「好き勝手やってるのに成績が下がってないのは、そういうことだったんだな」

 陽太くんのお父さんは、私をじっと見ながら言った。

 無愛想だけど怖いと感じない。陽太くんのお父さんだからだろうか。


「私の家で勉強しようって話になったので、陽太くんの教科書を取りにきました」

 陽太くんはお父さんを見ようとしない。何も言わないからフォローしてしまう。余計なことを言ったかな。


「これからも、ときどき先輩の家で勉強するから晩飯いらないから」

 陽太くんはそう言ったあと、靴を脱いで教科書を取りにいこうとしたようだった。


「待て。早瀬さんの親御さんは大丈夫か?」

「は? なんでそんなこと……。先輩のお母さん、夜は仕事でいないんだよ。お父さんは……いない」


 お父さんも靴を脱いだ。陽太くんの行く手を阻むように立ちふさがっている。


「そうなのか。羽目はずさないようにしろ。自分で稼げるようになるまで無責任なことはしないように。わかったな?」

「なんだよ。先輩の前で言わなくていいじゃねぇか」

「二人揃ってる今だから言ってるんだ。避妊したらいいわけじゃないぞ。責任取れないことを考えなしにするなと言ってるんだ。早瀬さんは進学校に通うくらいだから大学進学も考えているんだろう? 早瀬さんを大事に思うなら」

「うるせぇな。わかってるよ。だから俺は中学でたら就職するんだよ。先輩とのこと、ちゃんとしたいから俺なりに考えてる」


 顔を赤くしながら、陽太くんはお父さんをまっすぐに見ている。


「そうか。それなら学校もちゃんと行け。真剣に考えてるなら、就職するために今やるべきことをするんだな」


 お父さんはそこまで言うと、玄関のすぐそばのドアを開けて去っていった。

 陽太くんは照れくさそうにしながら、階段を駆け上がる。しばらくして、教科書や筆記用具をいれたバッグを持ってきた。


「親父、怖くなかった?」

 陽太くんがバッグを自転車のかごにいれながら言う。

「怖くなかった。陽太くん以外の男の人で平気だったのは初めてだよ」

「あんなツラしてんのに?」

「陽太くんのお父さんだからかもしれない」

「そういうもん……なのか」


 自転車に乗ってから、私の家までは無言だった。私の家で二人きりというので緊張していたんだと思う。お父さんとの会話の内容を思い出すと照れくさくなってしまったのもあった。


 家について玄関の鍵を開けると、やっぱり誰もいなかった。

 洗濯物を取り込んだままのリビングのテーブルに手紙が置いてあるのを見つけた。


『洗濯物、たたんでおいてね。ご飯は炊いてあるから適当に作って食べておいて。いってきます。母より』


 雑然としたリビングを陽太くんに見られたくなくて、私の部屋に移動した。

「机の上とか少し……散らかってるけど……」

「じゅうぶんきれいだと思いますけど」


 陽太くんも緊張しているらしく、敬語になっていた。

 部屋の真ん中に折りたたみ式のテーブルを置く。座布団を配置してから、私は台所に飲み物を取りにいった。


 二人きりだからって意識しすぎたら勉強できない。いつものような雰囲気……いつも、どうしてたかな?

 

 部屋に戻って、麦茶をいれたコップをテーブルに置く。


「お腹すいたら言ってね。簡単になにか作る」

「まだ、大丈夫」

「勉強は、どの科目にする?」

「じゃあ数学……」


 私が一年のときのテスト問題を陽太くんに解いてもらう。それで、間違えているところやわからないところを教えていった。

 気がつくと二時間近く経っている。


「おなかすいたね。何か作るね」

 私が立ち上がろうとしたとき、陽太くんは私の手を取った。

「さっきの親父との話だけどさ、俺、本当にちゃんと考えてるから」



 

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甘い夢をみていた ――続・ささくれに絆創膏―― 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu

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