第18話 蹂躙

クトゥルフは、私たちに気づいたのか、ゆっくりと振り返る。

そして、触手を2本、高く掲げると、滔々と話し始めた。


「フフフ、よくぞ、ここまで参った! 我こそは、この迷宮の支配者クトゥル――えっ?!」


しかし、彼の言葉は途中で途切れてしまう。

その瞳はニャップの姿を映していた。


「えっ? えっっ?! なんで、そこにいるんだよ! 聞いてないよ?!」


《何故かラスボスが黒猫の存在に動揺しているんですが……》

《やっぱり、あの猫ってニャル……》

《それ以上はいけない!》


彼は変わらずウネウネと動きながら、焦りの声を上げていた。


『気にするな、我は手を出さぬ』


「もう、そう言って、毎回毎回人間がピンチになると猫の気まぐれとか言って引っ搔いてくるじゃん! もう、いい加減、猫被っていてもバレバレだから!」


《猫に向かって猫の気まぐれとか、猫被ってるとか……》

《意外と二人は仲良し?》

《どうなんだろ、言い伝えでは仲は悪いらしいけど……》


『やれやれ、今回は大丈夫だ。何故なら、主は強いからな。我が手を出す必要はない』


「ふん、わかったよ! フフフ、よくぞ、ここまで参った! 我こそは、この迷宮の支配者クトゥルフである! 人間どもよ。生き延びたければ我に抗え!」


その言葉を聞いた瞬間、私は自分の心臓が鷲掴みにされるような感覚を覚える。

しかし同時に、その黒い手――ではなく触手が心臓に触れる前に弾かれる感覚もあった。


《唐突に始まるラスボス感》

《さっきの茶番は一体……》


「フフフ、人間ごとき、我が手、もとい触手に掛かればひとたまりも――あれ?」


クトゥルフは私が死んだ姿を想像していただろう。

しかし、現実は私は無事に服だけが身代わりとなって弾け飛んだ格好となった。


《これが作戦で言っていた即死攻撃か?!》

《一瞬でアヤカたんが全裸になったぞ?!》

《それはヤバいな、っていつものことじゃね?》


「分かっていたとはいえ、全裸になるのは何とかならないの?!」


『諦めろ、それが宿命、というヤツだ。まったく、相変わらずだな。まったく、幼気な乙女の柔肌を晒し者にするなど、まさに冒涜的!』


「えぇぇ。僕のせいなの? ねぇ、僕のせいなの?!」


《そして、再びキョドり始めるラスボスw》

《アヤカたんの全裸に動揺するとか、童貞か?!》


なぜか、クトゥルフは私が突如全裸になったことに動揺をしていた。

だが、その身体は変わりなく蠢いているだけだが……。


『愚問だな。見たままだろう? お前がやったことだ!』


「いや、ニャップは最初から知ってたじゃん! わざと? わざとなの?!」


そんなことを話していると、瑠衣が合図を出したのだろう、他のメンバーが続々とクトゥルフのいる部屋になだれ込んできた。

そして、クトゥルフの周囲に対して、早紀が異能を発動させる。


私たちの周囲に隕石が降り注ぐ、それと同時に、ニャップが私の肩に飛び乗った。


『主よ、避けろ』


「いや、当たっても大丈夫じゃない?」


『ダメだ! 当たったら殺すぞ!』


その一言により、私は降り注ぐ隕石を全力で回避する。


「うわわわわ、いきなり攻撃してくるなんて酷いじゃないか! ――我の口上中に攻撃してくるとは、不届きな輩め!」


彼も突然のことに驚いていたが、私たち以外が入ってきたことに気づいて、あわてて取り繕う。


「いや、もう手遅れだと思うよ……」


私は回避しながらつぶやく。

しかし、彼はタコだけに8本ある触手を早紀に伸ばす。

彼女の体にわずかに触手がかすっただけで、彼女の腰に下げられていた身代わりの護符が燃え尽きた。


「わわっ、このタコ。メチャクチャにヤバいタコですわ!」


そう言い終わった瞬間、次の触手が早紀の身体にクリーンヒットして、死亡した。

蘇生のために慌てて駆け寄った四宮さんと、彼女の護衛についていた三上さんもまとめて蹂躙する。


《うわっ、一気に3人もやられたぞ?!》

《ふざけたことしててもラスボスはラスボスってことか》


ダンジョン内なので、完全に死亡したわけではないが、あっという間に3人が戦闘不能にさせられたことで、私たちの中に緊張が走る。


次いで、前に出てきた二葉さんと梨乃も瞬く間に戦闘不能にされてしまった。

防御力に定評のある二葉さんだったが、クトゥルフの圧倒的攻撃力の前に、成す術もなく沈んだ。


「クハハハ、どうした、人間ども。この程度で我に挑もうとは片腹痛いわ!」


圧倒的パワーを見せつけたクトゥルフが、タコなのではっきりとはわからないが、ドヤ顔で嘲笑っていた。


その隙に肉薄したアヤメ様がクトゥルフの触手を4本まとめて切り落とした。


「やった?!」

《やったか?!》


初のクリーンヒットにアヤメ様は喜びの声を上げる。

しかし、切り落とされた触手が身体から抜け落ちて、新しい触手が生えてくる。


「甘いぞ、人間ども! 我の触手は8本ではない! 全部で108本あるのだ!」


《108本……タコに見えるけど、普通に神話生物だった》


「バカな! くそ! ならば尽きるまで切り落とすのみ!」


「させるか!」


アヤメ様が再びクトゥルフに切りかかろうとした瞬間、彼女の身体が崩れ落ちる。

それと同時に身代わりの護符が燃え尽きる。


どうやら即死攻撃の再使用時間が経過したようだ。


「まだまだぁぁ!」


彼女は気合を入れると、クトゥルフに切りかかる。


「厄介な攻撃だな! だが、これならばどうだ!」


そう言って、飛びかかってきた彼女に墨を吹き付ける。


「うわぁぁぁ」


墨にまみれた彼女はしばらくの間、のたうち回って、動かなくなった。

彼女の死体からは、まるで強酸でもかけたかのような白煙が上がっていた。


「そんな! なんてひどいことを!」


アヤメ様の死亡に、私は悲痛な叫びをあげる。

その叫びに紛れて、瑠衣がクトゥルフの背後に回り、胴を十字に切りつけた。


「ふ、油断大敵よ!」


十字に切りつけられたクトゥルフは切り口に沿ってばらばらになった――ように見えたが、その中から、さらに巨大なタコが現れた。


「くははは、まさか、我が第一形態を倒す人間がいるとはな! だが、第二形態はそんな甘くは無いぞ!」


そう言って、今度は身体から無数に出ている触手を地面に突き入れる。


その触手が瑠衣の足元から飛び出し、彼女の身体を滅多打ちにした。

最初の何回かは、身代わりの護符の効果時間により耐えられたが、怒涛のように打ち付けられる触手の前に、瑠衣の身体は瞬く間にボロボロになり、地面にぐったりと倒れ伏した。


《一瞬にしてアヤカたん以外全滅とか》

《マジやべえええ!》


「くくく、やはり人間は脆弱だな! あとは貴様だけだ! 貴様もさして変わらんだろう。喜べ、痛みなど感じぬうちに殺してやろうぞ!」


そう言うと、クトゥルフは私の足元に無数の触手を展開した。

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