第5話 いいわぁ。ドギマギするわぁ。俺もやりたい。

 野田君は授業中、何かのタイミングで目が光る。今までそれが何か分からなかったけど、今ようやく理解した。


 目を光らせる時は必ず前を見てたんだ。その後はじっと机を見つめる。

 この一連の流れをした時の状況と動作を考えると点と点が線になった。


 あれは黒板に書かれた事をノートに念写してるんだと思う。それが1番理にかなってる。


 前に野田君のノートの中を覗いたけど全部の文字が明朝体だった。まるでハンコ文字みたいに均一だった。


 そういう性格なのかなって思ったけど、どうも野田君は


 決めては手が綺麗だったから。

 野田君は左利きなのに手の横が一切汚れてなかった。左利きが心置きなくノートを取れるのは現代文だけだ。


 もしかしたらスキルで手を綺麗にしてるのかと思ったけどそんなエフェクトは見てない。

 これまで見てきてスキルを使うときは必ずエフェクトが飛んでるを確認してる。


 つまりはノートに字を書いてないって訳、それなのにノートにはびっしりと書かれていた。

 そういうことだよね。


 ふぅ。これでまた野田君への理解度が増した。



(キーンコーンカーンコーン)



 さてさて、やって来ましたお昼の時間。今日も野田君をおかずにご飯をかきこもうか。


 弁当をカバンから取り出していると。


「あのっ、あなたの弟子にしてくださいっ!」


 教室には静寂が訪れ、みんなの視線が1箇所に集まった。

 俺もその流れで教室の後ろへと目線を持っていくと。


 なにぃぃぃぃぃぃいい!!

 野田君に弟子入りだとぅぅぉぉぉおろろ!!



 突如、教室の後ろで行われた弟子入り劇場。

 主演、師匠役野田君、弟子役シマちゃん。


 小柄で華奢な体とクリクリお目目。

 クラス1の小柄なため、誰に対しても不可抗力で必殺の上目遣いとなり、入学早々みんなの庇護欲を刺激してしまった。


 シマエナガのような愛くるしさからシマちゃんと呼ばれるようになった。


 悔しいが俺の目も2人を前にして左目は野田君、右目はシマちゃんと分けざる負えない。

 この俺から、しかも野田君を前にして視線を奪うなんて、なんて凶悪な愛おしさ。

 舌を噛んでないと左目も持っていかれそうだ。くっ。



 計算され尽くされた所作。

 頭を下げてからの上目遣い。これはただの上目遣いで処理することのできない案件だ。


 頭を下げたことで僅かに普段よりも距離が空いた、そこからぐいんっと顔を上げて距離が縮まった。潤みを宿した純黒の瞳がいっそう近くに魅力的に感じでしまう。


 これが磁気を宿したシマちゃんマジックだ。

 近づけば近づくほど引き寄せられる。

 野田君は動いてないのに自分から近づいてるように感じてしまう現象だ。これはもはや引力。惑星同士の衝突になりかねない。


 恐ろしいことにこれを拒絶できた者はいない。



「弟子ってなんの弟子かな?」


 なにぃ!?シマちゃんマジックが効いてないだとっ!

 シマちゃんマジックの前では承諾、受け入れ以外の選択肢は無いと思われてたが、それを野田君はワンクッション置いた!疑問文で返しやがった…。感嘆。言葉も出ない。


 なんという胆力、もしやなにかのスキルか!

 精神系の耐性をスキルで獲得しているのか!

 いや、さっき自分で否定したじゃないか、スキルを使うときはエフェクトが発生すると。


 待て、これがパッシブスキルってやつか。それなら納得いくぞ。常時発動型のスキルはエフェクトが発生しない。そう仮定したならば矛盾はしない。


 耐性付与も回復も念写もその時使おうと思って使うアクティブスキル。

 教室から消えて現れた時もそうだ。あれはエフェクトだ。


 スキルも無しにシマちゃんマジックを回避できるとは到底思えない。つまり地球の常識を超えた何かの力が働いてないと説明できない。


「あ、ごめんなさいっ。つい前のめりになりすぎちゃいました」


 こほっ。謝る姿は光を纏った天使か。

 周囲をキラキラが、エフェクトが発生してるのはこれは幻か、シマちゃんマジックの隠された力か。


 口を結んで眉根を上げる。ただ、シマちゃんがやるとそれは、ぶりっ子の域を凌駕したぷりんぷりんっ子。


 いくら摂取してもしつこくなく重くない、いくらでも受け入れられる。にも関わらずカロリーは高い。しかしそれに気づけない。

 気づいた時にはシマちゃんに溺れている。


 自然の摂理を超越している。これがシマちゃんマジックの真髄。境地か…。



「えとえと、マフラーを編みたくて、でも動画とか見てやっても上手くいかなくて、それで手芸部の人に教えてもらえないかなって…ダメかな?」


 こほっ。

 夏休みの宿題を家に忘れて先生に怒られた時に使って見事に堕としてみせたあの技をっ。


 絞りに搾ってからの…ダメかな?


 必殺すぎるて。


「それくらい全然構わないよ。今日からする?」


 知ってた。シンプルに野田君優しいから。シマちゃんマジックがあってもなくても断らないの知ってた。


 今日からする?は?今からするんだが?



「お願いしますっ!師匠!」


 ふんすっ!気合いの入ったいい返事だ。胸まで上げた握りこぶしはかわいい。


 結果、何をしてもかわいい。



 あ…手芸部入りたい。

 手取り足取り教えてもらうんだ。「ここは?」「こうだよ」「これは?」「こうだね」隣合って微笑みながら教えてもらう。


 「ここは少し難しいから一緒にやろうか」って言われて密着して手を握られて野田君のマフラーを編みたい。


 差し支えなければ初めての共同作業って認識でいいですか?


 あー、幸せすぎて吐きそう。

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