第18話 親子喧嘩

突如、会議室に乱入した早紀と、その親であり理事長でもある百合子の口論が、他の人たちを置き去りにしてヒートアップしていた。


「そんなことはありません! ここまで破廉恥な行為。いかに探索者法でも庇い立てできるはずがありませんわ!」

「別に誰かを殺したわけでも、怪我をさせたわけでもありませんよね? いいかげん、冷静になって状況を見てくださいな!」

「実の母親に向かってなんてことを! そもそも、探索者なんて認めるべきではありません! 他の家のヤツらだけを優遇するような制度は不要です!」


百合子は怒りにまかせて発言したが、一方の早紀は冷静に言葉を受け止めると、ため息をついて首を左右に振った。


「お母様は勘違いをしておられます。我が家はそれとは別の計画に組み込まれる予定だったのですが、それをお母様が癇癪を起して台無しにされたのですよ!」

「まさか! そんなはずがありませんわ!」

「いいえ、そのまさかよ」


二人の口論を遮るように瑠衣が割り込んだ。


「そして、その計画には私と、彩香、そして早紀が関わることになったわ」

「何をいまさら、それなら、何故あの時に言ってくれなかったのですか?!」

「あなたもご存じですよね。この国が武力を持つことの難しさを」

「……!」


瑠衣の言葉に百合子が言葉を詰まらせる。

しかし、そんな彼女を慮ることなく、畳みかける。


「こちらの計画は九條の家が得意とする『攻め』のもの。それゆえに、実現には他国に対して根回しが必要だったのですわ。もっとも、そのことをお伝えする前に、誰かさんが拗ねて話し合いに応じてくれなくなったおかげで、2年間も凍結されたのですけどね」

「そんな……。でも、それなら私ではなく早紀を選んだのですか? あの子はまだ未熟者ですよ!」


瑠衣は呆れたように肩を竦めると、はっきりとした口調で告げる。


「確かに貴女から見れば未熟者でしょうね。しかし、彼女は私たちの言葉に耳を傾けてくれた。2年にもわたって耳を塞ぎ続けてきた貴女とは違ってね」

「そんな!」

「それに、彼女が力不足などと言うことは決してない。あなたと言う枷が外れれば、既に力だけで言えば貴女よりも上よ」

「そんなはずはありませんわ! あの子はまだ碌に力も使えないはず……」


百合子の言葉に、ワザとらしく瑠衣が吹き出した。


「ふふ、それは貴女が彼女の力を言葉で封じてきただけ。でも、それも解けかかっているわ。先ほどまでの彼女の様子を見たでしょう? これまでは、形だけでも貴女に従順だった彼女が、反論をしてきたのですからね」

「嘘よ! 認めないわ!」

「では、試してみましょうか。明日の晩、九條の家にお伺いしますわ。彩香と一緒にね。彩香、早紀、帰りましょう」


そう言って、瑠衣は呆然とする百合子を置き去りにして、私と早紀を連れて会議室から出て行った。



翌日の晩、私は瑠衣と共に九條の屋敷へと来ていた。


「うわぁ、こんな大きいお屋敷なんて初めて見ます……」

「まあ、ここの屋敷は特別大きいわね。『異能』の九條家ですもの」

「『異能』?」

「ああ、彩香は知らなかったよね。『開拓者』に加入しているメンバーと九條の家は国に所属する特別な役割を持つ家なのよ」

「ほえぇぇぇ、それじゃあ瑠衣も?」


瑠衣の言葉に、私は圧倒されるしかなかった。

既に顔からして「ほげぇぇぇぇ」と言っているような感じだったに違いない。


「ふふ、構えなくてもいいわ。大したことじゃないしね。それに、今となっては彩香もそれに匹敵する力を持っているから」

「もしかして、私と親しくしてくれたのも、それが理由?」


私が恐る恐る聞くが、彼女ははぐらかすようにして不敵に微笑んだだけだった。


「ふふふ、半分はそうよ。でもきっかけと――もう半分の理由は、あなたが私のことを八尋だと見なかったことね」

「でも、その時は何も知らなかっただけだし」

「そうかもしれないけど、じゃあ、今は八尋について知っているよね? 何か変わるかしら?」

「ううん。瑠衣は私のたった一人の親友で、それ以上でもそれ以下でもないわ」

「……親友かぁ残念だわ。まあ、いずれにしても、私が八尋だと知っても変わらないってことでしょ」

「……そうね」


先ほどとは違って、瑠衣はにっこりと微笑むと屋敷の方を見て私に告げる。


「それが理由よ。わかったでしょ。さて、それじゃあ、そろそろ時間だし中に入ろうか」

「うん」


私たちが門をくぐると、案内の人間が迎えに来てくれた。

彼の案内に従って、広い庭を通り、屋敷に入って、さらに長い廊下を歩く。


「広いなぁ」

「それには理由があるのよ。『異能』は周囲への影響も大きいからね。広くないと修練自体ができなくなるのよ」

「なるほど、それで――どこに向かっているんかな?」

「地下の闘技場ね。広さも十分にあるし、そこなら異能をいくら使っても周囲に影響を及ぼすことは無いわ」


そんなことを話している間に、私たちは地下への階段に案内される。

それを降りていくと、闘技場と言うには広すぎる空間があった。


「うへぇ、こんな広いの?」

「そうよ、100m四方はあるはずよ。『異能』で戦うには、これでも狭いくらいだわ」

「そう言えば、『異能』って何のことなの?」

「簡単に言うと、超強力な魔法ってところかしらね。ちなみに、彩香のは一般的には魔法って言わないわよ」

「えっ?!」


私は瑠衣の言葉に耳を疑った。


「えっ? じゃないわよ。魔法って言うのは、こういうものを言うの。火球ファイアボール!」


瑠衣は手に拳大の火の玉を作り出すと、遠くの方に投げた。

地面に落ちた火の玉は、その地点を中心として半径5mくらいの爆発を起こした。


「ほ、ほぉぉ?!」

「これが魔法よ」

「何をやっていますの?」

「早紀! 今日は頑張ってね」


私が驚いていると早紀がやってきたので、エールを送った。


「彩香に、本当の魔法を見せてあげただけよ」

「なるほど、確かに彩香さんは探索者にしては魔法を全く使いませんわね」

「ええ?! そんなことないよ! 見てて、爆炎拳インフェルノ!」


私は拳に魔力を集めて少し離れた地面を殴りつける。

すると、その地点を中心に半径15mくらいの爆発が起きる。


「……魔法?」

「……魔法らしいわ」

「どう? これが私の魔法よ」

「え?! ええ、ええ、素晴らしい魔法ですわ!」


私の魔法を見た早紀が、表情は硬かったが素晴らしいと褒めてくれた。

瑠衣は早紀を横目で見ながら「さすが世渡り上手ね」と言っていたが……。


「まあまあ、勝負の前だというのに暢気なこと」


そんなことをしていると、背後から理事長の声が聞こえたので振り返る。

すると、彼女が私たちを見下したように見てきたが、早紀の方も負けじと彼女を睨み返す。


戦いの時は、もう間もなくであった。

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