【コント】父の誕生日

あそうぎ零(阿僧祇 零)

父の誕生日

  朝のダイニングキッチン。

  父、母、息子(小4)の3人で、朝食をとっている。


母 今日はパパの誕生日だから、夕ご飯はお寿司だよ。

息子 わーい!

父 商店街の「どどめ寿司」から、出前を取るんだ。

母 奮発して、最上級超超特上の「つた」よ。

父 何で最上級が蔦なのかね? 普通、松とか竹とか……。

母 蔦は、木の中で一番強いからじゃない?

息 一番強い?

母 ほかの木に巻き付いて、絞め殺しちゃうの。

父 怖い木だな。

息 この部屋で、東海道新幹線N700Sを走らすんだね?


  父母、不思議そうに顔を見合わせる。


息 だって、お寿司は新幹線に載ってくるもんでしょ?

父 それは、回転寿司の話だろ。

母 昇太しょうたは、回転寿司しか行ったことないから。

父 お寿司屋のお兄さんが、新幹線に乗って運んでくるんだよ。


  息子、怪訝けげんそうな顔をする。


父 あのな、昇太。今晩の事は、同級生に

息 え?

父 特に、里奈りなちゃんには、絶対に

息 どうして?

父 ママの誕生日に、ピザ屋から「超豪華スペシャルコーンピザ」を取ったろ?

息 うん。

父 その時、里奈ちゃんや里奈ちゃんの友達が来ただろ?

息 うん。僕が話したからね。

父 それで、どうなった?

息 みんな、美味しいって言ってたよ。

父 パパに口には、コーンは一粒も入ってこなかったぞ。

母 今日はパパの誕生日だから、パパの言うとおりにしてあげなさい。

息 分かった。できるだけ努力するよ。

父 里奈ちゃんのお父さんは、大金持ちなんだろ?

母 ええ。大企業の社長だって噂よ。

父 なのに、その娘は何であんなにがっついてるんだ?

母 昇太のいる前で、同級生の悪口は止めてよ。

父 食い物の恨みは怖いんだ。じゃあ、行ってきます。


  暗転。


  ダイニングキッチン。夜。

  母、息子、同級生6人が、ダイニングテーブルを囲んでいる。

  下手しもてから、スーツ姿の父が登場。


父 ただいま。

他の全員 お帰りなさい。

同級生たち (声をそろえて)お邪魔してまーす。


  父、昇太を睨みつける。昇太、身を縮める。


母 パパ。着替えて、早く来てね。


  父、憮然たる表情で上手かみてに去る。


息 (里奈たち同級生に向かって)どどめ寿司で一番高級なお寿司が来るから、遠慮しないで食べてね。

同 うん。


  普段着に着替えた父が、上手から登場。テーブルに着く。

  「ピンポーン」とチャイムの音。


母 来たわね。私が受け取ってくる。


  母、下手に去る。

  母、すぐに寿司桶を持って戻ってくる。寿司桶をテーブルの真ん中において、自分も席に着く。


母 じゃぁ、始めましょう。パパ、誕生日おめでとう!

息・同 おめでとうございまーす。

里奈 これ、私たちからのプレゼントです。


  里奈、おしゃれなデザインの紙袋を、父に渡す。


父 ありがとう。

里 開けてみて下さい。


  父、袋を開けて、カラフルで扁平な紙箱を取り出す。


里 「メルシー」の「こってり練乳掛けアンコ味」だよ。

父 キャンディーだね。

里 うん。メルシーは、もうすぐ発売停止になっちゃうんだ。

父 新聞に出てたね。

里 お誕生日のお祝いに、みんなでメルシーの歌を歌います。


  父母、拍手。

  息子と同級生たち、歌い出す。


  (適当な節回しで)

  「忘れもしーなーい、この味ー、

   あなたにーはー、分からないでしょー。

   ほーら、メルシーィー、舐めろよー、メルシー」


里 「あんたには、メルシー、あげない」


  父母、苦笑しつつ拍手。


父 それって、ずいぶん古いCMソングじゃないの?

里 うん。そうだよ。

父 よく知ってるね。 

里 お父さんの会社が作ってるお菓子だから。

母 あら、そうだったの!

里 あたしが、「これ、時代遅れの味」と言ったら、生産停止が決まったの。

父 へー。

里 こってり練乳掛けアンコ味だけは好きだから、残してと言ったんだけど。

母 残るの?

里 1種類だけ残すのは無理だって。

母 それは残念ね……。さあ、お寿司食べましょ。

同 わーい!


  父、寿司に箸を伸ばそうとする。


母 パパ! 待って。せっかく来てくれたんだから、子供たちが先、大人は後よ。


  父、恨めしそうに手を引っ込める。


息 じゃぁ、里奈ちゃんから、席の順番で取ってね。その後は僕。

父 子どもには、ワサビがきついんじゃないか?

息 僕がどどめ寿司に連絡して、サビ抜きにしてもらったから大丈夫。


  父、昇太を睨みつける。昇太、身を縮める。


里 遠慮なくいただきまーす。あたしは、やっぱり大トロ!

同1 あたしは、数の子!

同2 僕は、渋くノドグロにする。

同3 あたしは、ウニだな。

同4 あたしは、アワビよ。

同5 僕は……、うーん、車エビでいいや。

息 僕は、イクラ。

母 パパの番よ。

父 ママ、先に取れよ。俺は最後でいい。

母 そう。じゃあ、私はブリ。パパ、どうぞ。

父 ああ。

母 あれ? カッパ巻きでいいの?

父 俺はこれが一番好きなんだ。

母 初めて聞いた。

里 おじさん、ねてるの? 

父 え? 子どもじゃあるまいし。

里 食い物の恨みは怖いっていう諺があるんでしょ?

父 よく知ってるね。

里 昇太君から教えてもらったの。


  父、昇太を睨みつける。昇太、身を縮める。


父 ところで、里奈ちゃんたちは、家でも夕ご飯食べるんでしょ? ここでたくさん食べると、家で食べられなくなるよ。

里 大丈夫。ウチ、今日の夕ご飯は外食なんです。

父 外食? じゃあ、そろそろ帰る?

里 このお寿司が、外食です。

父 お父さんお母さんは?

里 駅前の「ファウル軒」でラーメン食べるって。

父 夕食にラーメン!

里 本当の金持ちは、意外に質素なの。


  暗転。


  ダイニングテーブルに、父母、息子。


父 やっと帰ったな。

母 育ちざかりね。よく食べたわ。

父 昇太! 「」と言ったはずだが。

息 うん。でも、夫婦の間に秘密があるのは、良くないんでしょ?

父 それは、そうだが……。話を逸らすな。

息 僕、大きくなったら、里奈ちゃんと結婚するんだ。

父 は?

息 里奈ちゃん、僕をお婿さんにしてくれるって。

母 そうなの⁈ 逆「玉の輿こし」ってやつね。

父 でかしたぞ! 昇太。

息 パパが、金持ちのくせにがっついてるって言った事も話したよ。

父 そんな事まで話したのか! お前、馬鹿か。

息 秘密を作っちゃいけないから。パパ、今後は言動に気を付けた方がいい。

父 里奈ちゃん、怒ってたか?

息 怒ってなんかいないよ。

父 ほー。いい子だね。

息 でも、将来、パパと一緒のお墓には絶対に入らないってさ。


  暗転。



 

  

 

  



  





  






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