第3話 誰に対しても優しいんだと思っ
あ、巨匠(きょしょう)が筆以外を持ってるの珍しい。授業でも筆でノートに書いてるし、お弁当も箸専用筆で食べてるからてっきり筆より重いものは持てない系マインドでやってると思ってた。
巨匠はクラスメイトの1人で学校では有名人。
美術部に所属してて、普段水彩画を描いてるんだけどそれがとにかく凄い。
巨匠が描いた絵は観たものの心を穏やかにする力がある。
現に俺もその恩恵を受けたことがあるんだけど、あれは実際に体験してみないとわからない。
噂では学校1の不良を公正させたとか、働きすぎのストレスで不眠症の先生を一目で眠らせたとか、コンビニ強盗に普通に買い物させたとか、まことしやかな噂が飛び交ってる。
正直信じてる。
芸術で人の心に影響を与えるってことでみんなから巨匠って呼ばれるようになった。
教室のドアに絵が飾られてるから朝教室に入る時はみんな笑顔。
数学の大橋先生は、その屈強な外見と入室笑顔によるギャップで余計に怖がられてる事に気づいてない。
大橋先生に限っていえば、絵を観ないで入ってきてほしいが残念ながらそんなことを言える人はいないのだ。怖いから。
とまあ、そんな巨匠が珍しくスマホをいじってる。口数が少なくミステリアスで、クラスでも誰かと話してるのをあんまり見ない。
かなりの速さでフリック入力をしてるのを見ると誰かとやりとりでもしてるのだろうか。
これ以上は妄想が捗らないと思って視線を後ろに移すと野田君もなにやらスマホをいじってるではないか。
まさか2人でこっそり秘密のやりとりを……なんてね。このクラスを何ヶ月か観察してきたけどこの2人に接点は無いと見てる。
視界の端で2人がほぼ同時にスマホをしまったのが頭の片隅に強く残る。
授業中、変な妄想が頭の中を駆け巡る。
もしかして2人は蜜月な関係だったり…教室で話せないわけがあったり…。
いやいや、そもそも連絡取り合ってるって決まってないし。妄想もやりすぎると心に悪い。
「面倒なこと頼んでごめんね。ありがと」
「いいよいいよ。これくらいならいつでも頼ってよ、クラスメイトなんだから」
先に言っておくけど、野田君の後をこっそりついて行ったわけじゃない。断じてストーカーではない。
放課後校舎内をブラブラしてたらたまたま野田君の声が聞こえただけだから。
決して下駄箱とは反対方向に野田君が歩いて行ったから気になって後をつけたわけじゃないから。
偶然を装ってばったり遭遇なんてそんな下心一切無いから。
場所は美術部の部室。中には野田君と巨匠の2人きり、2人の関係性はどれほどのものかこの目で。
「むしろ部活でこういう取り組みもありかなって思って」
「手芸部が服の修復をするの?」
「そう、例えば野球部の膝当てとかやってみたりしたいなって、背番号縫ったり」
「社会貢献ってやつだ」
「それ、文化部ってあんまりアピールする機会ないからさ。部員少ないし」
「いいじゃん」
「巨匠がお客さん第1号ですっ」
「とても満足する仕上がりになってます」
「ご利用ありがとうございました」
なんだなんだこの微笑ましい空間はっ!
それに野田君が手芸部だったとは…人間観察が生きがいの俺の目をすり抜けていたとは恐ろしい。
俺も言われたい。ご利用ありがとうございましたって言われたい。袖を破るか?いや、いきなり話しかけたら変なやつって思われる。
それに俺の服を直したところで野田君にはメリットがひとつもないじゃないか。
自分本位な接触だけはしたくない。関わる時は必ず野田君にとってのメリットを引っさげてからだ。それが前提条件だ。
「ちょっと御手洗に。今日はありがと」
「うん。またいつでも待ってるよ」
部室から出てきた巨匠から隠れてやり過ごす。
ふぅ。野田君はまだ部室の中に……何してるんだろう。ちょっとした好奇心だ、窓から姿だけでもこの目に写させて。
「防護を付与。防汚を付与」
(ピカーン!!)
野田君が服を着た等身大マネキンに触れてつぶやくと、強く光だしてドアの窓ガラスから廊下に光が漏れてきた。
うひょぉ、巨匠がいなくなったからって大胆に使うね。危うく失明しかけたよ、今も目線の先には変な黒点が見えてる。
と、野田君はスッキリした顔で部室を出ていく。
今日はもう帰ろう。
教室の前を通って心を落ち着かせてから学校を出る。
野田君、優しいなぁ。
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