第5話 入門試験

私は道場への入門するための試験として、型の披露と組手をすることになった。

しかし、よくよく考えたら、自分が道場に入門したいわけではないことに気づいてしまった。


「ああ、試験ですか。試験は難しそうなので、私は出直して――」

『喝ッッッッ! 合格するのだッッッ! さもなくば無限に特訓できる場所に連れていくぞッッ!』

「?!」


私があきらめようとした時、ニャップの強大な圧を伴う思念が送られてきた。

どうやら合格できなければ、先ほどの特訓を延々やらされることになるらしいので、慌てて試験を受ける方向に切り替える。


「い、いや! やりましょう、是非ともやりましょう! 何としても合格してみせます!」


「ふん、気合だけでどうにかなると思うなよ!」


私はとりあえず先ほどまで練習していた崩拳の方をやって見せる。

それを見て、講師は信じられないと言いたげな表情を見せる。


「……お前、本当に素人なのか?!」


「はい、今日初めてやりました」


「うぬぬ。まあ、型は悪くないな! だが、所詮は一日で習得した程度! まだまだ経験不足は否めない!」


どうやら、講師の人にとっては、私の型では「まだまだ」と言いたいように聞こえた。

その言葉を聞いて、私は「もしかして不合格?」と思い、落ち込んでしまう。

もちろん、試験に落ちたことがショックなのではない。

その後に待ってる『ニャップの特訓』の恐怖がまるで死神のように私の首を落とそうと鎌を振るわんとしているからであった。


「……だが、これだけできれば道場でやっていけないわけではないだろう。とりあえず型の方は合格だ!」


あまりの落ち込みように、講師の人は気まずそうな表情で合格を告げる。

ダメだと思っていた私は、合格と言う言葉を呑み込むのに時間がかかったが、その意味を理解するにつれて、私の顔に笑顔が戻ってきた。


「え、えええ?! ホントですか? やったぁぁ!」


飛び上がって喜ぶと、不審者でも見るような目で見て、一度咳ばらいをしたあと話を再開する。


「だが、安心するのはまだ早いぞ! 組手だ、組手が残っている!」


「組手、と言っても相手を倒せばいいんですよね? むしろこっちの方が得意ですよ」


「ふん、それはどうかな?」


そう言って、私と講師はリングの上で向かい合って立つ。

審判の人が何やら機械を操作すると、リングに結界のようなものが張られた。


「これは何?」


「これは魔力遮蔽結界装置だ! 格闘技の勝負だからな。魔法などと言う卑怯な手を使うのは禁止だ。この結界の中ではあらゆる魔法を使うことはできぬ。では、こちらから行くぞ!」


その言葉と同時に講師が私に襲い掛かってくる。

講師の攻撃には無駄がなく、私は瞬く間に防戦一方に追いやられてしまい、わずかなスキをついて崩拳で反撃しようとするも、あっさりと防がれてしまう。


「くぅっ、強いッ!」


「ふふふ、さっきまでの威勢はどうした? 俺はまだまだこんなものではないぞ!」


さらに苛烈になる講師の攻撃に、私は成す術もなく敗北しようとしていた。

しかし、その時、ニャップからの念話が届いた。


『主よ。何を遊んでいるのだ? そんなやつ、10秒で倒せるだろう? もしかして、殺しちゃまずいと思って手を抜いているのか?』


『んなわけないでしょ! 殺すのはまずいけど、普通に強いじゃない!』


私の思念もニャップは読み取れると信じて、頭の中だけで返事を思い浮かべる。


『さすがは我が主。我が力を十全に使いこなそうとする意気や良し!』


猫のくせに、いちいち上から目線だなと考えた瞬間、『喝ッッッ!』という声が響いて足元がふらついた。

そこを狙って講師が攻めてきて危うかったものの、かろうじて距離を取ることに成功した。


『ちょっと、試合中よ?! 危ないでしょ!』


『主が不遜なことを考えるからいかんのだ!』


『はいはい、すみませんでした! でも、あの人、めっちゃ強くて勝てないんだけど。魔法も使えないし……』


『何を言っておるのだ。主ほどの力なら、そんな玩具程度で魔法が使えなくなるはずがなかろう』


私はニャップの言葉に驚きを隠せなかった。

試しに、魔力を使ってみると、特に問題なく使うことができた。


「あれ? 魔法が使える?!」


その間も、講師は絶え間なく攻撃を続けてきたが、魔力を使って身体強化した私にとって、彼の攻撃はハエが止まるほどゆっくりに見えた。

その拳を掴むと、勢いを殺さないようにして背後に投げ飛ばす。


「……?!」


投げ飛ばされた講師は豆鉄砲を喰らいまくった鳩のように、目を丸くして呆然としていた。


「これならいけるわね!」


『ああ、とっとと終わらせて来い。やり過ぎたら……、何とかしてやる』


ニャップが心強いことを言ってくれたので、私は遠慮なく、拳に魔力を集中させる。

そして、講師に崩拳を打ち込んだ。


「ふん、そんなワンパターンな攻撃が通ると思うな!」


講師は崩拳をいなして、反撃に出る。

しかし、その反撃を私は大きく回した腕で弾いて、その勢いのまま講師のみぞおちに一撃を与える。


火炎蔦鞭フレイムプラントウィップ!」


講師のみぞおちから無数の蔦が生えてきて、彼の身体を絡めとる。

そして、その蔦が突如として燃え出し、彼の身体を火だるまにした。


「きゃああああ!」

「うわあああああ!」


私の魔法を受けた講師はあっという間に全身が黒焦げになってしまった。

かろうじて息はしているものの、明らかに瀕死だった。


しかし、突如として黒猫、もといニャップが遺体(死んでいないが)の前に立つと巨大な魔法陣を展開する。

魔法陣から立ち上る光に包まれた彼の身体は、見る見るうちに元通りになった。


彼の無事を確認して、私は笑顔で彼に迫る。


「試験の結果はいかがでしょうか……」


「ひぃっ! ご、合格だ!」


彼は慌てたように後ずさりながら立ち上がると、近くにいた人にひそひそと何かを伝えた。

しばらく待っていると、その人が持ってきた紙切れを受け取り、私に差し出してきた。


「あなたは、本日をもって、免許皆伝となりました。もう明日から来なくても大丈夫です!」


免許皆伝……?

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