第13話 俺は人を見下してない、人を眺めてる。そう、達観してるようにね。
13話
「キャーっ!ゴキブリがワタクシのシミひとつない透明感とハリのある綺麗で長い脚のそばを這い回っていますわぁ!」
授業も中盤にさしかかろうとした頃、睡魔との戦いに勤しんでたタイミングで隣の席から上がった悲鳴が教室の端まで響いた。
転入初日の2時間目、すでにクラスに溶け込んだようで、イギィリス人のお嬢様口調はこのクラスの中でキャラとして確立した。
そして、当然のように同じクラスで隣の席にいる。
悲鳴とともに席を立って逃げる時、その長い脚が俺の足を踏んづけた。
(グニィ)
「あら、ごめんあそばせ」
振り向きざまに横目で謝られるも、見下す視線と謝ってるのか分からない不遜な態度は俺の目をひいた。
面白そう。そんな言葉が頭に浮かんだ。
その大柄な態度を受けて初めてまともに顔を見た。
この時だろう、もうしっかり同じクラスメイトなのだと認識したのは。
長い脚のそばを這い回ってるということは当然、俺の視界にも入る。
しかし奇妙。アンナチュラル。
その疑問の先にある答えには野田君がいる。
「くっ、さすがに虫は守備範囲外だなっふ。
今日、今ここで…克服してさらなる高みへの1歩を踏みだ…無理だ、まともに見ることすらできないんだなっふ」
その黒い生物にはモザイク処理が施されてた。素早い動きにも対応していて、追尾フォーカスでも設定されてるかのような、モザイクを背負って這い回ってるような。
それは虫が苦手な俺でも直視を躊躇わない程に濃厚なモザイク。青少年なら恨みつらみを抱くであろうモザイクに俺は今、救われてる。
黒豆が床を滑ってるようにしか見えない。
謎の安心感。
モザイクは考えを変えたのか、痺れを切らしたように教室の後ろを目指して高速移動を始めた。
ウェーブのように悲鳴が前から後ろへと流れてく。
「みんな落ち着け!落ち着いて対処すれば落ち着けるぞ!だからまずは落ち着くんだ!」
モザイク魔法か。待てよ、異世界にはモザイクという概念があるか?ないと思う。野田君独自に創り上げたのかと考えれば無くはないのか。
とすればどんな原理なのかと聞かれれば、俺の頭で考えられるのは光の屈折率を操ってるのかと思う。
それかモザイクの擬態を施してるかだ。
野田君の視界の外ってことを考えると後者の方が期待値が高い。
こっちに来る前に野田君に見られててその時に魔法を施されてたとか。
ともかく光の屈折だと追尾の説得力が薄いという結論に至った。
まぁこれは、1から10まで全部勝手な推測にすぎない。
ホントのところは野田君にしか分からない。
これが野田君の力じゃなかったら逆に怖いから思考停止しておく。
自分に都合のいいように物事を変換しとけば平和が続く。これが通用するのは完全に個人、小さいコミュニティの中でだけだけども。
(ブゥン!!)
野田君のそばに足を踏み入れた瞬間、羽を使って大きく後ろに飛んだ。
そのまま教室のドアまで一直線に飛んでいき、モザイクは姿を消した。
ふふふ、野田君の存在に恐れを抱いたか。
常に死と隣り合わせだから本能で近づいちゃダメな存在だと認識したんだろう。賢いやつだ。
これは野田君と1度、動物園にでも行ってみたいな。それぞれどんな反応するのか気になる。
教室後方の席を持つ中でただ1人、野田君だけが席を立たなかった。
そこに俺の観察眼が目をつけた。
俯いて机と向き合い、足が微妙に震えてるのが見えた。そしてこのモザイク処理という対応。
そこから導き出されるのは、野田君は虫嫌い。
見ない。近寄らせない。虫嫌いの視点から考えられたこの対策っぷりは見事なものだった。
俺もあやかれた。
虫が苦手な人たちへの配慮が行き届いてる。これはもう、為政者の風格が出始めてると言っていい。
恐らくすでに何人かのクラスメイトは野田君との距離感に困惑してるだろう。
近寄り難しというオーラが見える。
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