第3話 はなさないで。

 俺と相川は学校からの帰路についていた。

 ゴロゴロと雷鳴が聞こえ、すぐに土砂降りが降り注ぐ。

「マズい」

「きゃっ。冷たい」

 男女平等。関係なく雨は降り注ぐ。

 俺たちはずぶ濡れになり、シャッター商店街の一つの屋根の下に収まる。

「濡れちゃった」

「そうだな」

 制服が濡れ、相川のお胸が透けて見える。

 水色のブラジャーが見えて、ドキドキしてしまう。

「あー。相川さん」

「なに?」

「胸」

 それだけを告げると、相川は小さく悲鳴を上げて、胸を隠す。

「見ないで」

「すまん……」

 顔を背ける。

 雨は一向に止む気配はない。

「相川さんは家、ここから近いか?」

「ううん。ここから電車で二つ」

 ふるふると首を横に振る相川。

「あー。じゃあ、うちにくるか? とりあえず乾燥機があるし……」

「ほんとう!? 行く!」

 真っ直ぐな視線に俺はたじろぐ。

「分かった。行こう」

 俺は確認のために応える。

 あの相川が俺の家に来る。

 なんだか緊張する。

 彼女をもてなすことができるのだろうか?

 俺は相川の手を引いて、自宅に向かう。

 両親は共働きだし、妹はピアノ教室。

 今、俺の家には誰もいない。

「あー。俺と二人っきりだから、緊張しなくていいぞ」

「え」

 相川は驚いたように目をまたたく。

 家に上げると、俺は真っ直ぐに洗面所兼更衣室に向かう。

「相川さんはここで着替えて。俺は自分の部屋で着替えるよ」

「うん。ありがとう」

 俺は着替え終わると、彼女が代わりに着れる衣服を探す。

 ワイシャツとジーンズくらいなら?

 うーん。分からない。

 だが、制服が乾くまでの時間だ。

 少しぶかぶかかもしれないけど、いいよね?

 こんな経験ないから、分からない。

 洗面所の前に衣服を置くと、俺はドア越しに声をかける。

「ここに衣服置いておくから、着て」

「うん。ありがとう」

 俺は台所に向かい、お湯を沸かす。

 洗面所のドアが開く音が聞こえ、衣擦れの音だけが聞こえてくる。

「着替え終わった?」

 俺がこちらに向かう足音に顔を向ける。

 とそこにいたのはワイシャツ一枚の相川だった。

「ど、どうした!? ジーンズは?」

「ぶかぶかで落ちるんだもの」

 恥ずかしそうに身をよじる。

 その方がよほどエロいんだけどね。

「そ、そうか。コーヒーと紅茶どっちがいい?」

「紅茶」

 俺は心臓を落ち着かせるために、お湯を紅茶パックに注ぐ。

 色づいてくる飲み物。

 俺は食卓にある椅子に彼女を連れていくと、紅茶を差し出す。

「お風呂沸かすぞ」

 俺は彼女を真っ直ぐに見つめることができない。

 その足で、お風呂を沸かし、十分後には入れることを確認する。

 一呼吸置いて、俺は彼女の制服を乾燥機に入れる。

 と、そこには水色の下着が。

 え。これどうすればいいの?

 乾燥機にかけちゃマズいよね?

