第4話 中国武術

「それで、武術と言っても何を学べばいいのでしょうか?」


私は恐る恐るニャップに訊いてみる。

はたから見ると猫に教えを乞うているようで、奇妙極まりないのだが、ここには私と瑠衣しかいないので、何の問題もなかった。


『ふむ、そうだな。まずは形意拳でもマスターしてもらおうか』


「いきなりそれはレベル高いんじゃないかしら? もっと基礎的なものから……」


『そんな余裕は無いぞ? それに、アレは主の魔法モドキとも相性が良い』


「モドキ言われた?! 猫に!」


『アレを魔法と言い張るのは世界広しといえど主くらいのものだぞ』


バッサリと言われたことで、精神的にかなりのダメージを負ってしまったが、私がへたり込もうとした時、上から吊るされるようにして立たされた。


「あふぅぅん。もうダメ……。って、あれ? 倒れないんだけど?!」


『まだ倒れるには早いわ! 幸運にも近くに道場があるみたいだからな。早速行くぞ!』


「えぇっ?! 今から行くの?」


『当然だ。ほれ、ついてこい』


ニャップはついてこいと言っているが、そもそも吊るされているような状態である。

私の身体は自分の意思に関係なく、ニャップの後をふらふらとついていくのだった。



形意拳の道場があるはずの建物についた私たちは、建物の前で立ち尽くしていた。


『時間外……だと?!』


「うんうん、そうだね。一般人の人が多いだろうからねえ。休日とはいえ、まだ昼過ぎだしね!」


『ふむふむ。どうやら月曜から土曜の17時からからやっているらしいな。よし、それじゃあ、それまで我が直々に特訓をしてやろう。喜べ!』


「いや、今日は休日……」


『いつ鍛えるんだ? 今だろう! という訳で行くぞ!』


私は黒猫(の姿のニャップ)に引きずられるというシュールな絵面のまま、近くの公園まで連れてこられた。


「ううう……。休みが欲しぃよぉ。しくしく……」


『休みなど、強くなってからいくらでも取れば良いではないか。ほら、さっさと立て!』


ニャップに急かされて、のろのろと立ち上がる。


『それじゃあ、まずは崩拳からだな! これは木の属性を強化する方法だ!』


「どうすればいいんでしょうか?」


『まずは、左足を前に出して体重を右足に寄せる。そして、左手を前、右手を体に付けて拳を上向きに握るんだ』


私はニャップに言われたとおりの姿勢を作る。


『いいぞ、その調子だ! そしたら、左足をさらに前に進めて、その後で右足を前にするんだ。それと同時に左手を引きつつ右手を前に出すんだ』


私は慎重に言われた通りの動きを再現しようとするが、手と足の動きが思うように連動させられなかった。


『動きがぎこちないぞ! それと、もっと早く動くんだ! そんなんじゃハエも落とせないぞ!』


どやされながら、何回も同じ動作を繰り返して、やっとそれなりの形にすることができた。


「はあはあ、これでどうだ?!」


『よし、合格だ! そしたら、これをあと1000回だ!』


「えっ?! 合格じゃないんですか?」


私はニャップの言っていることが理解できなかったため、思わず聞き返してしまった。


『一回だけ合格の動きができただけで、いい気になるな! 完全に形ができるまで繰り返すのが普通だろう!』


「ふぇぇぇ、そんなぁぁぁ!」


『泣き言をいう暇があったら体を動かせ!』


涙目になりながらも、必死で体を動かして1000回達成した。

明らかにボロボロになったものの、「どうだ!」とばかりにニャップを見つめた。


しかし、彼の答えは私をさらなる地獄へと送り込むものであった。


『よし、形もできてきたな! そしたら、今度は魔力を込めて1000回だ!』


「えッッッ?!」


『魔力を込めて1000回だ!』


「いやいや、もう一回言ってって意味じゃないからね?! もう無理って意味だよ!」


『大丈夫だ。問題ない!』


明らかに問題がありそうなセリフだが、その言葉は私に有無を言わせない強制力があった。

しぶしぶ、私はニャップの言葉の通りに魔力を込めて動作を繰り返す。


しかし、500回を超えたあたりから、身体に力が入らなくなり、700回目にはついに立つことすらままならなくなってしまった。


『立て! 立つんだ! アヤカ!』


「ニャップさん、もう無理だよ……。真っ白に燃え尽きてしまったわ」


私は近くにあった木に上半身を預けながら、ニャップに言う。

彼は少し考えたそぶりを見せた後、私に一つの提案をしてきた。


『それなら、いい場所に案内してやろうか?』


「いいえ、結構です!」


この状況でいい場所なんて、私にとっていい場所のはずがないのは明白であった。


『仕方ないな……。まあ、700回はやったし、少しはマシだろう。そろそろ時間だ! 道場へ向かうぞ!』


私はまたしても黒猫に引きずられるような形で道場まで戻ってきた。

道場内には何人か人がおり、私の姿に気づくと講師と思しき人がやってきた。


「何か御用でしょうか?」


「はい、こちらに入会しに来ました」


「入会ですか……格闘技の御経験は?」


「ありません。今日始めたばかりです」


私は正直に初心者であることを伝えたのだが、それを聞いた講師の顔が曇った。


「ええと、この道場は、ある程度経験を積んだ方を対象にしておりまして。他の道場で経験を積まれてからいらっしゃった方がよろしいかと思いますが……」


「是非とも入りたいのですが……ダメですか?」


彼は顔を曇らせたまま少し考えたあと、ゆっくりと口を開いた。


「難しいかと思いますが……。試験をして合格できれば、入門を許可しましょう」


「試験ですか……。具体的には?」


「そうですね。得意な型の披露と組手で行きましょう」


「わかりました」


私は、とりあえず希望をつなげたことに安堵した。

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