第11話 いつも全力、信頼するにはそれだけで十分。

「気持ちがこもってねぇぞ!腹に力入れて口を開けろ!腹筋30回やるか?」


 クラスに緊張がはしる。1人の叱責がクラスの空気を変える。


 軍曹。


 言葉遣いや態度から体育会系の人物だと思われがちだが、その実、誰よりも繊細な音階を喉に宿してる。


 クラスメイトへ情熱を与え背中で語り引っ張る、誰よりも情に深い者、それが我がクラスの誇る軍曹。


 軍曹が声を荒らげる理由はもちろん。



「こんなんで合唱コンクール学年1位獲れるはずがない!やるからには1番!取り組むなら全力!

 もう1週間もないんだぞ!いい加減、目覚めてくれよ!」


 その大地を焦がす程に熱い激励に我ら1組は、覚醒したかのように真剣に練習を取り組む事になった。


 普段仲間思いの組長の言葉だからこそ、動く心がある。他の誰でもない、何事にも全力で取り組む組長に自然と心と体が引っ張られる。


 そうさ、あの時もそうだった。


 体育祭の時、当日の怪我で障害物競走に出られなくなったクラスメイトの代わりに出場したんだ。

 運動が苦手で当日まで補欠として練習してた組長は、何度もつまづきながらも気合いで走りきった。

 結果は2位だったけどその成長幅は凄まじかった。誰よりも努力してたのをクラスメイトは全員知ってる。


 スキップできない縄跳びできない鉄棒できないの軍曹が2位を獲った時は体育祭で1番沸いた。


 そう、軍曹は苦手な事にも全力で取り組んで結果を掴み獲ったんだ。なら、負けてられないとみんなが奮起する。


 なぜなら、あんなに運動できない人は初めて見たから。


 なんせ、サッカーでボールを蹴ればボールに乗るし、バスケのドリブルでワンバウンドで1歩しか進めないし、跳び箱ではロイター板に乗ると後ろに跳ぶんだから。


 それでもめげないのがすごいところだ。みんなそれを知ってるから、頑張ろうと思える。

 誰も軍曹の情熱をウザがらない。



 そして気づいたことがある。合唱でも俺は野田君の声を聞き分けられる。

 声の反響を辿ればそこにいる。ついに俺は目だけじゃなく耳でも野田君を感じられるようになった。


 ほら、耳をすまして声を辿った先、瞼を開けばそこに…。



 って、口が動いてないんだけど!?

 目線の先にいたにはいた。今も声が聞こえてる。なのに…腹話術?なんという高等テクニック…と、凡人ならそう行き着くだろう。ナンセンス。


 偽物の可能性も捨てがたいが精巧に作られた人形かもしれない。背中にボタンとかコードがあったり。なんてのも考えて服が透けるほど睨んだけど分からなかった。



 ファンタジー的現実的に考えると相手の脳に直接語りかけてる…は効率が悪いし、俺は声を空気から感じてる。


 よってファンタジー的現実的に残された可能性は思ったことを音にして出す魔法。

 みんなで並んでて全身見えないのが歯がゆい。

 体のどこかでも光ってれば…いや、これもハッシプの可能性もありえるか。


 つくづく俺の興味が尽きないよ野田君。


 その少し音痴な歌がギャップを生んで魅力を感じる。

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