『KAC20245』はなしても良いが、どうなっても知らないよ。

シーラ

第1話

ハイキングをしていたら、道に迷ってしまった。だけど、しばらく山道を行くと舗装路にでた。駅までの案内板もある。ほっと息をつき、よかったと独りごちる。

予定ルートの隣を歩いてきてしまっていたのだ。もう迷わないぞと意気込みながら、案内通りに最寄りの駅に向かって歩き出す。


しばらくして、電車の音が聞こえてきた。やっと帰れる。このまま道なりに、高架下を潜れば駅のようだ。


「堪らないなぁ。」


ふと、男が一人。高架下の壁から伸びる、3メートル程の黒く太い紐を握り撫でている。此方に気が付くと笑顔を向けてきた。


「こんにちは。」


「こんにちは。何をしているんですか?」


「これですか?この地域では、この紐を触るとご利益があると言われておりまして。知りませんか?」


「いいえ。」


「何とも心地良い触り心地で。手を離したくなくなる程に気持ちが良い。」


紐を見れば、ビロードの光沢をしていて触り心地良さそうだ。


自分も触りたいと言うと、どうぞとかわってくれた。握ってみると、確かに触り心地が温かい………いや、これは生き物の尻尾だ。慌てて手を離そうとしたら、男が止めてきた。


「手を離してはいけません!」


「な、なんですかこれはっ!?」


壁の中から、何かの呻き声が聞こえてくる。それに合わせて紐が少し揺らめいた。恐怖に足が震える。


「替わってくださり、ありがとうございます。これで私は帰れます。これはですね、人が握る事で封印されている獣だそうですよ。…絶対に離さないで下さいね。」


相手は軽やかに、駅方面に向かい歩いて行った。どれだけ叫んでも誰も来ない。電車の音が時折聞こえてくるだけ。

日が沈み、辺りが暗くなる。時折聴こえる獣の呻き声に揺らめく尻尾。これは現実だ。灯が灯り、いよいよ自分の身に置かれた状況が目に見えてきた。


こんな場所、いつ人が通るかわからない。どうしようと混乱しつつも覚悟は決まっていた。

さっきのあの人のように、上手くやらなくちゃ、と。

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『KAC20245』はなしても良いが、どうなっても知らないよ。 シーラ @theira

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