「二個も食べられると思ったんですか?」

 陽太くんはため息をついたあと、「仕方ないな」と言いながら食べ始める。

「食べるつもりで選んだはずなんだけど……」

 私の言葉は、聞こえないふりをしているらしい。不機嫌になるどころか嬉しそうに見えるから。

 ドーナツが好きだから嬉しそうなのか、それ以外に何かあるのかわからない。陽太くんは、もくもくと食べている。三個目のドーナツ……苦しくないのかと心配になりながら、その様子を見つめていた。

 

 私のために強くなると言ってくれるけど、その言葉にある本当の気持ちがどうなのか、陽太くんは言わない。

 好きじゃないとそんな言葉は出てこない。間接的に告白しているようなものだとわかっていても、今の関係性や雰囲気が変わるのが怖い。


「そんなに見ないでください」


 陽太くんはドーナツを食べ終わり、ふてくされた顔で私を見ている。かわいいなんて言ったら怒りそうだから言わない。

 まだ中学一年。悪ぶってたばこを吸うけど、知り合った頃の数カ月前までランドセル背負っていたんだ。

 そんなことが気にならないくらい、私は陽太くんを頼りにしてきた。


「ガキ扱いすんなよ。先輩だってそんなに変わらないだろ?」


 私はどんな目をして陽太くんを見ていたんだろう? かわいいと思っていたのがバレるはずはないのに。

 

「ガキ扱いしてないよ」

「実際、ガキなんだよ。四月から先輩は高校生、俺はまだ中学生」


 陽太くんは言動の端々から、私に対する気持ちを明らかにしようとする。

 言葉ではっきり言わなくてもわかるだろ? そういう目が私を自惚れさせる。『私も同じ気持ちだよ』と言ってしまえたら、楽になるのだろうか。


「時間があるとき、今まで通り、勉強を教えるよ。高校生になっても、何も変わらないから」

「変わらないって断言しても、みんな変わっていくんだよ。……親父だってそうだったし。だから俺は、変わらないなんて言わない。強くなって、先輩を助ける」


 陽太くんの“強くなるから”という決意がどれだけのものか、このときの私はまだ、あまりわかっていなかった。

 

   ✳ ✳ ✳


 春休みの間は、私は高校から出た入学前の課題に追われながら、陽太くんとの約束も果たしていた。

 地頭が良いみたいで、教えていると理解の早さに驚くことがある。

 真面目に勉強を続けていれば、東校も受かるんじゃないかと思うくらい。

「今から頑張れば、東校受けたら合格するかもよ?」 

「先輩と同じところに通えたら、そりゃあ……嬉しいですけど。でも勉強より強くなることのほうが俺には」

「強くなってどうするの?」

「先輩がどこにいても安心して過ごせて、イヤな男に怯えなくて済むくらい強くなる。県北で一番強いと言われた鍵屋晴月を超えるくらいになれば……」


 強さって喧嘩に勝つだけじゃないと思うけど、今の陽太くんには言えない。


 男の人が怖い、苦手、というのは、簡単にはなおらない。でも一時期より、マシになった気がする。

 あの人のことはまだダメだけど。


「勉強はこれくらいにして、今日は暖かいから海に行こう?」


 図書館の時計を見ると、四時過ぎ。

 昨日の夜から、あの人がうちに来ている。まだ、家に帰りたくない。




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