第19話 ダンジョンコア
私の足元に展開された触手は、一斉に私に向かって振り下ろされた。
しかし、そのいずれも私の身体に触れることすらなく空を切る。
私の防御力なら、即死は無いだろうと思ったが、時間が経っていたことから、既に服は元に戻っていた。
すなわち、それが身体に触れたら
「なんだと?! バカな! この攻撃を全てかわすだと?!」
『フッフッフ。我が主を甘く見るなよ! この程度の攻撃、かすりもせぬわ!』
ニャップは私の肩の上から、ドヤ顔でクトゥルフを煽った。
「くそぉ、人間のくせに……。生意気なんだよッ!」
「いや、煽ったのはニャップだからね?!」
私の主張はクトゥルフには聞こえなかったらしく、絶え間なく触手を振り下ろしてくる。
その触手を私は全て回避し続けていた。
おそらく、彼には余裕で避けているように見えているのだろう。
しかし、今の私にはかすっただけでも致命傷なので、必死で回避をしているのであった。
『おい、遊んでないで、攻撃しろ!』
「そんなこと言ったって、隙が全く無いじゃない!」
『何を言っているのだ? 当たっても問題なかろう。せいぜい服が消えるくらいではないか!』
「それが一番の問題だって、言っているんでしょうがぁぁぁぁ!」
そんなやり取りをしながらも、私は全身全霊で回避し続ける。
しかし、この時、私の足元に触手を一本忍ばせていたことに気づいていなかった。
「ウハハハ、かかったな! これで終わりだ!」
足元から伸びる触手は、私の足元を打ち付け――ようとして弾かれた。
そして、お約束のように、私の服が弾け飛ぶ。
《足元から触手が!》
《アヤカたんがピンチ! じゃなくて、いいぞ! ナイスな攻撃だ!》
《アヤカたんの全裸を見た瞬間に手のひらを返すゲスの極み……》
「く、くそぅぅぅ! やってくれたわね!」
『お、やっとやる気になったか?! いいぞ! やってしまえ!』
私を縛る鎖から解き放たれたことで、私の中にある魔力が一層高まっていく。
そして、私の変化をいち早く察知したニャップが、さらに私を煽りまくる。
私は高めに高めた魔力を己の右拳に集中させる。
その時空すら歪ませるほどの濃密な魔力に、クトゥルフが焦りの声を上げる。
「な、何それ?! ちょっと、聞いてないんだけど! ええい、くそぉ!」
彼のやけくそな触手攻撃が私に降り注ぐ。
しかし、私はその攻撃を避けることすらしなかった。
「バカな! 効いていないだと?!」
瑠衣たちを蹂躙した触手の攻撃は、私に傷一つ与えることができていなかった。
かといって、ノーダメージという訳ではなく、私は全身にデコピンを受けているような痛みがあった。
しかし、高揚した私の心にとって、その程度の痛みなど、さらなる高揚を呼ぶための添え物でしかなかった。
私は、一歩ずつ彼の下へ歩み寄る。
「お前の敗因はたった一つ……」
そして、一歩一歩、近づいていく。
「うわぁぁぁ、来るな! 来るなぁぁぁ!」
「たった一つの……きわめて
そして、ついに私は彼の目の前に立った。
「やめろぉぉぉぉ!」
「
私はクトゥルフの身体に渾身の一撃を打ち込んだ。
「あなたはもう、死んでいるわ!」
直後、クトゥルフの身体は爆発四散した。
「くくく、なかなかやるな! だが、まだ第二形態。第三形態の我は先ほどみたいには――」
ドヤ顔で爆発の中から現れたクトゥルフ(第三形態)は、第二形態の肉片に当たったことから、口上を言い終わる前に爆発四散した。
「くそ、やるではないか! まだ第四形態が――」
爆発四散した肉片の上に現れた第四形態も同じように爆発四散する。
こうして、いくつも形態を変えながら爆発四散を繰り返していた。
「くそぉぉぉ、第百八――」
そして、ついにクトゥルフは第百八形態まで爆発四散した。
弾切れになった彼の身体は、新しい形態に変化することなく、沈黙したままであった。
「倒せた?! 終わったの?!」
《ラスボスだからって第百八形態とかやりすぎじゃね?》
《これ普通に倒すのに何日かかるんだよ!》
《さすが神話生物……加減というものをしらないな》
クトゥルフを倒したことで、奥の扉が開く。
そこには、台座の上に乗った巨大な水晶が鎮座していた。
「これは……?」
『ダンジョンコアだ。これを破壊すれば、ダンジョンを崩壊させることができるぞ』
「これがダンジョンコア……」
《ダンジョンコアなんて、俺初めて見たぞ?》
《そりゃ当然だろ! ダンジョン踏破自体が今回初めてだぞ》
《そう言えばそうだな! まさか日本で最初の踏破者が出るとは予想外!》
これまで、ダンジョンを踏破したものは誰もいない。
故に、ダンジョンコアを見たのも私が初めてであった。
そのことに、チャットも盛り上がる。
「壊さなくてもいいの?」
『まあ、問題ないだろう。どうせ、あいつは力を使い果たしているからな。壊してもダンジョンがやがて復活するし、壊さなくてもダンジョンが脅威になることはないだろう』
「ふぅん、じゃあ。まあ、いっか。ダンジョン壊れて犠牲者が出たらまずいからね」
《壊しても壊さなくても、大して変わらないってことか!》
《それなら、そのままでもいいんじゃね? 資源とかは取れるだろうし》
そう、ダンジョンから取れる資源も、現代社会においては無視できないものである。
ここで壊してしまって、炎上させたくはなかったので、あとは政府に任せることにした。
『ふむ、では帰るか』
「どうやって?」
『入口をイメージしながら、コアに触れればよい』
私はニャップの言葉に従い、入口をイメージしながらコアに触れる。
次の瞬間、私はダンジョンの入口に立っていた。
「ねえねえ。これってダンジョンコアを壊したらどうなるの?」
『簡単なことだ、転移は使えなくなるが、ダンジョンは少しずつ崩壊していく。であれば、崩壊に巻き込まれる前に走って逃げるよりほかあるまい?』
「……」
私は改めて、ニャップの口車に乗せられて、壊さなくてよかったと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます