」

(ザザっ)


 な、なにを!肩を組んでくるな!これ連帯責任の流れじゃないか!


「えーっと、忍(しのび)さん?こう言ってますがよろしいんですか?」


「え?まぁ、はい」


 バディってなによ。学校規則の見直しとか一緒にやるとか?朝、昇降口前で挨拶するやつ?

 なにをやるとか何も聞いてないんですけど。


「それでは、これからよろしくお願いします。

 ようこそ生徒会へ」

「よろしくお願いします」


 はて、わざわざ生徒会に入る必要は無いんじゃないか?というか生徒会でなにすんの。

 そういうの興味無いんだけど。



「リンゴ先輩っリンゴ先輩っ」


 俺は服装を整えてるリンゴ先輩に全部説明してもらうことにした。


「なんで生徒会入るのにあんなテストしたんですか。身体能力とか関係なくないですか?」

「えっ!?生徒会の仕事知らないの?」

「……はい。え?学校をより良くするとかそんな活動をする組織じゃないんですか?」


 何を馬鹿な…。とでも言いたそうに口をあんぐりと開けて目をパチクリとさせた。



「遊(ゆう)ちゃん…説明しないで誘ったんですか?」


 会長からの問い詰めが入る。


「え、だって普通分かるっすよね?もう入学して半年以上経ってるんすよ?」

「それでも一言くらい説明するものじゃないですか。

 忍さんもよくそれで、あそこまで付き合いましたね」


 会長にも若干飽きられてる。テストって言われたら従うしかなくないですか?それに楽しそうだったし。


「流れでやっちゃった。的な感じですかね」


「こほんっ。説明するっすよ!


 ご存知の通りこの学校には色んな最新設備が設置されてるっす。

 でもそれはこの学校の理念に則ったものっすから、功績をあげればその分設備も充実していく仕組みになってるんすよ。


 逆に功績をあげなければ設備を与えてもらえない。さらに、重要なのが功績をあげ続けなければならないってとこっす。


 野球部で例えるとすると、今年、夏の甲子園で優勝してトレーニング施設が設置されたとして、秋、春でいい結果を残せなかった場合はトレーニング施設は没収になるっす。

 場合によってはグラウンドの縮小から廃部まで」


「マジですか」


 めちゃくちゃ厳しいじゃん。部活の域超えてるよ。


「マジっすよ。

 その廃部かどうかの決定権を持ってるのが、この学校の四大(よんだい)理長(りちょう)がひとつ。『執統(しっとう)義団(ぎだん)』っす。

 ウチら生徒会と並ぶ学校の最高権力を持つ組織っす」

「な、なんか凄いですね」


 この学校どうなっとんじゃ!生徒が学校の最高権力を握っていいのかよ!


「執統(しっとう)義団(ぎだん)は学校の品格を保つ組織として君臨してるっす。正直言ってめちゃくちゃすぎるんすよ。


 ただし!その強権を食い止めるのがウチら生徒会の仕事のひとつなんすよ。


 廃部の決定は執統(しっとう)義団(ぎだん)と対象の部活との試合で決まるんす。そこに助っ人として入るんすよ」


 んー、めちゃくちゃだな。ただ、正直燃える。


「そこにいるんですよね、リンゴ先輩より凄い人たちが」

「そうっすね。なんで部活に打ち込まないのか不思議なくらいの化け物たちっすよ」

「いいじゃないですか。嬉しい限りですよ」


「そう言ってくれると思ったっす」


「頼もしい方が入ってきてくれましたね。これで廃部に追い込まれる部活が減ってくれることを期待してます」


 会長がまとめてくれたがそういうことだ。

 ようは、捩じ伏せればいいってことじゃん。俺の得意分野だよ。


「ちなみに会長と副会長は事務担当っすから、ウチらにかかってるんすよ」

「2人だけですか?」

「うっす。前まではもっといたんすけどほとんど潰されたっす」


 そこまでの相手か。こりゃ、鍛えなおさないと俺も危ないかもな。


 ん?この口ぶりからすると野田君が副会長になるよな。いや、今は聞かないでおこう。



 それから生徒会の普通の仕事も任され、下校時刻になった。



「飲み物なにがいいっすか?」

「え、いいですよ」

「いいからいいから、先輩として奢らせてほしいんすよ。

 なら、マッサージ代ってことでどうっすか?」

「じゃあ、スポーツドリンクで」

「おっけー!」



「聞きたいことがあるんですけど」

「?なんでもいいっすよ。会長のスリーサイズなら今も変わり続けてるから古いのになっちゃうっすけど」

「それはどうでもいいんですけど、野田君が副会長ってことです」

「えー!興味無いとかありえるんすか!ウチなんか毎日睨みつけてるっすよ」


 いや、睨んでどうすんのよ。


「と、冗談はさておき、副会長の件すか。

 まぁ、特に理由も無いんすけどね。普通に選ばれただけっすよ」


「いつから野田君が副会長に?」

「う〜ん、気づいたら変わってたっすね。会長からの推薦だって聞いたっすけど、でも野田っちなら納得っすよ」

「前からの付き合いですか?」

「ううん、生徒会に入ってからだから先々週くらいっすね。会長もウチと同じっすよ」


 無根の信頼。怪しすぎるぞ。



 もしかして催眠でもやった?じゃなきゃ会長との接点が無いところから急に信頼を得るのは辻褄が合わない。それにリンゴ先輩からも謎の信頼を得てる。


 野田君の業は深そうだ。


 考えられるとすれば、欲しいのは権力。

 さすがに一足飛びで会長にはならなかったんだ。周りを気にしてかな。大きすぎる変化には魔法も対応できないとか。会長ともなると学校全体に催眠が必要になるはずだからな。



 それでも少なからず権力を持ってるであろう、副会長で様子見か。でも最終的に狙ってるのは生徒会長の座。

 学校の最高権力、生徒会長、それはこの学校では教師をも上回る権力を手に入れることができる。


 いいよ。俺が野田君の実績の手助けをしよう。真っ当なやり方で生徒会長になれるように。


 それが俺がこの学校に来た理由。


 なるべく不正はさせないように。このままいけば間違いなく野田君の未来は危うい。


 学校の中で安心しようと権力を握りに行くんだ、社会に出ればどうなるかは深く考えなくても想像出来る。


 野田君を魔王にさせないためには塩梅を間違えちゃダメだ。


 野田君を生徒会長に押し上げつつ、執統義団との戦いを楽しむ。


 どちらも達成させるのが俺の使命。

 きっと辛く険しい道のりだろう。辛さを乗り越えた先にあるのが幸せだと、俺は思ってる。


 親父直伝、忍びの心得。


 『枷を楽しめ』



「あ、リンゴ先輩やめてほしいっす」

「もう慣れちゃったんで無理です」

「ほぼ初対面っすよね!」

「初めて会った時、意味深なこと言われた後から探し出して警戒してたんですよ」

「こわっ!怖いっすよ!」

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