第17話 先輩と書いて好敵手と読む。

 体操服に着替えていざ!どこへ?

 リンゴ先輩の後を追ってやって来ました体育館。


 放課後の体育館は初めて来たけど懐かしさを覚える。

 ここにあるのはバスケットコートとバレーコートが2つずつ。天井付近から吊るされたネットが仕切りとして間を通ってる。


 ボールが床を叩く音とシューズの擦れる音。それをかき消すように響く掛け声。

 そのどれもが懐かしい。中学の時は俺もそこにいた。



 練習中のバレー部に近づくリンゴ先輩。練習を止めさせて部員に話しかける。


 権力の行使や。


「生徒会っす。新人のためのテストに協力して欲しいっす」


 練習を止めてまでそんな横暴なこと許されるわけ。


「あー了解。一旦集合っ!!

 で、誰出せばいい?」


 あれ、意外にすんなり。許していいのかこんなこと。

 バレー部の部長らしき人がすーっと話を進める。

 状況把握できてないの俺だけ?


 部長さん、身長は俺より高いし纏ってる雰囲気からして実力者なのがわかる。



 で、なんやかんやするすると展開が進んでいってバレーの試合することになった。

 それもリンゴ先輩は敵として。


 1セット24点先取。


(ピー!)


 リンゴ先輩からのジャンプサーブで試合が始まった。

(パァンっ!)


 かなりの威力が出たサーブは部長が綺麗に上げ、セッターから俺にトスが上がった。

(トンっシュパっ)


 大きく膝を曲げてから床を蹴り、1年と少しぶりのスパイク。

(パァンっ!)


 気持ちいい。手から伝わる痛みがバレーから離れてた期間を感じさせる。


 相手コートの床に叩きつけたスパイクは綺麗に防がれた。


 下から生えてきたリンゴ先輩の手はみるみる伸びていき、俺がスパイクを打つ頃には俺の打点と同じ高さまで手が伸びてた。


 跳躍力、反応、タイミング、姿勢、ワンプレー目からしっかりとハマった。


「まだエンジン温まってないっすか?ちなみにバレーはウチの得意分野のひとつなんす。焦った方がいいんじゃないっすか?」


 ぐぬぬっ。ネット越しに煽ってくるリンゴ先輩のニヤケ面が酷く鮮明に頭に貼りつく。


 その煽りは俺のエンジンに火をつけた。



 その後、点を取ってこっちのサーブ。

 相手も上手く拾う。というか、本気じゃないっぽいな。サポート的な感じかな、俺とリンゴ先輩が戦う場所を整えてるような。


(ダンっ)


 頭は優にネットを超え、体を上限までしならせる。止まってると錯覚するような安定した空中姿勢、振り抜いた手にポールが当たる。


(パァンっ!)


 俺の指先に当たり勢いを無くして後ろにゆっくりと落ちてく。


「おーけい」


 ボールよりも早く着地してセッターへとボールを上げ、助走をつけてスパイクを打つ。



 試合も終盤、もう余計な思考なんて挟まる余地が無いほどに集中してる。


 なんせ相手は。


「どりゃあ!」


 大きく跳んだリンゴ先輩の目は赤く光ってた。

 これだよこれ。こんな相手を前にして本気にならない方がおかしいって。





 結果は敗北。序盤以降はみんなが勝つために戦略的に動いたが、俺との連携がたまにブレーキになったりとうまくいかなかった。それと1番の敗因がリンゴ先輩の嗅覚。


 全てのスパイクに反応してブロッカーとしての役目を果たしてた。フェイクに囮や揺さぶりも関係なく、ボールに飛びつく速度が異常だった。



 途中からは体も温まって本気でやってたけどブランクで判断が追いつかないこともあった。



 途中からリンゴ先輩の目が赤くなった理由。


 全国にもいたな、興奮すると目が赤くなる人たち。熱い戦いを繰り広げてる時、相手の顔を見ると血溜まりのような赤い目をしてるんだ。

 そういう人たちとの試合は全身の細胞が沸き立ってた。


 なんだよ、もっと早くあなたに会いたかったよ。この学校でこんなに興奮できるとは思ってもなかった。



 その後、バスケ、バドミントン、卓球、柔道、テニス、陸上、サッカー、野球をやった。



 お互い今の本気を出し尽くしたのがわかる。肩で息をして体から立ち上る蒸気。


 俺の体は今、飢えてる。渇望してる。この目の前にいる俺を高めてくれる人との戦いを。


 足りない。


「いやぁ、右目眼帯しててこれってバケモンっすか」

「これ以上も以下も無いですよ。これが全力なんで」

「清々しいほどあっさりっすね」

「今はちょっと振り返ってる余裕ないですから。前しか見れないです」


 人生初めての躓き。

 躓いたからどうした、歩けるなら問題無い。


 研ぎ澄まされた体がまだいけると、こんなもんじゃないと俺に語りかけてくる。



 トイレに行ってから制服に着替えるために生徒会室に戻る。



(ガチャ)


