第15話 取り巻きと乱入

ボス部屋の扉を開けた私たちの前に現れたのは、巨大なイソギンチャクのようなモンスターであった。

それは部屋の中をズリズリと這いまわっており、上の方に生えている無数の触手が揺らめいていた。


「それじゃあ、俺がまずボスを抑えるから、取り巻きを呼んだら拾ってくれ!」


「了解、任せてよ!」


「……大丈夫なのか、それ」


自信満々に答える私に、二葉さんは私の右手を見ながら不安そう訊ねてきた。

その手には、いつぞやのウクレレが握られていた。


《アヤカたんのウクレレキター!》

《大丈夫なのか?! ボスが跳ねる可能性もあるんじゃないか?》

《ボスは二葉が対応するみたいだし、大丈夫だろ?》

《そうだな。トップクラスのタンクを甘く見てはいけない!》


「まあいい、じゃあ行くぞ!」


そう言って、二葉さんがボスに突っ込む。

彼とボスが接触したことを確認して、他の3人もボスに向かって走り出した。


「キィエェェェェェ!」


突然、おぞましい叫び声のようなものが聞こえてきた。


「気を付けろ! 来るぞ!」


二葉さんは警戒を促す。

その直後、ボス部屋の入口に10匹ほどの魚人モブが現れて二葉さんに向かっていく。


すぐに私はウクレレを奏で、心を込めて歌い始めた。


「HEY! HEY! 愛の魔法~♪ HEY! HEY! 叩き込む~♪ HEY! HEY! みんなまとめて~♪ HEY! HEY! KILL、KILL~♪」


《アヤカたんの歌、草ァァァァ!》

《相変わらず酷い歌詞だ、まあ、曲も歌声も酷いんだが……》

《全部ダメじゃねーか!》


しかし、壮絶なダメ出しとは裏腹に、現れた魚人は二葉さんから私をターゲットに変える。

私を取り囲む魚人を伍代さんの魔法と早紀の異能で瞬殺する。


「ふっふっふ。この程度なら何とかなるわね!」


私が、取り巻きが意外と弱かったことで、安心していると、背後から声が聞こえた。


「危ない!」


次の瞬間、私に絡みつこうとしていた触手が弾き飛ばされ、服が消える。

しかし、ボスは2の矢、3の矢を用意していたらしく、その直後に2本の触手がそれぞれの腕に絡みついて、私の身体を持ち上げる。


状況的には以前、ムーンビーストに囚われた時と同じであったが、その時の触手よりも『ぬめり』がパワーアップしていた。

触手も5本ほど追加され、脚にも同じように絡みついて、大の字にさせられる。

そして、残った3本の触手が体中を這いまわり、『ぬめり』をまるでローションのように体中に塗りたくっていた。


しっかりとした芯がありながら、弾力性のある触手が抵抗のない肌の上を這いまわる感触は、控えめに言って気持ち悪いものであった。


「んー、あうー。ひゃー。うぇぇ」


あまりに気持ち悪い感触に、色気のない悲鳴が口から洩れる。


「待ってろ! 今、助ける!」


「彩香さんを放しなさい!」


三上さんと早紀がそれぞれ私を助けようと攻撃を繰り出す。

しかし、硬さを増した触手は彼らの攻撃を受けても傷一つ付いていなかった。


「くそっ、刃が通らない!」


「とっとと放せや、コラ!」


アヤメ様と二葉さんも私を助けようとボスに攻撃を加えるが、先ほどよりも硬くなった体はびくともしなくなっていた。


「なんで? さっきまでは普通に攻撃が通ったのに!」


アヤメ様が攻撃が通らなくなっていることに驚いていた。

一方の私は、相変わらず触手に蹂躙されていた。

触手の数も3本から8本に増えて、体中をまさぐられる。

それと同時に、少しずつ私の身体から力が抜けていく。


「あん。やぁん。あふぅ。ちょっ……ひゃめっ!」


次第に私の全身から力が抜けていき、触手にされるがままになっていった。

漏れ出る声もろれつが回らなくなり、まるで喘ぎ声のようになっていた、しかし、色気は悲しいほどに全くなかった。

力が抜けていく身体とは逆に、触手は少しずつ太さを増していった。


『やれやれ、主よ。油断するからじゃ。そんな雑魚に良いようにやられるとはな』


そんな声が頭の中に響いた瞬間、私の身体を這いまわっていた触手の拘束が緩んだ。


「あふん、ぐぇ」


持ち上げられていた身体は、触手の拘束がなくなったことで空中に投げ出され、そのまま地面に叩きつけられた。


「イタタタ。え? なんでニャップがここにいるの?!」


打ち付けたお尻をさすりながら、目の前にいる黒猫に話しかける。

私が主とは言っても、さすがに『開拓者』の人に見られるわけにはいかないと思ったので家でお留守番をしてもらっていたのだが……。


『訊ねる前に礼を言うのが先じゃろ?! まったく、我が来ていなければ、今頃、あの海草モドキに全部吸い取られて枯れ枝みたいになっていたところだったんだぞ!』


「そ、そうなの?! あ、ありがとう、ニャップ!」


ニャップいわく、かなりヤバい状況だったらしい。


《なんだ? いきなりアヤカたんが触手に囚われてピンチだったはずだけど》

《なんか、突然触手が全部切り落とされたな》

《助かった?! と思ったら何故か突然現れた黒猫に頭を下げているんだけど、どういう状況?!》

《まったく分からん。けど、あの黒猫って、前にダンジョンで出てきたやつじゃね?》

《ああ、そう言えば早紀たんが瞬殺(?)されてたような……?》

《あれって、黒猫にやられたのか? でも、あのボス部屋にはそいつしかいなかったしな!》


突然のニャップの登場に、視聴者たちが騒めきだす。


「皆さん、ご心配をおかけいたしました。どうもさっきのモンスターに魔力を吸われていたみたいです。あのまま吸われていたら枯れ枝みたいになっていたらしいです!」


《枯れ枝w》

《それはヤバそう!》


『まったく……。主だから半分くらい吸われただけで済んでいたが、普通の探索者だと1秒で枯れ枝になるんだぞ! まったく……』


相変わらずニャップはグチグチと文句を言い続けていた。


「あ、でも私は魔力総量が多いみたいで、半分くらい吸われただけで済んだんですが、一般人だと1秒で枯れ枝みたいですね!」


《は……?!》

《さっき1分くらい吸われてなかったか?!》

《もしかして、アヤカたんの魔力、常人の数十倍ってこと?》

《いやいや、それでも半分だろ? 100倍くらいはあるってことじゃね?》

《あれ? でも、アヤカたんの魔力って3じゃなかったっけ?》


「あれ? ……そう言えば確かに3だったわ」


《常人の100倍どころか、常人の10分の1しかないんですがw》

《異次元の魔力値に草しか生えない!》

《もしかして、ステータス偽造?!》


私がモンスターの攻撃(?)を長時間耐えたことで、チャットにメッセージが飛び交う。

その中にステータス偽造したんじゃないかというものもあり、不穏な空気が漂い始めた。


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