龍の呪い(姫)に見初められて

アオヤ

第1話

 この村には龍にまつわる言い伝えがある。

龍の化身とされる岩があり、何故かその岩がまるで鞘であるかの様に刀が刺さっている。

村の人々はその岩を『龍岩りゅうがんさん』と呼び、刺さっている刀を『龍姫りゅうひの刀』と呼んで信仰の対象としている。

その龍姫の刀をめぐって年一回、節分の日にお祭りが行われる。

村の男の15歳の成人の儀式を兼ねて龍姫の刀を龍岩から抜く試みが行われるのだ。

一見すると刀が岩の鞘に刺さっていて誰でも刀を抜く事が出来そうだが、前回刀が抜かれたのは40年ほど前らしい。

刀を抜いた人は村の英雄として崇められ、村を護っていたそうだ。

そして5年ほど前にその人が亡くなるとその次の日には龍岩さまにはまた刀が刺さっていたそうだ。


 龍姫の刀は新しい持ち主を探している。

だが、近年5年間は誰も龍姫の刀を抜く事ができなかった。

たぶん該当者無しと云うことなんだろう。

きっと今年も該当者無しなんだろうと俺は思っている。


 今年の儀式の参加者は悠、精、摩羅(俺)の三人だ。

龍姫の刀を抜ければ英雄として一生村では尊敬されて暮らせるのに何故か悠と精は浮かない顔をしていた。

「オイオイ、これから一世一代の大博打が始まるというのになんて顔してるんだ?」

そんな事聞いてくる俺に悠は不思議そうな顔をしていた。

「まぁ英雄に成れるのは素晴らしいと思うよ。だがその代償が大きすぎる」


 ……代償?

代償の話なんて聞いてないぞ。

いったいどんな代償が……

「英雄に成る代償っていったい何なんだ?」

悠は呆れた様な顔して俺を見た。

「摩羅、そんな事も知らないのか? 龍姫の刀を抜くと云う事は龍姫の刀に見初められる事。つまり龍姫の刀を持つ者は龍姫の刀を后とし一生結婚も恋愛も許されないという事だ」


 俺はその話しを聞いて呆気にとられた。

俺には結婚の約束をした百合という幼馴染がいる。

俺が龍姫の刀を抜いてしまうと百合との約束が果たせなくなってしまう。

つまり絶対に『龍姫の刀を抜くわけにはいかない』という事だ。


 でも、悠や精に芝居を打つ事を見抜かれる訳にはいかない。

「それじゃ〜 俺が英雄になっちゃうけど良いんだよな?」

悠と精には偉そうな顔して見栄をはってやった。

モチロン二人共呆れた顔をしていた。


 儀式が始まった。

俺の前に悠と精の挑戦が行われた。

『二人とも手加減してるんじゃないのか?』

と思う程に龍姫の刀はびくともしなかった。

結局二人共、龍姫の刀を抜けずに俺の側まで戻ってきた。

そんな二人に「オイオイ手加減してるんじゃ無いだろうな?」って小声で話しかけた。

そしたら悠は俺を睨みつけて「手加減なんかしてるもんか。全力を出したがびくともしなかった」そして次はお前だと言わんばかりに俺の背中を突き飛ばした。

俺は龍岩さんの前まで来ると一礼し刀に手をかけた。

……はなさないで……

小さな声がどこからか聴こえた気がした。

だかそんな事よりもここをどう乗り切るかだ。

力を込めると刀はすうッと俺の方に滑る感覚がした。

『あいつ等やっぱり芝居してやがったな』

声が出そうになるのを必至に抑え俺も芝居をする事にした。

俺は龍岩の一つだけ変なマークになってる場所に足を置き、踏ん張る姿勢をした。

スルッと刀を引っ張り出しそうになったので、慌てて押込んでその場で尻もちを着いてみせた。


 俺の『刀は抜けませんでした』の芝居は上手くいったのだろうか?