 悩むこと数分。

 俺は決断する。

 見なかったことにしよう。

 乾燥機を起動させて、制服を乾かす。

 俺は食卓に戻ると、そこにはうっとりとした顔を見せる相川の姿があった。

「ふふ。なんだか楽しいね」

 二日前のような事件があったとは思えない顔。

「そうか。それは良かった」

 紅茶をゆっくりとすする相川。

 俺もその正面に座り、同じく紅茶をすする。

「相川さんは、……いやなんでもない」

「うん?」

 俺は何を言いかけたのだろう。

 モヤモヤする気持ちが心の中で膨らんでいく。

 エアコンが適切な温度にしてくれている、というのに――。

「ちょっと熱いかも」

 相川はそう言い、胸の辺りをパタパタと扇いで見せる。

 その隙間から見える小さな膨らみが二つ。

 俺は意識をしてしまいそうになり、顔を背ける。

「そうか。ならエアコンの温度下げるか?」

「大丈夫だよ。ふふ。可愛い♪」

「どういう意味だよ」

「なーんでもない」

 お風呂が沸いた音が鳴り、俺は立ち上がる。

 すると相川も立ち上がり、俺の胸の中に飛び込んでくる。

「わたし、石田くんが好き。好きになっちゃった」

 そう言われると自然と抱きしめている俺がいた。


「離さないで」

 そう言って腕の中に収まる彼女は小さく囁く。

 脱いだワイシャツが腕の辺りで止まる。

「わたしと一緒にいて」

 触れあう肌と肌が緊張と羞恥をもたらし、熱を帯びた艶やかな声が耳朶を打つ。

 柔らかなシミ一つない白い肌が吸い付くように触れあう。

 甘くミルクのような香りが鼻をくすぐり、俺は抑え込むので必死だ。

「もうちょっと。もうちょっとだから……」

 いつまでも甘えていてはいけない。

 そう思ったのか、相川は頭をこすりつけてくる。

「いいよ」

 俺は柔らかな声で彼女に告げる。

「……うん。ありがとう」

 相川は静かに頷く。

 嬉しい。

 このまま、一緒にいられるのは幸せと噛みしめていると、にへらと笑う相川。

 可愛い。

 俺の彼女がこんなに可愛いなんて。

「もうそろそろする?」

 熱っぽい妖艶な笑みを浮かべてこちらを見やる相川。

 ハッキリ言ってエロい。

 すごく俺のエクスカリバーが反応をしている。

「そう、だね」

「初めてだから、優しくして、ね?」

 相川はそう言い、俺から離れると、最後の一枚であるワイシャツを完全に脱ぐ。

 そこには男なら一度は触れてみたいおっぱいがあった。


 俺と相川は愛を確かめ合い、その夜を過ごした。


 楽しかった日々も、辛かった日々もあったけど、今こうして幸せの絶頂にいる俺たち。

 もうはなさない。

 この大切な日々を忘れはしない。

 彼女との思い出を一枚一枚重ねていくんだ。

 そうして紡がれた物語を俺は大人になっても、老人になっても振り返り、噛みしめる。

 世界はそうして少しずつ幸せを増やしていく。

 そういうものなのかもしれない。

 相川は少しまどろむような顔を見せる。

 そんな顔も愛おしいと思える。

 素敵だと思える。

「わたし、石田くんと出会えて良かった」

「なんだよ。急に」

 俺は照れ臭くなり、誤魔化すように言う。

「良かったの。そうでなかったら、こんなに幸せじゃない」

「俺も、幸せだよ。相川さんと出会えて良かった」

「ふふ。ありがと」

「こちらこそ、ありがとう」

 俺たちはお互いに感謝する。

 乾燥機の完了の音が鳴り響き、俺は急いで乾燥機に向かう。

「終わった?」

「ああ」

 俺は乾燥機から制服を取り出す。

 ふと視界に入る下着。

「あ」

「ん」

 二人して顔を背ける。

 赤く染まった頬は彼女の可愛さを引き立てている。

 そそくさと下着を回収する相川。

「じゃあ、また明日」

「うん。明日」

 ドア越しで制服に着替える相川。

 俺は玄関まで送り届けると、下着の入った袋を渡す。

「今日はありがとう」

 相川は静かに微笑む。

「あ。連絡先だけ、交換しないか?」

「うんっ。そうだね」

 嬉しそうにはにかむと、LIONライオンの連絡先を交換する。

「じゃあ、今日は楽しかったよ」

 楽しかった。

 何が?

 それを聞くのが怖い。

 聞く必要もないかもしれないけど。

「そうだね」

 玄関先にある傘を渡すと、いよいよ別れることになった。

 いつまでも傍にいて欲しい。

 そう思い、送り出すのを躊躇ってしまう。

 最後に。

 そう思い、俺は相川の手を取り、そっと彼女の唇にキスをする。

「んっ♡」

 甘い吐息が何よりも幸せで、エッチくて、そして萌えた。

 尊いと感じるのはこの瞬間のためにある言葉だったのかもしれない。

 数分に満たない、軽いキス。

 唇と唇が触れるだけのキス。

 それなのに、俺は高ぶる気持ちの全てをぶつけていた。

「じゃあね」

 小さく手をふり、玄関から出る相川。

 空はすっかり晴れ模様。

 本当に相川が天気を操っているんじゃないか、と疑問に思うほどだ。

「いい天気」

「水たまりに気をつけて」

 俺はそう言うと、相川はスカートを翻す。

「うんっ!!」

 その笑顔をいつまでも、どこまでも守りたいと思った。

 俺は彼女を幸せにしたいとも思った。

 これから先、まだまだ過酷な運命が待っているかもしれない。

 それでも彼女と一緒にいたい。

 ずっと傍で守りたい。

 ずっとずっと仲睦まじくいたい。

 全ての困難を、彼女となら超えられる。

 そんな気がする。

 それでよい気がする。

 俺も幸せだった。

 相川も幸せと言っていた。

 それだけで俺は満足だ。

 満足した。

 高校生の五月。

 俺は幸せを手にした。

 絶対に守るべきものができた。

 幸せになれば、みんなが幸せになればもう二度と争いのない、優しくて、暖かい世界になるのだろう。

 この幸せの輪を広げていく。

 それが平和につながると信じて。

 だから俺はまだ頑張れる。

 幸せを広げるために。

 みんなを幸せにするために。

 そのために人は生きているのかもしれない。

 誰かにとって、誰かが愛し、慈しむのだろう。

 そうして世界は混沌から脱出し、幸せになれる。

 きっとそういうことなのだろう。

 俺にとっての相川が、そうであるように。


 LIONに通知が来る。


 ――はなさないで――

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モブくん、わたしをはなさないで。一緒にいて。 夕日ゆうや @PT03wing

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