 思考停止。否、思考加速。


 リンゴ先輩が目の前で着替えてる最中だった。

 グレーのスポブラをずらしておっぱいの汗をタオルで拭いてる。


 初めて見る女子の裸。思考加速に体が追いつかず未だ動かない。


「ぼーっと突っ立ってどうしたんすか?忍っちも早く着替えないと会長たち来ちゃうっすよ」

「あ、はい」


 ん?いいの。いいのか。いいやつなのか。

 女子は気にするって思ってたけど案外そうでもないのか?

 男としか着替えたことなかったから知らなかったけど、特に気にしないのか。


 これあれか、俺が意識しすぎてたってことか。うわー恥ずい、慣れてないとこういうことがあるからな。そういうの早く知っておきたかった。


 まぁ、いいや。早く着替えちゃお。



「予想通り、いや…それ以上っすね。

 ほぼ全ての種目で完敗。くぁー、忍っちともっと早く出会いたかったっす。


 肉体の成長限界ってやつっすかね、ここ最近は天井を感じてたんす。これ以上は無理なのかなぁって。


 でも今日、忍っちとやってみてわかったんす。ウチにはまだ先があるって。


 途中からは本気だったんすよ?

 男子には負けたくないって思って、計算とか理論とか無視して本能でぶつかってたっすよ。あはは」


 天井か。確かに考え出すとパフォーマンスとかモチベーションにも影響するからな。


「高校に上がってから急にそういうのが湧いてきたんすよ。

 ウチより背が高かったり筋肉ある人を見るとね。この学校だと余計に」



「リンゴ先輩以上にやれる人いるんですか?」

「1人2人じゃないっすよ。なんせここは上を目指す人たちが集まった魔境なんすよ」


 リンゴ先輩以上か。確かにバレー部の部長は見るからに力をセーブしてたしそれでも飛び抜けてうまかった。

 他にもまだたくさんいるのか。


 この学校にも競り合える相手が。



「とまぁ、お互い刺激しあえる相棒として付き合ってほしいっす。ウチじゃ役不足っすか?」


 とんでもない。俺は今日、あなたに出会えて世界が変わったんだ。

 リンゴ先輩以外はありえない。


「こちらこそよろしくお願いします」


 本当に、リンゴ先輩に出会えて良かった。


「マジっすか?とことん付き合ってもらうから覚悟するっすよ?それでも」


 さすがに下着同士ではしゃぐのは世間一般的な常識にはそぐわないと思うけど…。うー、ユニフォームとして見ればいけなくも…ない。か?



「っととと。

 忍っちに引っ張られて1つ上の領域に足を踏み込んだからっすかね、体の節々が悲鳴を上げてるみたいっす。


 ……。アーー、コシガイタイナー。チラッ。

 先輩の腰を揉んでくれる心優しい後輩はイナイカナー」

(チリンっ)


「オットオット、500円玉を落としちゃったっす。イタタタタ、腰が痛くて屈めないなぁ。こりゃ、誰かに頼むしか…」


 生徒会って体育会系だっけ?こんな上下関係ハッキリさせる必要ある組織?


 口と目と態度で圧をかけてくる。

 威厳もへったくれもあったもんじゃない。体育会系の悪い所が出ちゃってるよ。


 それよりどこに隠し持ってたんだ500円玉。



「まぁ、初日なんで先輩の顔を立てますよ。腰だけでいいんですか?」


「ふむ、いい心がけだね後輩君。

 それじゃあ肩とふくらはぎ、それから足裏もやってもらおうかっ」


 こういう上下関係は嫌いじゃない。高校に入ってから、中学の部活を引退してから受けることが無くなった人からの刺激。


 古き良き雑草魂を構築してくれる良い環境なんだ。部活動ってのは。

 それでこそ、人より上に、蹴落としてでも、何よりも勝利を、なんていう欲が育まれるってもんだ。



「マッサージなんで多少痛いと思いますが先輩なら大丈夫ですよね?」


 後輩は後輩らしく、憎たらしい後輩として行こうじゃないか。


「っ!?も、もも、モチのロンチキロウっすよ?」



 その後、生徒会室には「ぐぎぃあ!」「ひぎゃあ!」「まっ、ちょまっ!」「そこはダっ!」「ゆるひてぇ!!」という叫び声が響いたという。




「いつか絶対泣かすっすよぉぉぉおお!!」

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