たぶん大丈夫だろう。

その場に居た村長さんが残念そうな顔をしている。

「今年も英雄は現れなかったか……」

みんなが悲しそうな顔をしていて俺の心がいたんだが、百合の笑顔には代えられなかった。


 祭りも終わり悠と精と俺の三人で並んで帰る途中、俺は悠にからかわれた。

「摩羅が刀を抜いていた時、刀が抜けかかっていただろう? おまえ、ワザと刀を抜かなかったな。それにお前が足をかけたのは龍の逆鱗と云われる場所だ。お前は竜の逆鱗に触れたんだ。龍の呪いをかけられても知らないからな」

悠が真面目な顔して言うので少しビクッとしたが、きっと俺と百合との恋路に嫉妬しているに違いない。

「悠や精が抜けなかった刀が俺に抜けると思うか? 俺だって全力でやって抜けなかったんだ。それに俺に龍の呪いがかかっているなら俺はとっくに死んでいるだろうさ」

なんて強がって見せたら二人共納得した様な表情を見せた。

百合との恋路は誰にも邪魔されたくなかった。


 俺は家に帰って床についたが今日の事を思い出すと中々眠れない。

窓から月の明りが溢れて部屋の角を照らす。

月明かりは村をうっすらと包んでいた。

月明かりを見ながらようやくウトウトとしだした頃、突然近所のオジサンが家に飛び込んできた。 

「大変だ! 盗賊が村を襲っている。もう護衛の兵隊は殺られたみたいだ」

俺は慌てて飛び起きた。

村の入口には百合の家がある。

百合は大丈夫だろうか?

考えていても仕方無い。

俺は祖父の形見の刀を持って百合の家に向かった。

百合の家にやってきて中を確認するとみんな避難した様で誰も居なかった。

俺はホッとしたが背後に人の気配を感じて振り向くと、盗賊団の一人が俺に向ってハンマーを振り下ろしてきた。

慌てて俺は持っていた刀で受けとめたが刀はポッキリ根本から折れてしまった。

周りを囲まれたうえ、武器を失って俺は動揺してしまった。

そんな俺を落ち着かせるかの様に小さなクリオネの様な妖精が現れた。

そして『コチラに来い』と俺に手招きしている。

そんな風に思えた。

俺は敵の間をすり抜け妖精の後を追って走った。

妖精は敵の居る場所を避けて龍岩まで連れて来た。

もう龍姫の刀を抜くしかない。

覚悟を決めた俺にまた「はなさないで」と声が聴こえる。

俺は妖精に促されるままに龍姫の刀を引き抜いた。 

その刀身は赤黒く鈍い光を放ち、なんだか力がみなぎる様な感覚をおぼえた。

龍姫の刀は不思議な程俺に馴染んでいる。

軽いし振りやすい。

使いやすい。

敵のところに向かおうとしていたら敵の方から俺を追ってやって来た。

敵は俺に襲いかかるが動きがまるでスローモーションの様に遅い。

俺はかわしながら斬って行った。

一人が飛び道具を俺に向けて放ってきたがソレを龍姫の刀でハジキ一瞬で距離を詰めた。

敵は俺の動きに驚き逃げ出した。

俺の脚は驚くほど軽く疾く、あっという間に盗賊団を征圧した。


 その様子を見ていた村人は俺の元に集まってきた。

「それはまさか龍姫の刀では…… 英雄さまありがとうございます」

集まってきた村人の中に百合がいた。

百合が無事なのを見てほっとした。

そして俺は百合の側に駆け寄り抱きしめようとしたら刀を持つ手にピキッと激痛がはしった。


 全てを察したかの様に百合は俺の目を見て語り出した。

「摩羅さまソレは龍姫の刀ですよね? 摩羅様は英雄になられたのですね。私は… 私は摩羅様が大好きです。一生側に居られると思っておりました。ですが私と一緒に居ると摩羅様や周りの方々が龍の呪いによって不幸になってしまいます」

そこまで言って百合は俯いてしまった。

俺は激痛を伴いながら百合をそっと抱きしめ目を見つめた。

「ありがとう百合。俺の心の奥底にはいつも百合が居る。百合の心の奥底にこれからも俺を居させて欲しい」

これからも二人は心の奥底で繋がっているのを確認できたがもうそれ以上は何もできない。

こうして俺は百合を救う事はできたが百合からは一番遠い場所へ追いやられてしまった。



 俺は家に帰り着くと倒れ込む様に眠りについた。

そしてこれからを占う様な夢を見た。

「離さないで。私の事を絶対に離さないで」

声の主は妖精の様な少女だった。

「えっ、誰ですか? 離さないででって……」

妖精の様な少女は「ふふふ」と微笑みながら俺の目をじっと見つめ手をとり告げた。

「私は龍姫。あなたの后です。いつもあなたの側でアナタの一部としてアナタを護ります。ですから決して私を離してはいけません」

姿は幼く見えるのにその声や仕草は俺を包み込んで離さない。


 あゝきっとこれは龍の逆鱗に触れた呪いなんだ。

俺はこの呪いを背負いこの村の英雄として生きていくんだろう。



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