三
図書館を出て、自転車に乗る。
陽太くんの自転車は、図書館の駐輪場に置いたまま。海までは私の自転車一台で。
陽太くんが風を受けながら、自転車をこいでいく。私は後ろで陽太くんにしがみつく。
日差しは暖かいけど、潮のにおいのする風が少しだけひんやりとしている。
「寒くないっすか」
「大丈夫だよ」
いつもの防波堤が見えてきた。
自転車をとめて、陽太くんの手を借りて高い防波堤にのぼってみる。
「先輩は将来の夢、なんですか」
「考えたことなかったな……」
小さい頃は、お嫁さんになるって言っていたかもしれない。親が喧嘩をしているなんて知らなかった。
お父さんと結婚するって言ってたと、あの人が薄笑いで話してくれた。
「学校の先生かな……」
陽太くんに勉強を教えはじめてから、少しだけ考えたことがある。でも大学進学するのは考えられない。
早く自立して家を出たい。高校卒業したら、就職でいい。
「先生か。先輩ならなれそうですね」
「やっぱり違う。家から出られるならなんだっていいかなあ」
「じゃあ、俺は中学卒業したら就職して、先輩を」
「陽太くん、高校に進学しないの?」
きつい口調で話を遮った。
陽太くんの未来を縛りたくない。
言いかけた話を全部聞いてしまうと、ずっとごまかしてきた気持ちに対峙しなきゃいけなくなる。
友達みたいな先輩と後輩の微妙な甘い関係が終わってしまう。
「先輩は、俺が高校行かなきゃいけないと思うんですか? 親父なんかさっさと中学卒業して働けって言います。自分がそうだったから……」
「陽太くんが早く働きたくて、やりたい仕事に早く就きたいならそれでいいと思うけど」
「社会人になったほうが先輩を守れそうだけど……」
あの家から連れ出してくれるってこと?
陽太くんと私が一緒に住むってこと?
それよりまず、お互いの気持ちがどうなのかって……そこが重要だと思う。
「陽太くんは、まだ中一だから。焦らずゆっくり考えなきゃ。私を守るとかじゃなくてさ。自分の夢をちゃんと持とうよ」
「夢ですか? 先輩が安心して過ごせて、先輩が好きなことを楽しめるようにできる場所を、俺が守る。夢というより、今の状態から先輩をしんどくさせるものを消し去った場所で、今みたいに一緒に」
それって……プロポーズのような。告白のような。
「聞いてる?」
「うん……」
「言ってる意味、わかってますか?」
「わか……わかるけど、それは、陽太くんが私を」
「一緒にいたいって、そういう意味だから。はぐらかさないでくださいよ。いつもごまかそうとしたり、話を変えたりして、俺が言えないようにしてきたから」
「だって、友達とか先輩と後輩のほうが、一緒にいられなくなったときのダメージが少ないじゃない?」
怖かったから、はぐらかしてきたのに。将来の夢の話をしてしまったから。
「悪い未来なんか想像しなくていい。俺が中学卒業するまで、いろいろ頑張るんで。先輩が俺をどう思ってるかだけは知りたいけど、今すぐ返事してとは」
嬉しい。
陽太くんが私を思ってくれている。私を連れ出そうと、頑張ってくれる。はっきりと言わないのは照れてるんだろう。純粋さがかわいくて、抱きしめたくなる。
「いつか現実になるんだよね? その夢を一緒に見たい。そう思うと頑張れそう」
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